『鉄との戦い』第7話:譲れない想い
〜沈黙の承継〜
父の病、工場の混乱、穴を埋める日々。
そして静かに訪れた「覚悟」の瞬間。
忘れられないあの日を、振り返ります。
週末までクレーム処理に追われ、
ようやく休めるはずだった。
でもその週末でさえ父のゴルフの付き合いに呼ばれ、
息をつく暇もなかった。
疲れが蓄積していく中、
母からの一本の電話。
「お父さん、病院に行ったらしいの。……癌だって。」
父の肺がんが見つかったのは、
そんな日々が続いていたある日のことだった。
ステージは4。
余命については、医者もはっきりとは言わなかった。
その知らせを聞いたとき、
不思議と、動揺はなかった。
一度、父がストレスで倒れ工場に引き戻されたという出来事があったからかもしれない。
あのときは、地獄の底に落ちたような気持ちになった。
今回は、違っていた。
冷静だった。
父が病気になったことで、社内の空気が少しだけ変わった。
俺が主導して仕事を回すようになったが、
父がやっていた仕事の後始末に追われていた。
不完全な金型。
納品したのに伝票が入っていない。
伝票があっても、品物が届いていない。
穴だらけの対応を、一つずつ埋めていった。
だけど、それを父に伝えることはできなかった。
父は、何もなかったかのようにふるまっていた。
気づいているのか、いないのか。
ただ、何食わぬ顔で社内を歩き、
まるで自分がすべて整えてきたかのような顔をしていた。
口には出さなかったが、従業員や協力会社の中には、
俺の姿勢を認めてくれる人も少しずつ出てきた。
だけど、すぐには信じられなかった。
「大変なのでこれからは僕が応援します」と言ってくれた人がいました。
でも、後で他の人から話を聞くと、
その人は知っていたことを知らないふりをして、結局、嘘をついていたとわかりました。
しかも、その人物は以前ゴルフ場で
わざとボールを隠したことがあった人でした。
当時は本当に人間関係に苦しみましたが、
今思えば、それも大きな学びだったと思います。
それでも、少しずつ、流れは俺に傾きかけていた。
だから、決めた。
2019年8月。
俺は正式に、代表取締役になった。
「振り返れば、このときようやく工場を自分の足で立たせる覚悟ができたのかもしれません。
けれど、肩書ひとつで変わるものと変わらないものがあって…。
当時の心境を、また皆さんに知っていただけたら嬉しいです。」
「余談ですが、父はゴルフの予定を優先して、検査を一度先延ばしにしていました。」
今思えば、本当にあの人らしいなと苦笑いしてしまいます。
でもそれが後になってから、自分の中で色々な思いとして残りました。
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