【エッセイ】スランプは、「頑張る方向」を変えたら終わっていた
このエッセイは、【日経COMEMO】note連動お題企画「#スランプの乗り越え方」にて、受賞作品のひとつとして選定されました!ありがとうございます!(2026.7.27付)

はじめに
音楽を続けていると、誰にでも思うようにいかない時期がありますよね。
どれだけ練習しても吹けない…。
書いても書いても納得のいく作品にならない…。
昨日までできていたことが、今日はできない…。
そんな経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。
私も、演奏家として、そして作編曲家として何度もスランプを経験してきました。
「どうやってスランプを乗り越えたのですか?」
よくそう聞かれることがあります。
でも今振り返ると、私は特別な方法で乗り越えたわけではありません。ただ、頑張る方向を少し変えただけでした。
そのことが結果として、私をスランプから抜け出させてくれたのだと思っています。
演奏のスランプは、「量」ではなく「質」を変えた
学生の頃、思うように吹けない時期がありました。
どれだけ練習しても上達した実感がない。
できないから、もっと練習する。
それでも変わらない。焦る気持ちは大きくなるばかりでした。
やがて、楽器を持つことさえ嫌になってしまいました。
練習しなければ当然演奏の質は落ちます。
すると、ますます吹けなくなる…。
まさに負のスパイラルでした…。
そんな時、思い切って考え方を変えました。
長時間練習することをやめたのです。
その代わり、短い時間だけ徹底的に集中する「短期集中」というスタイルに切り替えました。
限られた時間だからこそ、一音一音を大切にする。
何となく吹くのではなく、「今日は何を身につけるのか」を明確にして練習する。
すると、不思議なことが起こりました。
集中力が高まったことで、読譜力が以前より身に付きました。
楽譜全体を短時間で把握する力が養われ、暗譜も早くなりました。
そして、練習以外の時間は思い切って楽器から離れました。
音楽の勉強をする時間。
作編曲の研究をする時間。
そして、しっかり遊ぶ時間。
オンとオフをはっきり分けたことで、気持ちにも余裕が生まれました。
今なら「タイパ」という言葉で表現されるのかもしれません。でも、だからといって「短時間の練習が正解です」と言いたいわけではありません。
私にはこの方法が合っていましたが、人それぞれ性格も、上達の仕方も違うからです。
大切なのは、誰かのやり方を真似することではなく、自分にとって一番力を発揮できる方法を見つけることではないでしょうか。
このスタイルは、その後自衛隊音楽隊に入ってからも変わりませんでした。
作編曲のスランプは、「知らないこと」を減らした
演奏だけではありません。
自衛隊音楽隊に配属になってから本格的に始めた作編曲でも、何度も手が止まる時期がありました。
アイデアが浮かばない。
書いては消し、また書いては消す。
「もう自分には書けないのではないか。」
そう考えたことも、一度や二度ではありませんでした。
そんな頃、自衛隊音楽隊で過ごした何気ない時間が、私にとって大きな財産になりました。
音楽隊には、木管楽器、金管楽器、打楽器など、それぞれの専門家が同じ屋根の下で活動しています。私は時間があると、同僚のところへ行っては質問していました。
木管楽器なら、運指や音域ごとの吹奏感や音色の違い。
金管楽器なら、さまざまな種類のミュートによってどんな音色になるのか、着脱にはどれくらい時間がかかるのか、さらにはミュート同士を組み合わせることでどんな響きが生まれるのか…まで、一緒に検証してもらいました。
打楽器はさらに奥が深く、楽器の種類だけでなくマレットが変わるだけで音色は大きく変化します。同じ楽器でも叩く場所によって音色はまったく違いますし、一人の奏者が限られた時間の中でどこまで複数の楽器を持ち替えて演奏できるのかも、実際に演奏してもらいながら学びました。
時には、実際に楽器を借りて吹いてみたり叩いてみたりもしました。
もちろん、専門の奏者のようにはできません。でも、その「思うように演奏できない」という体験こそが、奏者の気持ちを理解する一番の勉強になりました。
気が付くと、私の興味は「良い作品を書くこと」から、「それぞれの楽器の魅力を知ること」へと変わっていました。
すると、少しずつ景色が変わり始めました。
作編曲をするとき、「この音は演奏できるか」ではなく、「この楽器が一番美しく響く音域はどこだろう」と考えるようになりました。
「この音色とこの音色を重ねたら、どんな響きが生まれるだろう。」
「曲全体を通して、音色にも起承転結を作れないだろうか。」
そんなことを自然に考えられるようになったのです。
私はよく、オーケストレーションは料理に似ていると感じます。
素材そのものがおいしいことも大切ですが、本当に面白いのは、異なる素材同士を組み合わせたときに生まれる相乗効果です。
木管楽器の柔らかさに、金管楽器の輝きを少し加える。
そして、そこへ打楽器が彩りを添える。
一つひとつの音色は知っていても、それらが混ざり合った瞬間に、想像以上の美しいサウンドが生まれることがあります。
作編曲の醍醐味は、まさにそこにあるのだと思っています。
以前より、頭の中でその"音の料理"を思い描けるようになり、作品づくりも少しずつ変わっていきました。
おわりに
「どうやってスランプを乗り越えましたか。」
今なら私はこう答えます。
頑張ることをやめたのではありません。頑張る方向を変えました。
演奏では、練習の「量」から「質」へ。
作編曲では、「結果」を追い求めることから、「知ること」「学ぶこと」へ。
その小さな方向転換が、結果として私を前へ進ませてくれました。
もし今、思うようにいかず悩んでいる人がいたら、焦って出口だけを探さなくても大丈夫です。「もっと頑張らなければ」と自分を追い込む前に、一度立ち止まってみてください。
もしかすると必要なのは、努力を増やすことではなく、努力する方向を変えることなのかもしれません。
私にとってスランプは、立ち止まらせるための時間ではありませんでした。
もっと広い世界を見せてくれるための、大切な時間だったのだと思っています。
