『鉄との戦い』第9話:底の底は、底なしの舞台裏
眠るのをあきらめていたあの頃
社長として、経営者として――
強くあらねばならないと思いながらも、
眠れない夜が続いていた時期がありました。
この章では、父の事故、家庭の崩壊、そして「逃げ場のない日常」の中で、
どうにか立ち続けようとした自分の姿を綴っています。
同じように、誰にも言えない重さを抱えながら
朝を迎えていた方に、そっと届きますように。
社長になって2年が経った頃、
父が自転車で車と正面衝突を起こした。
頭を強く打ち、片目が斜視になってしまった。
それは、事実上の引退を意味していた。
事故の直後、もうダメかと思ったが、頑丈な父・鉄男の回復は早かった
父は重病人のようにふるまっていた。
実際に頭部へのダメージは重かったが、
面会に行くと、歩けるのに歩けないふりをして、車椅子で出てきた。
看護師に「さっきまで普通に歩いてましたよ」と言われた。
よほど病院の居心地が良かったのだろうか。
その様子を見て、思わず心の中でつぶやいた。
「ここでも好き勝手やるのかよ……」
母から「もう少し入院を伸ばせないか」と相談をうけた。
母もまた、父に対してすえない思いを抱えていたらしく、
二人で結託して、退院を1週間だけ延ばしてもらった。
あれは、俺なりのささやかな“灸”だった。
だが、父の切り替えの早さには、あきれるしかなかった。
「元気にならないと退院できない」と聞いたとたん、
それまで寝ていた人間とは思えないほど、
ピンピンし始めたのだから。
父親の事故、そして会社の運営、
「ここが地獄の底か」と思っていた。
けれど、まだそれは、底ではなかった。
社長になって1年も経たない頃、
俺自身の過ちが発覚した。
家の外での行動が妻に知られ、
支えてくれていたはずの家庭が、一気に崩れていった。
父の退院の日、朝から時間が決まっていた。
会社の始業と重なり、ギリギリで動いていたその時、
妻との会話が噛み合わず、ふいに怒りをぶつけられることが増えていった。
いつも通りの会話ではなかった。
ごねて、言いがかりをつけて、
時間がない朝に限って、なぜか険悪な空気になる――そんな日が増えていった。
限られた時間の中、余裕もなかった、それでも平静を保とうとした。
そういうことが、定期的に、頻繁に起きるようになった。
家に帰っても安らげない。
味方だったはずの場所が、
今度は、攻撃の場所になった。
昼間は工場で耐え、
夜は家庭で刺される。
誰もいない。
どこにも、逃げ場がない。
——それでも、次の日も会社に行った。
仕事を止めるわけには、いかなかった。
あの頃の自分は、とにかく前に進むことでしか
自分を保てなかったのだと思います。
弱音を吐くことも、立ち止まることも、
「負け」のように思えて、無理にでも歩き続けていました。
綴ることで、ようやく見つかった言葉があります。
今、この文章を読んでくださるあなたの存在が、
あの頃の自分を少しずつ癒してくれている気がします。
どうか、あなたの夜にも、小さな光が差しますように。
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