noteをやっているあなたは偉いという話【しばこぉさん】
これを見ているあなたはもちろんnoteやってますよね?
めちゃくちゃすごいです!!
てつ(@tetsu_717)です。
しばこーさんの記事を読みました。
「noteを書く少数民族を、褒めて応援するnote。」
最高ですよね。
しばこーさんの記事のタイトルにも集約されていますが、noteをやっている人、創作活動に打ち込んでいる人って、社会全体から見ると少数派です。
現代社会の典型例って、
嫌な仕事でも我慢して給料をもらう
+
空いた時間は娯楽と浪費のオンパレード
みたいな感じです。
空いた時間で創作活動に励む人なんて、ほとんどいないのが現実です。
だからこそ、noteに励む少数民族である私たちは偉いんです。
そのあたりをサラーッと深掘りしていきます!
□noteを頑張る民は選ばれし少数民族
はい、あなたは少数民族です笑
誇り高き選ばれし少数民族です。
大阪大学の檜垣立哉教授は以下のようにおっしゃています。
動物には言語はない。
動物には社会はない。動物には芸術はない。
いや、もちろん、ある種の言語、ある種の社会、ある種の芸術はあるといえるだろう。
だが動物には、人間のそれのように、文字や音声を独立して分類させうる言語は確かにない。
社会に類似したものはあるが、いわゆる法に支えられた国家はない。
芸術的な事例は自然界に多々存在するが、みずからの意志において芸術を創作することはない。(動物と人間のあいだ 哲学的視点から)
動物は創作しません。人間は創作します。
創作は、人間だけに与えられた特別な行為なのです。
地球上においてヒトは進化の最先端にいます。
なぜ魚は陸に上がったのか、
それは陸に上がりたかったからです。
なぜサルは二足歩行を始めたのか、
それは二足歩行がしたかったからです。
なぜヒトは創作活動を始めたのか、
それは創作活動がしたかったからです。
noteだけに限らず、「創る」という行為はとても楽しくて気持ちのいいものです。
脳の構造上、そうなっています。A10神経と前頭前野の連携です。
創作活動をしないのって本当にもったいないんですよね。
陸に上がれる魚が、ずっと海の中を泳いでいるようなものです。
もったいないけど多数の人はできない。
その理由は現代社会の構造にあります。
□現代人は意味のある長文を読めない
現代人は、意味のある長文を読解したり、執筆することがとても不得意になっています。
例えば、よく言われることとして、
若者はすぐに「それ意味ありますか?」と言う、
みたいなことがありますよね。
「それ、意味ありますか?」は、極めて合理的な質問です。
マックス・ウェーバーの考え方を参考にしてみましょう。
近代化とは合理化、合理化とは計算可能化です。
計算の特徴は、独創性によらず機械的に処理できることです。
つまり、「それ、意味ありますか?」は、マシンの発言です。
合理的すぎるんです。
独創性が入り込むスキマが一切ない、極めて合理的な世界です。
映画で言えばマトリックスのようなものです。
若者を批判したいわけではありません。
私も20代なので、おそらく社会的には若者のくくりに入ります。
大事なのは、人々が機械化されているという事実を認識することです。
これは近代化の代償です。近代化する=人間が機械化される、ということです。哲学者たちは昔から警鐘を鳴らしていましたが、、
私たちは近代化に成功しました。
つまり、私たちは機械化されています。
独創性によらず機械的に処理できる人間です。
独創性を捨ててしまったんですよね。
□創作に励む人を応援していこう
そんな現代だからこそ、創作ってめちゃくちゃ大切です!
人間が、人間らしさを回復する手段の1つだからです。
創作活動をしないのは、陸に上がれる魚が、ずっと海の中を泳いでいるようなものです。
創作は、人間として生きることを最大限楽しむための武器なんです。
時間を作って、みつけて
アイデアをひねり出して
身を削って価値を作っています。
ときには認められないこともあります。
それでも諦めずに、
自分の価値を存在を叫び続ける。
機械として生きる毎日と、
人間として生きる毎日、
あなたはどちらがいいですか??
