【小説】(仮称)桜を守る〔第十二話〕
【はじめに】
第一話から前話に当たる第十一話まで、大阪を舞台に物語を展開してきました。
このため、前話の最後に〔大阪編 完〕と記し、一旦、この物語に区切りを付けました。
今回の第十二話から、物語は舞台を移し、新たな展開へと進みます。
これまでとは、かなりテイストが変わると思いますが、根底に流れるものは大阪編と同じものとなるハズです。
前置きはこのぐらいにして、早速、第十二話、スタートです!
【変わる生活、変わらぬ想い】
僕は夜行バスに乗り込み、仙台を目指した。
初めての東北、彼女が暮らしたまち・仙台へ向かう車中、僕には何の高揚感もなかった。
ただ、彼女とすごした日々を思い出しては、寂しさばかりが込み上げた。
後悔がないと言えば、嘘になる。
今も、彼女を、再び、ひとりぼっちにしてまで、大阪を離れたことが正しかったのか、自信を持てないでいた。
本当に、彼女と二人で暮らしながら、彼女の夢を叶える方法はなかったのか?
そう、自問自答を繰り返しては、寂しさが胸に迫り、ため息が漏れた。
結局、仙台に到着するまで、一睡もできなかった。
仙台へ向かう道すがら、車窓から見える景色のあちこちに、東日本大震災の傷跡が残っていた。
降り立った仙台の街にも、その名残は確かに感じられた。
僕はスマホを頼りに徒歩で目的地へと向かう。
街中を進み、街角を曲がり、目の前に新たな景色が広がるたび、東日本大震災が如何に酷い災害だったかを実感する。
そして、彼女がどれほど恐い思いをしたのかも、容易に想像された。
それを思うと、胸が痛んだ。
僕は、都度都度、目に映るもの、耳に入ってくる音、埃っぽい風に、心を揺さぶられながら、ただただ、歩いた。
太陽がすっかり頭上高くに昇り切った頃、ようやく、目的地に到着した。
丘のように小高くなった、開けた斜面が眼前に広がる。
後ろを振り返ると、陽光にキラキラと輝く穏やかな海が広がっていた。
僕は意を決して、斜面を登る。
園路に沿って歩を進めると、倒木がところどころに集められ、残る木も折れたり、立ち枯れたりし、トラロープで囲われているところもあった。
僕は周りを見渡しながら、地震に揺られ、津波に襲われ、無残に荒らされた園地を目の当たりにし、言葉を失った。
これが、彼女が愛して止まない、桜の名所かー
そう考えると、僕の胸に熱い思いが湧いてくるのを感じた。
園地の一番奥まった、最も高い場所を目指す。
視界が開けると、ログハウスのような、2階建ての建屋が見えた。
そこを目指して、さらに、坂を登っていく。
とうとう、その建屋の前に立った。
入口の扉の横には、「公園事務所」と書かれた一枚板が掲げられていた。
コンコンと、二度、ノックをし、
「すみませ〜ん。」
と扉を押し開ける。
ちょっとした吹き抜けのエントランスが広がり、奥に受付台が置かれ、さらにその奥に、何名か分のオフィス用の机が配置されている。
しかし、開店休業状態なのか、人はおらず、閑散としていた。
今一度、
「すみませ〜ん、どなたかおられませんかぁ?」
と声を張ると、2階の廊下から、
「何の御用ですぅ?」
と、好々爺然としたお年寄りが現れた。
「見ての通り、ここへ来ても、今は何もないんだよ。」
と続けたお年寄りに、
僕は、思い切って、
「ここで働かせて下さい!」
と頭を深々と下げた。
お年寄りは驚いたようで、
「すぐ降りるから、ちょっと待ってくれるかね。」
と返事をし、エントランス横の階段を、手摺に掴まりながら、一段一段、降りてきた。
僕が、今度はゆっくりとした口調で、
「どうか、ここで働かせてくれませんか?」
と言うと、
「私は、ここで雇われてる、住み込みの管理人なんですよ。
だから、そういう話は宮城県庁へ行って、してくれませんかね?」
との返事が返ってきた。
「僕、今朝、大阪から来たところで。
こちらの桜の名所を復元するプロジェクトがあると知り、ぜひ、お役に立ちたいと、やって来たんです。
お役所へ掛け合っても、すぐに雇っていただけると思えませんし、おじいさんのご判断で、こちらに置いていただけませんか?」
と、僕は、再び、頭を下げた。
「そう言われてもねぇ…。」
と困惑気味のおじいさんに、
僕は被せるように、
「住む所も、お金もないんです。
給料は要りません。
ただ、住み込みで働かせて欲しいんです。
よろしくお願いします。」
と必死に訴え掛けた。
いつの間にか、階段を降り、おじいさんの後ろに立っていたおばあさんが、
「いいんじゃないですかぁ。
私らだけじゃあ、この広い園内を管理するのも、大変なことですし。
こんな若いお兄ちゃんがいてくれれば、助かるじゃないですか。」
と、おじいさんに話し掛け、次に、僕を見て、
「どうせ、今、ここには年寄り二人がいるだけですし。
お兄ちゃんも、泊まる所もなくて、お困りなんでしょう?
