サウナの事故を考える〜メンテナンス・エンジニアの視点
「サウナに閉じ込められて、30代の夫婦が亡くなった。」
2025年の年末、東京のサウナで起きた、あまりにも痛ましい事故です。
このような事故が二度と起きないように、
今回はメンテナンス・エンジニアの視点から、
この事故を掘り下げたいと思います。
原因はドアノブと非常ベル
まだ捜査は継続中ですが、現時点で報じられている情報によると、
・サウナ室のドアノブが壊れており、内側から開けられなかった
・サウナ内に設置されていた非常用ベルが作動しなかった
この二つが重なったことが、事故につながった
可能性があるようです。
非常ベルが作動しなかった理由については、
経営者が
「非常ベルの存在を知らず、電源も入れていなかった」
と報じられています。
SNS上では、
「そもそも、あのドアノブの設計がおかしい」
「ドアノブが壊れそうなことになぜ気づかなかったのか」
「非常ベルさえ鳴っていれば助かったはずだ」
といった声が多く見られました。
では、これらをメンテナンス工学の視点で整理すると、どのように見えるのでしょうか。
厄介な「隠れた機能」と「隠れた故障」
この事故を工学的に整理すると、
ドアノブの故障は
「明らかな故障(Evident Failure)」
に分類されます。
これは、普段の使用の中で、誰でも気づきやすい故障です。
一方、非常ベルが作動しなかったことは、
「隠れた故障(Hidden Failure)」
にあたります。
非常時にならないと、正常かどうか分からない故障です。
そして、非常ベルのように普段は使われず、
非常時にのみ必要とされる機能を、
「隠れた機能(Hidden Function)」
と呼びます。
家庭にある火災報知器や消火器も、
同じ「隠れた機能」です。
この隠れた機能の厄介な点は、定期的に点検していないと、壊れていることだけでなく、
「存在そのもの」を忘れてしまうことがあるところです。
実は私自身も、自宅の消火器の使用期限を正確に把握していませんでした。
今回の事故で、経営者が非常ベルを
「忘れていた」のか、「そもそも知らなかった」のかは分かりません。
しかし、もし後者であれば、施設の設計や引き渡しのあり方も問われる可能性があります。
隠れた機能は、壊れていても日常では気づけません。それが、隠れた故障です。
隠れた機能のメンテナンス
メンテナンスを考えるとき、
「すべてを頻繁に点検すればいい」
という話にはなりません。
一般に、メンテナンス設計は、
1. 起こりうる故障を洗い出し
2. それを防ぐための点検や交換のタスクを決め
3. その間隔を設定する
という手順で行われます。
点検の間隔は、故障が起きる確率をもとに
決まります。
例えば、
「ドアノブはおおよそ1000回の開閉で壊れる可能性がある」
と分かっていれば、300回に1回点検する、といった具合です。
では、非常ベルのような隠れた機能はどうでしょうか。
ここで重要になるのが、確率の掛け算という考え方です。
【ドアノブが壊れる確率】×【非常ベルが作動しない確率】
この両方が同時に起きたとき、事故が発生します。つまり、
「どちらか一つでも正常であれば、事故は防げる」
という考え方です。
隠れた機能のメンテナンスは、多重故障をいかに防ぐかという視点で考える必要があります。
「毎日チェックすれば安心」ではない
非常ベルの故障は人命に関わるので、
「毎日チェックすべきだ」
と思うかもしれません。
しかし、機械には寿命があります。
使えば使うほど、劣化は進みます。
非常ベルを頻繁に作動させることは、
それ自体が故障率を上げることにもつながります。
機器の信頼性にもよりますが、確率の掛け算を考えれば、非常ベルの点検は半年に1回程度が現実的でしょう。
それよりも、使用頻度が高く、劣化しやすいドアノブを月1回程度点検する。
その方が、全体として事故の確率を下げられます。
メンテナンスとは、「すべてを完璧にすること」
ではなく、
「限られた資源で、リスクを最小にする行為」
なのです。
日本では「作った後」が軽視されがち
ここで、少し視点を広げてみたいと思います。
日本は長く「モノ作りの国」と言われてきました。
高品質な製品を作る力は、世界から高く評価されています。
一方で、作ったあとの「運用」や「メンテナンス」には、あまり光が当たらない。
そんな傾向があるように、私は感じています。
「隠れた機能」なんて言葉を果たして何人の人が
知っているのでしょうか?
安全対策というと日本では、
• 新しい装置を追加する
• より頑丈な部品に置き換える
• ルールや書類を増やす
といった「モノ」で解決しようとする発想が先に立ちがちです。
しかし、どれほど立派な設備があっても、
それが正しく理解され、点検され、運用されなければ意味がありません。
今回の事故でも、非常ベルという装置自体は存在していました。
それでも、実際には機能しなかった。
これは「設備が足りなかった」のではなく、
「運用とメンテナンスが前提になっていなかった」
と言えると思います。
他人事と思わず、身の回りの「隠れた機能」の点検を
実際に自宅の消火器を確認してみたところ、
案の定、使用期限を過ぎていたので、すぐに、
新しい消火器を買い替えることにしました。
お店を経営している方も、そうでない方も、
ぜひ一度、身の回りの「隠れた機能」を確認してみてください。
「いざという時に動くはずのもの」
が、本当に動く状態にあるか。
それを確かめる小さな習慣が、次の事故を防ぐ
第一歩になるのだと思います。
