『微生物の祝杯 #2|0と1の緊張を解く、土のパルス』
前回の終わりに、「音楽を聴く準備をしていてください」と書いた。
実は第1話の冒頭でひっそりと鳴らしていた「あの音」には、もう一つの並行世界が存在する。今回は、女性の声のトーンを帯びた別バージョンのパルス(脈動)を用意した。
まずは上の再生ボタンを押し、8分間鳴り続けるこの音の波に、少しだけ身体を預けながら読み進めてみてほしい。
呪文の中身
この音楽は、私が生成AI(Suno)に「ある呪文」を憑依させて生み出したものだ。入力したプロンプト(指示文)には、こんな言葉の束が並んでいる。
Style: Bio-Feedback Ambient, Organic textures, Earthy pulse, 432Hz tuning, Micro-rhythm
432Hzの調律。土の脈動(Earthy pulse)。そして、生体へのフィードバック(Bio-Feedback)。
この曲を生成した時の明確な思考の意図は、実はもう忘れてしまった。しかし、体感は正確に覚えている。この一定のリズムに乗ることで、意識が別の場所へ向いていても、強張った身体が内側からほぐされていくような効果があったのだ。
なぜ、私の身体はそのような「緩み」のプロトコルを求めていたのか。
0か1か、それとも「良い加減」か
当時、私は苺農園での作業と並行して、とあるプログラミングの仕事に関わっていた。コードの世界は「0」か「1」かだ。たった1文字のミスも許されない緊張感の中で、前頭前野をフル回転させ、息を詰めてモニターに向かう。そこにあるのは、バグを排除するための極度の「硬直」である。
一方で、苺農園の土の上はどうだろう。
もちろん作業は過酷だが、プログラミングのような致命的な「0か1か」の緊張はない。「適当(良い加減)」であることが許容される世界だ。筋トレのように「この負荷で10回3セット」といった明確な数値目標があるわけでもなく、今日やってしまおうと、ゆるいながらも少し無理をしてしまうこともある。
「あちこち痛い」とぼやきながらも、なぜか作業をこなし続けることができる。
私がこの半年間で培ってきた「農業筋」とは、大腿直筋や上腕二頭筋といった単体の筋肉のことではない。全身を連動させ、過酷な環境下でも作業を継続していくための「連携筋肉」であり、身体的なレジリエンス(耐える力)そのものだった。
息を止めて「0と1」に向き合う身体と、息を吐きながら「適当」を許容し続ける身体。
鳴り続けるこの『Saffron Pulse』は、その二つの極端な世界を往復し、バキバキになった私の身体の「連携」を取り戻すための、見えない調律器だったのかもしれない。
前回、神としての農業。神としての間違いのあと処理。小宇宙への奉納の話をしたが、援農活動は、農業筋の鍛錬、獲得以外にも、様々な学びと気づきがあった。
いくつか紹介したい。
羽を震わせずに世界を震わせる者
小宇宙は人間の身体だけではない。例えばここには共同作業者として様々な小宇宙の世界を生きる仲間がいる。例えばマルハナバチ(プロローグのイラスト参照)だ。彼らは、私とは別の関わりでこの世界で生きていた。彼らの役割は主に受粉である。
マルハナバチの最大の役割は、自然界や農業における「送粉(ポリネーション)」である。全身の毛に花粉を絡め取りながら花から花へと移動することで、植物の受粉を助け、果実を実らせる非常に重要な存在だ。
野生の植物や花の受粉を媒介し、多様な植物の繁殖や、実や種子を食べる野生動物たちの食料源を支えるという、自然生態系の維持における役割。トマトなどの栽培では、かつては人間が手作業でホルモン剤を散布して受粉させていたが、マルハナバチを導入することで大幅な省力化とコスト削減が実現している。
そして彼らには「振動受粉(バズフォレージング)」という特技がある。トマトやナスなどの花は、花粉を放出するのに特殊な振動が必要だ。マルハナバチは、胸部の筋肉を震わせて羽を動かさずに大きな振動を生み出すことができる、唯一のハチである。低温や曇天にも強く、一つの花にとどまってじっくりと作業する性質があるため、確実な受粉が期待できる。
最初は彼らの姿形、距離感の取り方、そして潜在的に持っている蜂への恐怖心から、何度か驚かされたものである。共同作業者の認識がやがて芽生え、愛着が湧くと、コミュニケーションのキャッチボールもできるようになる。そういうスイッチが人間にもあるのだという不思議。しかしこれは遠い昔は普通のことだっただろう知覚だと思うけど、長年の人間社会の常識に失ってしまった感じ方だった。
思い出す、という知覚
感じ方は考え方を凌駕する。
これもボディワーカーになってから感じていた知覚だけど、それは人間界に限らず、他の生命との間のあわい関係性を考えさせられる機会であった。他にもダニを食うダニや、時期によりハエさんも仲間であった。その他最新の運用設備と日程調整、天候といった目に見えない外部要因もまた、この営み全体を静かに支えていた。
そして人間界の仲間たち、そして何よりも主役である苺さんたち。時期時期で姿を変え、毎週行くごとに移り行くその姿に、その生命のありように、心動かされたものだった。そして人間界の都合――それは収穫のために仕方のない作業である――、そして黄金ルールで運用される援農活動は素晴らしい経験であった。
私の身体に残る農業筋の感覚は、そうした一連の作業の賜物であり、収穫であった。それは、新しく獲得した能力というより、もっと古い記憶に近い。人類が言葉と道具を手にする、ずっと前から持っていたはずの知覚。土に触れ、他種の生命と呼吸を合わせ、天候という制御できないものに身を委ねる感覚——それを、私の身体はどこかでまだ覚えていたのだと思う。
土の上で、遠い記憶を呼び覚ます
半年間の援農は、その古い記憶を呼び覚ますための、静かなリハビリテーションだったのかもしれない。
「0か1か」で身体を強張らせて生きることに慣れきった都会の生活者が、土の上で「適当(良い加減)」を許され、マルハナバチという小さな同僚と沈黙のキャッチボールを交わし、苺という生命の移ろいに毎週立ち会う。そこには、効率化やKPIでは測れない時間の流れ方があった。そしてその時間の流れ方こそ、私たちがかつて当たり前に生きていたリズムなのだろう。
『Saffron Pulse』が8分間鳴らし続けていたのは、単なる背景音楽ではなく、硬直した身体を、その古い記憶のリズムへと引き戻すための、ささやかな儀式だったのだろう。432Hzの調律に身を委ねながら、私はコードのバグを追い詰めていた前頭前野を、土の匂いの中に少しずつ手放していった。
【次回予告】第3話:分岐する世界線と、黄金ルール
0と1の緊張を手放し、土の上で獲得した「農業筋」。 その連携する身体の感覚は、やがて私自身の本職である「ボディワーカー(手の感覚)」の奥深くへと還元されていく。
援農の現場を静かに支えていた、決して無理をさせない「黄金ルール」とは何だったのか。 そして、AIが生成した「全く同じ歌詞を持つ、2つの異なる曲」。
その日の身体の調律(アライメント)によって、選ぶべき「正解の音」が変わる。 無数の世界線が分岐する中、私たちはどの音をこの身体に響かせるのか。
次回、音の小宇宙がさらに深く枝分かれします。 音楽を聴く準備は、次回もお願いします。
