BanG Dream! Shining Jewels 2
バンドストーリー第一章
We will be together Forever 第二話
Five Radiance 2
ある平日の朝。
都内の2LDKマンションの一室で、一人の少女が学校へ行く準備をしていた。
彼女の名前は常盤 光(ときわ ひかる)。
母親と二人暮らし――いわゆる母子家庭だ。
青いデニムに黒のTシャツ。
その上から赤いチェックシャツを羽織り、背中まで伸びた黒髪を束ねてバンダナを巻く。仕上げにサングラス。
この格好には理由がある。――それは、いずれ分かる。
支度がちょうど終わった頃、リビングから母の声がした。
光の母
「光、そろそろ出てきなさい。朝ご飯できてるから、ちゃんと食べるのよ!」
常盤光
「うん、今行く」
光は鞄とギターケースを持ってリビングへ向かった。
食卓にはご飯、ハムエッグ、焼き鮭、野菜の煮物――朝にしては立派すぎるほどの品数が並んでいる。
光
「お母さん、一食にしては量が多いよ。もう少し少ない方がいいんだけど」
光の母
「何言ってるの。いつもちょっとしか食べないから、お母さん心配なの。
それに、あんた練習で帰り遅いでしょ。お昼代だって、渡してるのに半分くらいしか使ってない。ちゃんと食べてないんじゃないの?」
光
「朝にたくさん食べるから、昼はサンドイッチくらいで十分だよ」
光の母
「お願い。せめてお弁当くらいは食べてちょうだい。
それに、練習ならスタジオでやった方がいいんじゃない? お金のことは気にしなくていいのよ。いいと思ったところで、好きなだけやりなさい」
光
「そうはいかないよ。お母さんが身を粉にして働いてるのに、自分だけ贅沢できない」
母は、少し寂しそうに目を伏せた。
光の母
「ねえ……欲しいもの、ないの?
今のギターだって、バイトしてお金を貯めて買ったんでしょう。
そういえば、あんたベース持ってないわよね。いつも学校のを使ってるって言ってたから……今度の休みに、一緒に買いに行かない?」
光
「ベースって高いんだよ! 4、5万円で済む買い物じゃない。
……そんなの、お母さんに買ってもらえないよ」
母に苦労をかけたくない一心で、光は強い口調になってしまう。
光
(お母さん、ごめんなさい……。気持ちは本当に嬉しい。
でも、自分のために迷惑はかけられないよ……)
光の母
「光……」
光は席につき、黙って朝食を食べ始めた。
母は、心配そうにその横顔を見つめている。
食事を終えると、光はすぐに家を出た。
光
「じゃ、行ってきます。お母さんも気を付けて」
光の母
「夕食用意しておくから、帰ったらちゃんと食べるのよ!」
光は駆け足で駅へ向かう。
光の母
(……あの子、いつも我慢ばかりして……。少しは甘えてほしい。
ベースの値段くらい知ってる。ちゃんとしたものなら、何十万もする。
それくらい……買えるのに。心配しなくてもいいのに……)
母は、胸の奥に残る寂しさを抱えたまま、仕事へと向かった。
光は都立芸術学院高校音楽科の二年生。
専攻は作詞・作曲・編曲だ。
同じ校舎には『RAISE A SUILEN』のベースボーカル、レイヤもいる。
けれど、二人の間に会話はない。挨拶さえ交わしたことがなかった。
教室に入ると、光は席に座り、ミュージックプレイヤーを取り出す。
授業以外の時間、彼女はいつも音楽を聴いていた。
小学生の頃から聴くことが好きで、中学生になる頃には「自分でも弾きたい」と思うようになった。
高校入学と同時にバイトを始め、データ入力や荷物運び、書類整理、引き継ぎ代行――地味な作業をこつこつ続けて金を貯めた。
そして買ったのが、Fender American Ultra Stratocaster HSS。
光の宝物だ。
光が聴き始めたのはBOØWYの『WORKING MAN』。
光
(布袋寅泰さんのギターと、松井常松さんの高速ダウンピッキング……かっこいい。
放課後、早速練習しよう)
『WORKING MAN』には、開放弦を8ビートで刻み続けるベースソロがある。
単純に見えて、凶悪にきつい。
そのあとに来るギターソロもまた、難易度が高い。
曲を聴き終えた直後、先生が教室に入ってきた。
光
(おっと、授業だ)
光はイヤホンを外し、ノートを開いた。
午前中の授業が終わり、昼休み。
光はコンビニへ急いだ。目当ては玉子サンドとツナサラダサンド。
光
(よかった、今日も買える。これ食べながら音楽聴くのが楽しみなんだよね♡)
会計を済ませ、牛乳と一緒に校庭のベンチへ向かう。
イヤホンを耳に差し、曲を再生する。
黒夢の『BEAMS』――ベースが主役の、難度の高い曲だ。
光
(人時さんのベース、本当にかっこいい。これも放課後やろう)
次はB'zの『ZERO』。
松本孝弘のギターソロが目を奪う。
光
(これも練習したい。でも難しいな……)
さらに布袋寅泰の『SCORPIO RISING』。
ゲストに松井常松が参加しているアップテンポな一曲。
光
(布袋さんのギターと松井さんのベースが一つになって、大きな波みたいだ。最高♡
……やばい、あと10分で昼休み終わる!)
