【第38話】言葉の壁を超える音
前回の続き。。
バンコクのプロンポンにある高級デパート、エンポリアムのCDショップで店員さんが紹介してくれた、タイ人シンガーのアルバム2枚。
彼は「ヴェリー・ファモー、ナンバーワン、ヴェリー・グッド」と、流暢な英語で笑いながら差し出してくれた。
1枚目:アーティスト「LOSO」の『RED ALBUM』
2枚目:アーティスト「Palmy」の1stアルバム『Palmy』
その場で視聴できるような器機はなかったし、そもそもタイ語の歌詞を聴いても良し悪しの判断などつかない。けれどなんとなく、ピンときた。
俺は気づけば、レジにその2枚ともを持って並んでいた。
「コップンカップ」
新しいものを買った帰り道はいつも気分が良い。
まだ袋の中に眠る新品の商品、開ける前の箱、香りの残る紙袋。それをちらりと覗くたび、なんでもない通りがちょっと特別に感じる。
歩く足取りも、少しだけ軽くなるってもんだ。
(いい買い物したな)
そんな確信と、まだ使っていない未来への期待がじんわり心をあたためる。
アパートに戻るなり、俺はドアを閉めるのもそこそこにリュックを開き、まだツヤのあるラップに包まれたCDを取り出し、封を切った。
(さて、タイの歌はどんな感じなのかな?)
(CDショップの兄ちゃん大丈夫かぁ?フフッ)
ジャケ買いでもなく、自分のセンスでもない。
といっても、タイ語も英語もまったく話せない俺に「ジャンルは?」「男性?女性?」「グループ?」なんて細かいやり取りは、正直ムリだ。店員さんもきっと最初からそれを察していたのだろう。だからこそ、黙って”今、売れてるCD”をふたつ差し出してくれた── ただそれだけ。
だけど、それが最高の選択だったと、今でも思っている。
部屋の片隅、スーツケースの横に置いてあるポータブルCDプレイヤー。これは日本からわざわざ持ってきた相棒だ。
ケースから慎重にディスクを取り出し、セット。
LOSO - RED ALBUM
もう一枚のCDはジャケットに女性が写っており、イメージは沸いていたが、こちらは赤一色に白文字でタイトルが書かれているだけで、男性か女性かもわかっていなかった。
ラベルに書かれたその文字を、じっと見つめたあと、再生ボタンを押す。
── 俺はイントロが流れた瞬間、背筋がゾワッと震えた。
どこか哀愁のある男性の声と刻まれるギターのディストーションサウンド。まったく聞き取れない言語。でも本物だった。サビでは体の内側から突き上げるようなグルーヴに変化。
「…… 何言ってるか、1ミリも分かんねぇけど……」
「超カッコええぇぇぇ!!」
次に再生したPalmyの「ヤーク・ローン・ダンダン」は、女性ボーカルの透明感のある歌声で、誰もが口ずさみたくなるテンポ感と、明るい気持ちを引き出す楽曲構造にやられてしまった。
異国の地で、まさかこんな音楽たちに出会えるなんて、想像すらしていなかった。
休日にいい気分を添えてくれた、タイのシンガーたち。
一気に虜になった俺は、数日後には自室用にミニコンポを購入。
通勤のワゴンの中でも、部屋でも、この2枚を延々とループ再生。帰宅してまずすることは、スイッチON。そして音を浴びる。
さらに拍車をかけたのが、映像付きの”VCDカラオケ”の存在だった。
MVに加えて”タイ語の英語字幕”まで表示される仕様に「動くシンガーも見れるじゃん」「タイ語の勉強にもなるかも」「タイ語で一曲歌えたら、ちょっとカッコよくないか?」
そんなノリと勢いだけで、俺は数日後にはVCDデッキまで購入してしまっていた。
うれしかったのは最新のフルアルバムですら一枚200バーツ弱(当時レートで約600円)ということ。日本でCDを買うことを考えれば、圧倒的に手が出しやすい価格だったのだ。
気がつけば、CDを物色するのが習慣になっていた。
カラフルなジャケット、見たこともないアーティスト、そして一枚一枚に詰まった異国のリズム。
俺は”タイ音楽沼”にハマっていった。
部屋の中は、もはや”T-POP研究所”
食事中も、歯磨き中も、ローソーのシャウト&ギターとパーミーの歌声がBGM。気がつけば、口ずさめるサビが増えていく。
それは、言葉を越えた恋の始まりだった。
【Palmy : Yark Rong Dang Dang Live ver.】
【LOSO : Pantip Original ver.】
ちなみに── LOSOのパンティップの歌詞には、今日CDを買ったエンポリアムの名称が出てくる。
この偶然に運命的なものすら感じてしまった。
いや、分かってる。たかがCDだ。たかが音楽。
でも、俺にとっては間違いなく”人生の出会い”だった。
♪チャラララ・チャラ・チャラーラーラー

▶️【第39話】恋心は強制接続 に、続く。
