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ベル木の昇天(古賀コン8応募作)

ジョンとポールなら、ジョージが好きです。
真っ直ぐな瞳を輝かせてベル木は言った。

ベル木はベースの陸奥がつけたあだ名で、本名は鈴木と言った。下の名前は忘れてしまった。
特に面白くもないあだ名だから、すぐにだれも呼ばなくなった。

ベル木とは仙台にある国立大学の軽音サークルで出会った。ビートルズのカバーバンドのメンバーで、真剣な顔をしてボリュームの下げられたリッケンバッカーを、シャカシャカと弾いていた。 

ゴールデンウイークが過ぎた頃には、ベル木を部室で見かけることはなくなった。カバーバンドのメンバーに聞くと、ある日練習にこなくなってそれきりだということだった。正直下手すぎたから、こちらからクビにしなくて済んで助かったと彼は付け加えた。

ベル木を再び見かけたとき、彼は学内の政治団体に所属してビラをまいていた。久しぶりじゃんと声をかけると、それどころじゃない、戦争が始まるんだよ!とベル木は強い口調で言った。僕が何を話しても、彼はすぐに始まるらしい戦争の話をした。

年が変わると、ベル木は大学から姿を消した。

大学三年の五月の終わりにベル木は死んだ。人づてに聞いた話では、酒田にある実家の黒松の木で首をつったのだという。

ベル木の死は、彼を知るものたちの心に暗い影を落とした。決して仲がよかったわけではない。しかし彼は「何か」を誰よりも深くまっすぐに見つめ、それをつかんで、向こう側に行ってしまったような気がした。そしてその「何か」は、僕の中にもきっとあるものなのだ。

僕はサークルをやめ、すべての単位を誰よりも早くそろえた。就活をして仕事をきめ、仙台から逃げ出した。ギターをしまい、働いて、観れるだけの映画を観た。何人かの女性と出会い、別れ、酒を飲んだ。

そして僕は忘れてしまった。ベル木のことも、僕の中にある「何か」のことも。

僕は人並みに結婚して、子どもにまで恵まれた。家にオーディオはないけど、習い事の送迎で車を走らせながら、音楽を聴く。もう心が動くことはない。それはただの、音の形をした懐かしい夢だ。

でもカーステレオからジョージ・ハリスンのか細い声が流れ出すとき、僕の心のなかにまだ残る干上がった海のような砂原に、ベル木が現れることがある。ベル木は裸足で砂を歩き、20才のままの真っ直ぐな目で僕を見て、こう言う。

ジョンとポールなら、ジョージが好きです。
それどころじゃない、戦争が始まるんだ、と。


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