まずはボランティアとして、いてもらったら、いいんじゃないですか?
県庁の方には、折を見て、紹介すれば、いいでしょう。
給料は出せませんけど、管理人の仕事をやってくれるんでしたら、ここに住んでくれて構わないと思いますよ。
ご飯ぐらいは食べさせてあげますから。
ねぇ、それでいいわよね、おじいさん?」
「お、おぉ。」
「じゃ、それで決まりですね!
お兄ちゃん、よろしく頼みますね。」
僕は、二人に、腰が折れるぐらい頭を下げながら、
「ありがとうございます!
よろしくお願いします!」
と心からの感謝を伝えた。
僕は、管理人の二人に、2階にある管理人室兼住居へ招かれた。
食卓の椅子に座らせてもらい、おばあさんに温かい緑茶とお茶請けを出してもらう。
僕は「ありがとうございます。」と会釈した。
「お兄ちゃんは、どうして、大阪から、わざわざ、ここへ?」
とおじいさん。
「はい…、ここは桜の名所として、宮城の方々を毎年楽しませ、きっと、多くの方にとって、思い出の地になっていると思います。
そんな多くの方にとって大切な桜が、東日本大震災で、めちゃめちゃになってしまったと、ニュースで知りました。」
と、僕が話し出すと、
おじいさんは目を瞑りながら頷き、
おばあさんは僕へ優しい眼差しを向けながら、耳を傾けてくれた。
「そんな中、桜の名所を復興するためのプロジェクトが始まるとも聞きました。
宮城の皆さんを慰め、勇気付けるために、ぜひとも、成功させないといけないことだと思いました。」
おじいさんが目を見開き、僕をじっと見た。
おばあさんは、その先を続けるよう、優しく頷いた。
「僕は、阪神・淡路大震災で、家族も、家も、全てを失いました。
なので、今回、被災された皆さんのお気持ちは、少なからず、わかっているつもりです。」
おじいさんは、開いた目を、さらに大きく見開き、
おばあさんは、
「それはつらかったねぇ…。」
と、気の毒そうに顔を歪めた。
「だから、こんな僕でも、何とかお役に立てないかと思い、越させてもらいました。
僕は、全くの素人です。
桜の何らの知識がある訳でもありません。
でも、桜の名所が元の姿に戻るよう、全身全霊を賭してでも、頑張りたいんです。」
と言い切り、
「どうか、僕が一人前の桜守となれるよう、いろいろお教え下さい!
よろしくお願いします!」
と二人に深く頭を下げた。
おじいさんは、何も言わずに席を立ち、一冊の分厚い本を抱え、戻ってきた。
「まずは、これをお読みなさい。
まだ、復興プロジェクトが始まるまで、時間はある。
桜を育てるために必要な知識は、ここに書いてあるからね。」
おばあさんは、目を潤ませ、相変わらず、優しい笑顔のまま、
「本当に、遠いところ、私達、宮城県民のために、よく来てくれたねぇ。
今回の震災で、多くの人が、心に傷を負い、途方に暮れ、悲しみに暮れています。
そんな人達が、今のあなたのお話を聞いたら、さぞや、励まされたことでしょうね。」
と言ってくれた。
「今回の震災で、本当に多くの人が傷付いたけれど、日本でも、世界でも、たくさんの人が、私達を心配し、助けようと手を差し伸べてくれてるんですよ。
あなたのようにね。
本当に有難いことです。」
と続け、おばあさんは目頭を押さえた。
「力を合わせて頑張ろうな、お兄ちゃん!」
というおじいさんの言葉に呼応し、
「はい、頑張りますので、今日から、よろしくお願いします!」
と、僕は、感謝を胸に抱きながら、頭を下げた。
こうして、桜の名所再生に懸ける、僕の新たな生活がスタートした。
それは、思い出の地を、再び、彼女に取り戻すための、僕の執念の日々の始まりでもあった。
〔第十二話完〕
【あとがき】
前話までを大阪編とさせていただいたので、今回からは仙台編といったところでしょうか?
いずれにしても、今回から、主人公である“僕”の新たな生活がスタートしました。
人と人が出会い、交流し、心を通わせ、絆が生まれ、その先に何が生まれるのか?
大阪編に続き、そんなテーマを念頭に、物語を綴っていきたいと思います。
引き続き、よろしくお願いします。
今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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