光はサンドイッチと牛乳を急いで口に入れ、食べ終えると同時に校舎へ駆けた。
放課後。
光
(さあ、楽しい時間の始まり♡ 音楽室の鍵、借りに行こ)
職員室で音楽科の主任教師に声をかける。
光
「すみません。音楽室を使いたいのですが」
主任教師
「こんにちは、常盤さん。一緒に行きましょう」
音楽室へ向かい、鍵を開けてもらう。
主任教師
「いつも言っているけど、閉門15分前に守衛さんが来ます。
そのときはすぐ片づけて、帰る準備をしてください。いいですね」
光
「ありがとうございました」
光は音楽室に入った。
まずはベース。
Fenderのプレシジョンベース――通称プレベ。
クリップチューナーをヘッドに付けてチューニング。
電子メトロノームを取り出し、『WORKING MAN』のテンポに合わせる。
光
(これくらいでいいかな)
メトロノームに合わせて弾き始める。
疾走感のあるうねりが、音楽室に広がった。
光
(いよいよベースソロ……行っけー!!!)
開放弦の連打。
プレベ特有の粘りのある低音が、太く、強く、途切れない。
マシンガンみたいな低音が一定のリズムで撃ち込まれていく。
速いのに、一音も揺れない。
まるで松井常松が乗り移ったみたいだった。
そのとき、廊下を通りかかった二人の生徒が足を止める。
生徒A
「ねえ、音楽室からすごいベース聞こえない?」
生徒B
「聞こえる。開放弦を高速で刻んでるだけなのに、存在感やばいよね」
生徒A
「こんなに速いのに、強弱もリズムもずっと一定だよ」
生徒B
「もうプロなんじゃない? 絶対そうだって!」
二人はざわつきながら去っていった。
しばらくして、今度はレイヤが音楽室の前に来た。
レイヤ
(この時間に音楽室にいるの、常盤さんだよね。
さっきのベース……気になる。ちょっとだけ覗こうかな)
レイヤは気付かれないように扉を少しだけ開け、光の演奏を見た。
『WORKING MAN』も終盤に入っている。
レイヤ
(ダウンだけでこの速さ……?
しかも親指の角度、わざと難しくしてる。
それで平然と弾いてるなんて……)
(知らなかった。常盤さんって、こんなレベルなんだ。
私が見てきた誰より――)
もっと知りたい。
レイヤはそう思いながら、光を見つめた。
曲を終えた光は、ベースとアンプのボリュームを0にし、スタンドに立てかけた。
次はギターだ。
キャリーケースからストラトを取り出し、チューニング。
ギターアンプにつないで歪みを調整する。
光
(こんな感じかな)
ボリュームを少し下げ、サウンドチェック。
強く弾けば歪み、弱く弾けばほぼクリーン――狙い通りだ。
光
(これでいいね)
そしてカッティングを始めた。
即興で思いついたフレーズを、黙々と重ねていく。
その様子を廊下側から見ていたレイヤは、心の中で小さく頷いた。
レイヤ
(即興……? それにしても軽快。
チュチュが聴いたらどう思うかな)
(……花ちゃん。江戸川楽器にいるはず)
レイヤはスマホを取り出し、メッセージを打った。
そして、音楽室をそっと離れた。
ベース、ギター、ピアノ、ドラム。
思い切り練習した光の心は満ちていた。
そこへ守衛が入ってくる。
守衛
「常盤さん、あと15分で閉門だから、片づけを始めてください」
光
「はい、すみません」
光は楽器とアンプを元に戻し、ギターをケースにしまう。
駆け足で音楽室を出て、守衛に頭を下げた。
光
「今日もありがとうございました!」
守衛
「お疲れさま。明日から土日だ、ゆっくり休みなさい。おやすみ」
光
「おやすみなさい」
光は家路についた。
帰宅。
リビングは暗く、母はもう休んでいる。
光
(明日も早いんだよね。お疲れさま)
荷物を置き、台所へ。
テーブルには夕食が用意されていた。豚肉の生姜焼きが、皿いっぱい。
光
(いつもありがとう。でも……量、多いよ)
苦笑しながら温め直し、ご飯と一緒に食べる。
日曜日。
昼食を終えた光は母に言った。
