『鉄との戦い』 第5話:社長になるとは言っていない
「専務って、社長じゃないよな?」
【導入文案】
この回では、誰にも告げず、誰にも頼らず、ただ目の前の現実と向き合った日々を描いています。
「社長になる」と決めたわけではない。なのに、いつの間にか“社長らしく”振る舞わされるようになった。
そんなズレの中で揺れる心の記録です。
俺は、社長になるとは言っていなかった。
一時的に戻っただけのつもりだった。
でも、いつの間にか「専務」と書かれた名刺を渡されていた。
「専務って何をする人なんですか?」と聞いたら、
父は「社長の次ってことだよ」とだけ答えた。
じゃあ、社長は?
そっちは何してるの?
……何も変わらないじゃないか。
でも、周りは既成事実のように話を進めていった。
“継いだんだろ?” “お前の代だよな”
気づけば、取引先にも、自然とそういう空気が流れていた。 クレームは当たり前のように、俺に振ってくる。
最初は、何もわからなかった。 わからないことを聞いても、 「そんなことも知らないのか」と言われるか、黙殺されるか。
父・鉄男は何も教えなかった。 ただ、「お前がやるんだから」とだけ。
責任は全部俺に寄ってきて、 でも、裁量も自由もない。
言われた通りにやるだけでは通用しない。 でも、勝手なことをすると怒られる。
中身もわからないのに看板だけ渡されて、 俺は、表だけ“社長らしく”振る舞うしかなかった。
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ある日、神妙な面持ちで、「資金繰りが厳しい、金がない」と父・鉄男は言った。
従業員は高齢者ばかりで、俺が何とかしないといけないような空気があった。
自分がバイトにでも出ようかと本気で考えた。 誰にも相談できず、夜中にひとり悩む日々が続いた。
でも、半年くらい経っても父からは何も言ってこない。 気になって、「資金繰りは大丈夫なのか?」と聞いてみた。
「ああ? もう何とかなったよ」
その一言に、呆れた。
俺の悩みは何だったんだ。バカみたいだった。
責任だけを背負って、真実は教えてもらえない。 それでも、周囲からは“やって当然”のように見られる。
俺の中で、何かが少しずつ崩れていった。
毎日、鉄を曲げている。 強くても、しなやかでも、鉄は何も答えない。 父・鉄男もまた、ただ黙ってそこにいた。
【あとがき案】
【あとがき】
鉄は、強くて、しなやかで、それでも何も語らない。
ただ黙って、押し返してくる。
父・鉄男もまた、そうだった。
毎日、鉄を曲げながら、自分の心も、少しずつ曲げられていくようだった。
あのとき、どんな思いでいたのか――今も、答えは聞けていない。
でも、それが父・鉄男なのだと思う。
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