30代管理職 退職したいと伝えたら、社長に詰められた話
はじめに少しだけ自己紹介をします。私はこれまで2回転職をしました。このアカウントでは転職・日常・趣味など、30代会社員のリアルな体験談を書いていきます。
前回は2回目の転職活動で大企業への内定をつかんだ話を書きました。
今回はその後、退職交渉がどれだけ大変だったかを正直に書きます。
内定が決まった、でも退職交渉が始まる前から条件があった
内定をもらった喜びも束の間、すぐに現実が待っていました。
入社先からは2ヶ月後の入社を約束していて、退職日が確定したらエージェント経由で早めに連絡してほしいと言われていました。エージェントからも「まず退職日の確定を最優先でやってください」とプレッシャーをかけられていました。
退職交渉のコツも事前に教えてもらいました。記録をしっかり残すこと、一般的な退職の進め方、法律上の知識。頭では理解していましたが、これが後になって全く通用しない状況になるとは、この時点では思っていませんでした。

直属の上司がいない状況で、いきなり幹部への相談になった
内定が決まってから1、2日後、退職の意思を伝えることにしました。
当時私は管理職の立場でしたが、直属の上司にあたるポジションが空席という状況でした。そのため、いきなり上位の幹部に退職したい旨を相談することになりました。
幹部はかなり残念がっていましたが、話は聞いてくれました。ただ「トップに伝えるから少し待ってほしい」と言われ、その日は終わりました。

数日後、トップと直接面談
数日後、会社のトップと直接話す場が設けられました。事前に「全く納得していない」という情報が入っていて、かなり重い気持ちで臨みました。
面談の空気は予想通り重かったです。聞かれたことは大きく2つでした。
①なぜ転職するのか
正直に話しました。規模の大きい会社で自分の力を試したいこと、ずっと夢だった製品領域に挑戦したいこと。話した結果、この点については理解してもらえました。ただ今思えば、②の話で引き止めるつもりだったんだと思います。
②今任せている仕事についてどう考えているのか
ここが本番でした。言われたことをまとめるとこうです。
「任せている仕事にはすでに取引先がいる。相手のことを考えろ。」
「その仕事は他の人間にできるか?できないだろ。だから設計が完了するまでやり切るのが当たり前だ。引き継ぎ先はない。」
その場で退職日を決めることはできませんでした。

交渉が進まない1週間、じわじわと追い詰められていった
その後1週間ほど、トップの出張なども重なり交渉は全く進みませんでした。1対1で話す時間も取ってもらえず、設計完了までの業務日程を自分で作成して提出するという動きをするしかありませんでした。
エージェントからのプレッシャーも続きました。「まだ退職日が決まらないのか」「法律上は退職を伝えてから2週間で辞められる」「属人化している会社が悪い」。正論だとは理解していました。ただ、そんな常識が通用するトップではないことも、自分が一番わかっていました。
家族に話を聞いてもらったり、事情を知っている同僚に愚痴をこぼしたりしながら、なんとか気持ちを保っていました。

突然届いた、会議招集メール
最初の面談から10日ほど経ったある日、突然メールが届きました。
内容を見て、直感的に「これはまずい」と思いました。私に関係する議題で、社内の役職者ほぼ全員が召集されていたからです。
この会社は典型的なトップダウン企業でした。そういう組織がどういう動きをするか、想像するのは難しくありませんでした。この場に出れば、最終的に自分が望まない結論を受け入れさせられて終わる。そう感じました。
辞めることを知っていた同僚も同じ意見でした。「出ても無駄だと思う。逃げてもいいんじゃないか」という言葉をもらいました。
この日、決断しました。帰宅後すぐに、退職代行に依頼することにしました。

次回は退職代行を使った話を書きます。依頼した翌朝、スマホの電源を切って退職代行からの連絡をPCで待ち続けた、あの朝のことは今でも覚えています。