光
「お母さん、今日は楽器店で弦を買ってくる。夕方までには必ず帰るから」
光の母
「弦を買うならお金渡すから持っていきなさい」
光
「大丈夫。昨日バイトだったから、自分で買えるよ」
光の母
「あれは……あなたの好きなことに使いなさいよ」
光
「ギターは私の大好きなことだよ。そのために週一でバイトしてるんだから」
光の母
「あなたって子は……。お金のことなら本当に心配しなくていいのよ。
それより、いつも一人で何とかしようとしてばかりで……心配なの」
光
「お母さんの苦労に比べたら、大したことないよ」
光の母
「光……」
光
「じゃ、行ってきます」
母はただ、心配そうに光の背中を見送った。
【江戸川楽器】
日曜日の店内は客で賑わっている。
光
(うわ、いっぱいだ。よし、弦コーナーへ)
弦コーナーに向かう光を、レジにいた花園たえが見つけた。
花園たえ
(あれは……レイが言ってた常盤光かな。弦を買いに来たんだ)
たえは他のバイトにレジを任せ、光へ近づく。
光は弦を前に、首を傾げていた。
光
(どれがいいんだろ。太さもメーカーもいっぱいだ……)
その背中に、たえが声をかける。
たえ
「お困りですか?」
光
「(よかった。この人なら分かるかも)
ギターの弦を探しているんですが、どれがいいか分からなくて……」
たえ
「君、常盤光さんだよね?」
光は驚いて振り向いた。
光
「どうして知ってるんですか?」
たえ
「レイから聞いたんだ。うちの学校に、ギターもベースもすごく上手い子がいるって」
光
「レイって……和奏さんですか!?
でも、和奏さんと話したこと一度もないんですが……」
たえ
「私は花園たえ。小さい頃にレイと友達になってね。高校で再会して、よく会ってるんだ」
光
「そうだったんですね。
花園さん、よかったらおすすめの弦、教えてもらえますか?」
たえ
「“たえ”でいいよ。まずギター見せてもらえる?」
光
「はい、お願いします」
たえは光をレジ横のメンテナンス受付へ案内した。
メンテナンススペースで、たえは光のギターをケースから出す。
たえ
「いいギターだね。弦、ちょっと見てみるね」
一本ずつ確認し、たえは頷いた。
たえ
「これなら、あれが合いそう。ちょっと待ってて」
弦コーナーへ行き、しばらくして戻ってくる。
たえ
「このギターには、これが一番いいと思う」
光
「その弦は?」
たえ
「ダダリオの10-46ゲージ。品質もいいし、値段も手頃。音もいいよ。
交換するから、レジで弦の代金だけ払ってきてくれる?」
光
「はい、ありがとうございます」
光は弦を受け取り、レジへ向かった。
支払いを終えて戻ると、たえは作業を始めた。
光
「すみません、お待たせしました」
たえ
「うん。じゃ、交換するね」
手際よく弦を外しながら、たえはふと笑う。
たえ
「さっきの話の続きだけど、レイはね……常盤さんのこと、ずっと気になってるんだって。話してみたいって」
光
「あの……光って呼んでください。
それに、和奏さんに気づかれてたなんて思ってなくて……」
たえ
「いつも音楽聴いてるって聞いたから、レイに気づかなかったのかもね。
つい最近、放課後の音楽室の練習も覗いたって言ってたよ」
光
「えっ……見られてたんですか。恥ずかしい……」
光は顔を赤くする。
たえ
「レイ、絶賛してたよ。あれだけすごいのに、どうしてバンドに入ってないんだろうって」
光
「バンドに入るには、もっとレベルが高くないと難しいと思います。私はまだまだです」
たえ
「そういうふうに考えるの、もったいないよ。
香澄だって最初は全然だった。でも、バンドが好きで――どんどん上達した」
光
「あのポピパの戸山さんが……?」
たえ
「うん。香澄は“バンドをやりたい”って気持ちがすごく強かった。だからポピパを結成できたんだよ。
でも、順風満帆じゃなかった」
たえは手を止めずに言葉を続けた。
たえ
