毒で育つと、毒に寄られる--脳内に居た毒教授/毒凶授--
毒で育つと、毒に寄られる。
厄介なのは、毒親、毒家族だけではなかった。
当方の脳内に、まだ毒教授(毒凶授)が居て、
《そんなことやってないでバイトしろ》とか
《甘えてないで早く自立しろ》とかいう声が、
どうしても聞こえてしまう。
せっかくデカルト哲学から離れたのに、
そして、
性別🚻などの制限や、近年では未だに続く呼吸の制限😷に嫌気が差して、
雇用労働から離れたのに、
未だに当方の活動全般を妨害してくる輩が、脳内に居る。
これのせいかなー、
毒親対策が進んでいるのに、
経済や仕事のメンタルブロックが外れないのは。
脳内の毒親などを片付けて、
デカルト哲学から離れたからこそ、
さらに顕著になったようだ。
うわー、まだ居た、ていう。
一時期、デカルト哲学研究の権威を気取っていた奴である。
奴は、一般企業などで雇われた経験がないまま、
親の財産を費やして、順調に研究者として出世したようだ。
なお奴からデカルト哲学を剥ぎ取ったら、
劣等感に満ちた裸の王様である(※1)。
デカルト哲学を携えて、偉そうな肩書きをぶら下げていたからこそ、
稼いでモテることができたのであろう。
奴自身のアイデアは、実質的には、殆どない。
大抵、デカルトからの流用か、先代のT教授の真似か、ほかの研究者か誰かからの流用か、当方の真似か、
のいずれかに該当する。
ちなみに奴の人間性を好意的に評価しているのは、デカルト哲学の専門外の人々である。
というのも奴は、デカルト哲学の専門外の人々(デカルト哲学専門の研究者になる可能性のない人々)に対して、親切にしているからである。
己の権威を脅かさない人々、己の無能を暴かない人々だから、奴は親切にできるのだ。
だからデカルト哲学の初心者には、奴も表面的には親切な態度を取る(※2)。
しかし、少しでもデカルト哲学を究めようものなら、専門研究の厳しさとは別の、謎の圧力が介入する。
年齢差を理由にマウントしてきたり、盗作未満の搾取をしてきたり。
ここで研究を続けると、
《そんなことやってないでバイトして自立しろ》となり、
ここで研究を辞めると、
《研究を中断するとは軟弱だ》となる。
研究を続けても辞めても、
必ず当方が不利になる構造である。
専門的な研究を専門家から妨害されたら、
当然、無実績になり、
これは、専門外の人々から見ても、無実績であることに変わりはない。
こうして当方は、
専門内外から見て、無名で無実績となり、
奴からも他人からも家族からも、
《甘ったれの怠け者》という烙印を押された。
当方の自尊心も損なわれた。
当方は、
自分の私生活での試練を言語化する際にデカルト哲学を活用し、
雇用以外の働き方の第一歩として、
無所属で執筆活動や創作活動をしたかった。
これは明らかに、べつに甘えでも怠けでもない。
ただ、実績を残し難いくらいに劣悪な環境だっただけだ。
昔のことなので、経済的な事情や、契約時の男女別記入が支障となり、
当方のインターネットの利用が遅れた。
のちに、SNSや電子書籍やオンデマンド出版が利用できて、表計算ソフトやプログラミングやAIも活用できるようになったので、
当方は、個人として実績を残しやすくなり、
また当方の負担も、かなり軽くなったが、
こればかりは時代の進化を待つしかなかった(※3)。
そしてようやくフリーランスの研究者として認知され、
研究テーマを変更して研究会に所属した次第である。
これで解毒して、
当方も幸せな生活を送ろうと思う。
※1:
デカルトからの引用がないとき、奴の文章は突如、幼稚になる。
大人しか読まないであろう哲学系の媒体に、まるで10歳以下を対象にしているかのような文体が連なる。
いったりどういう読者を想定して奴は書いているのだろうか。
読者以外の人々(子ども)を対象に書いているのか、
それとも読者(大人たち)を子ども扱いして書いているのか。
いずれにしても、読者に失礼である。
※2:
但し、奴の著作等は、決して初心者には親切ではない。
※3:
この頃にも、奴に酷似した文体の偽名コメントやメッセージやスパムメールが、拙稿の公開のタイミングに合わせて届いていた。
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