見出し画像

『鉄との戦い』第10話:見えない支え

――受け継いだ“鉄”の温度。


プレスの音がやんだ工場には、鉄の硬さ冷たさだけが残っていた。

沈黙のなかに、見えない支えがあった。 それは、家族だった。

鉄とともに生きること。

音のない時間が、人生を映していた。

――受け継いだ“鉄”の温度。


2020年、コロナ禍が始まった。
工場の音が止まり、
油の匂いも、金属の手ざわりも、どこか遠くに感じられた。

金曜日は休みになり、
誰もいない工場で、一人、電話番をしていた。

プレスの音がやんだ工場には、鉄の硬さ冷たさだけが残っていた。
作業服の匂いも、誰かの足音もない空間で、
やっと、自分の心の音に気づいた。

鉄とともに生きること。
音のない時間が、人生を映していた。

父は、もう工場には来なくなった。
一人きりの作業場で、機械の音のしない鉄の冷たさだけが響いていた。

賃貸の工場、積み上がる融資、減っていく売上。
融資を受けても受けても足りず、
銀行とのやりとりを繰り返す中で、
預金も底をついていた。

そんなとき、母が黙って一冊の通帳を差し出してきた。
「使って。あんたのために貯めてたお金だから」

しばらくして、父は口を開いた。
「期待されてるんだからな」

短く、不器用な言葉だったけれど、それで十分だった。

そのときは、何も感じる余裕なんてなかった。
でも今なら、ちゃんと感謝できると思う。

沈黙のなかに、見えない支えがあった。
それは、家族だった。

妻に対しても、同じだ。
社長になって、何もかもがうまくいかず、
イライラの矛先を、いちばん言いやすい場所に向けてしまっていた。
他の誰にも言えなかったことを、すべてぶつけるようにしていたのかもしれない。

過去は変えられない。
でも、
そのときの自分がどうだったのかを、言葉にすることはできる。

一人きりの工場で、
鉄の音が消えた静けさの中で、
俺は、やっと立ち止まることができた。


 この物語は、実際に自分が経験してきた出来事をもとに描いています。

 「鉄のように冷たかった父」と思っていたけれど、その冷たさの奥には、確かな想いがあったのだと今では感じています。

 家業を継ぐということは、覚悟も苦悩も伴う道でしたが、振り返れば、そこには多くの学びと支えがありました。

 少しでも、同じように悩む誰かの力になれたなら嬉しいです。


#ノンフィクション

#働くということ

#感情の言語化

#noteクリエイター

#心に残る話


いいなと思ったら応援しよう!

鍛冶川 湊 『鉄との戦い』を読んでくださりありがとうございます。 この物語が少しでも心に残ったなら、応援いただけると次の力になります。