「実は私、RASのサポートをしてたことがあってね。
このままポピパでいるべきか悩んだ時期があったんだ。
でも、香澄が私を導いてくれた。空高く輝く星みたいに」
たえ
「今の私は、ポピパの花園たえ。胸を張ってそう言える」
光はその言葉を、まっすぐに受け止めていた。
光
(すごい……たえさんの話、全部に情熱がある。
私はまだまだだからって、バンドなんて考えてなかった。
でも……やっぱり私もバンドがしたい)
その瞬間、弦交換が終わった。
たえ
「これで大丈夫。せっかくだから試奏してよ」
光
「でも、私よりたえさんの方が……」
たえ
「レイが言ってた“光の演奏”がどんなものか、聴いてみたい。お願い」
試奏コーナーへ移動する。
周囲には誰もいない。
たえ
「チューニングは済んでる。いつでもいいよ」
光
「アンプの設定、変えてもいいですか?」
たえ
「いいよ」
光は歪みを微調整し、軽く音を出す。
セットアップを終えると、今度はギターのボリュームを触った。
光
(こんな感じでいいね)
「たえさん、こっちは大丈夫です」
たえ
「せっかくだから、何かギターソロ弾いてよ」
光
「はい。私の大好きなCOMPLEXの『PRETTY DOLL』、日本一心(2011年)バージョンのギターソロを弾きます」
たえが拍手をする。
いつの間にか、店内の客の視線が集まり始めていた。
光
(やだ、見られてる……恥ずかしい)
――けれど、ピックを握った瞬間、光の目つきが変わった。
2弦と5弦の音を確かめ、セレクターをブリッジ側へ。
演奏が始まる。
鮮やかな右手と左手のコンビネーション。
歪みと伸びやかな高音が一つになって、店内に響き渡る。
途中で光はピックを親指の上に乗せ、両手でタッピングを始めた。
速い。正確だ。
まるでピアノのような指使いで、クリアな音が連なっていく。
それは、聴く人を虹色の音の階段へ誘うようだった。
たえ
(すごい……。レイから聞いてたけど、ここまで……。本当に人前で弾いたことないの?)
再びピックを持ち直し、光は最後まで弾き切った。
数秒の静寂。
そして――拍手が爆発する。
客A
「すげーな……プロか?」
客B
「かっこいい!」
客C
「頑張ってください!」
拍手が鳴りやまない。
たえ
「光、かっこよかったよ。すごい演奏だった」
そこで光は我に返った。
光
「え、なに、どうしたの? 私、なにかしちゃった?」
拍手に気づき、光は両手の人差し指の先を合わせて、恥ずかしさに顔を赤くした。
たえ
「そんなに恥ずかしがることないよ。みんな、光の演奏の虜だった」
光
「ええーっ……そんな……」
どれだけ拍手を浴びても、光は素直に受け取れない。
「私なんて、まだまだ」
その思いが、バンドへの一歩を止めていた。
メンテナンススペースに戻る。
たえ
「ねえ、光って今バイトしてるの?」
光
「毎週土曜日に、データ入力とか荷物運びとか……書類整理や引き継ぎ代行のバイトをしています」
たえ
「せっかくだからさ、ここで一緒にバイトしない? 得られるもの、きっと多いと思うよ」
光
「でも……私に、ここのスタッフが向いてるか分からなくて」
たえ
「最初は私がいる時に一緒に働けばいい。色々教えられるし。
それと――早くバンドに入った方がいいよ。せっかくの腕前なのにもったいない」
光
「……バイトの件は、もう少し時間をください。
バンドも、これから探してみます」
たえ
「うん。待ってる」
光
「また来ます」
たえ
「これから弦を買う時は、ダダリオの10-46ゲージね」
光
「はい!」
光はスマホに弦の情報をメモし、深く頭を下げて店を出た。
たえ
(光、一歩前に踏み出す勇気を持って!)
(2023年8月4日 3:21執筆)
©尾﨑 哲(Shining Jewelsのオリジナルの登場人物や設定等)
©BanG Dream! Project(バンドリ! ガールズバンドパーティ!の登場人物や設定等)
