クラウドを大規模に使い、圧倒的な恩恵を受ける! FinatextHD 田島悟史さん解説
クラウドサービスを活用することのメリット、必要性が金融界で指摘されるようになって、10年近く経ったでしょうか。この間、金融機関では一定の利用は見られるものの、大規模に活用している先はまだそう多くありません。
Finatextホールディングスの取締役 CTO/CISOの田島悟史さんは、現状を踏まえつつ、「圧倒的な恩恵がなければクラウド活用と言えない」と指摘します。海外では「大胆にどう使いこなすか」のフェーズに移るなかで邦銀が活用を進めるために必要なことは何か、解説してもらいました。(金融ジャーナル編集部。2024年1~3月号「Financeを再発明しよう」~テックで変える金融450年の歴史~掲載分を再編集。数字等は掲載時点)
確認したい「5つの圧倒的なメリット」。
クラウドについては、三菱UFJフィナンシャル・グループやソニー銀行をはじめ、地域銀行でも利用は広がってはいます。ただ、海外金融機関などと比べると一部サービスでの小規模・限定的な利用にとどまっているのが現状です。改めてそのメリットをおさらいしましょう。
主に5つあるのですが、1つ目のメリットは「リソース調達におけるリードタイムの削減」です。従来、金融機関のシステム運用や調達は、自社で保有するハードウェアとソフトウェアで行うオンプレミスが中心でした。システムを変更・構築するには、①ベンダー選定 ②見積もり ③システム構成検討 ④社内稟議などの手順があります。その後、システムが送られてきて、組み立ててネットワークとつなぎ、やっと納品になります。
ここまででどんなに短くても3カ月、金融機関の場合は社内調整に一定の時間がかかり半年~1年程度かかるのが通例です。では、クラウドを利用するとどうでしょうか。極端な話ではなく、ウェブサイト上でワンクリックするだけで、サーバーを立ち上げることが可能です。
2つ目は「コストの削減」です。オンプレミスでは、事前にサーバーの使用量などを予測して調達を始める必要があります。その場合、多くのお客さまが利用する可能性を考慮し、必要以上にリソースを調達しがちで固定の初期投資になります。加えて、利用量が仮に予想を下回ってもサーバーを使い続けなくてはいけないという不利があります。その点、クラウドは従量課金制となり、使用した分の料金を支払うだけで済みます。
3つ目は「継続的・自動的な機能向上」です。オンプレミスではシステムの機能が勝手に向上することはなく、当然ですが追加的な投資が必要になります。クラウドの場合は、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)などの事業者側が継続的に向上に努めてくれる恩恵を受けることができます。利用すれば分かりますが、自動アップデートや新機能公開のアナウンスが結構頻繁にあります。
4つ目は「地理分散のしやすさ」が挙げられます。自前でシステムのバックアップを構築する際、例えば、東京と大阪にデータセンターを置くには、人員を常駐させる必要があります。ある金融機関では、東京で運用するサービスをバックアップするために、データ類をカセットメディアに移し、それを毎日、大阪に専用車で運び保管しているそうです。
クラウドの場合は、事業者側が東京や大阪はもちろん、海外も含めてデータセンターを保有しています。人も設備も配置することなく、クリックするだけで地理的に分散運用が可能になる。コストや負担の差は歴然だと思います。
最後「高度なセキュリティーを安価に利用できる」です。ファイアウォールや監視などの仕組みは、高品質なものを自前調達すると数千万~億円単位の費用がかかります。しかも、安全対策には終わりがありません。AWSは機械学習などを活用して不審なアクティビティを検知する最先端の仕組みを提供していますが、これも利用した分の費用しかかかりません。安全対策はそれで済むことになります。
日本は、国や金融当局が利用を推奨している。
このような圧倒的なメリットがあるのですが、日本では利用を不安視する声がまだ消えません。代表的なのが「クラウドは米国の事業者で運用がブラックボックスになっている」「障害発生時の柔軟な対応が困難」という懸念でしょう。
ですが、10年前ならそれも仕方がなかったかもしれませんが、今は完全に杞憂です。むしろ、日本政府や金融当局、事業者が行ってきた制度整備に対する理解不足と言われても仕方がないかもしれません。
AWSを例に説明すると、AWSは確かに米国企業ですが、利用する金融機関では準拠法を日本に設定できます。そして、SOC(System & Organization Control)と呼ばれるレポートでセキュリティーや可用性、機密性などの詳細を公開しており、監査法人がしっかりと監査しています。ハードウェアの運用状況や内部のアーキテクチャーまでも公開しており、ブラックボックスとはかけ離れています。
何より、近年は国や金融当局が前向きに利用を推奨しています。政府は情報システム構築時に第一候補としてクラウドを検討する「クラウド・バイ・デフォルト原則」を2018年6月に公表しています。
FISC(金融情報システムセンター)も最新の安全対策基準でクラウド利用時の注意事項を盛り込んだほか、金融庁もオペレーションレジリエンス(業務の強靭性・復旧力)の検討で、クラウド事業者のサードパーティーリスク管理を含めた安全活用についての議論を始めています。この流れを見ても、「クラウドの利用はもはや前提だ」と考えて不都合はありません。
AWSイベントには世界で30万人が参加。金融領域の活用が増加。
世界の金融機関はこのようなクラウドを大胆に活用し、圧倒的なメリットを享受し始めています。その最新動向を把握する象徴的なイベントとして、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)が2023年11月末に米国ラスベガスで開催したカンファレンス「AWS re:invent」を紹介しましょう。
このカンファレンスの参加者は5万人を超え、オンライン視聴を含めると30万人に達しました。カンファレンスでは様々な講演やワークショップが行われ、多くの機能アップデートが紹介・実装されました。私は7年ぶりに現地参加しましたが、開催規模や会場の広さ、盛り上がりはケタ違いにアップした印象を受けました。
何より驚いたのが、金融領域でのAWSの利用事例の増加です。毎年、キーノートではAWSを活用する企業のロゴが出ますが、私の認識する限りでは、今回初めてFINANCIAL SERVICES LEADERSという、金融関連企業のみのロゴを掲載したページが新設されました。三菱UFJフィナンシャル・グループ、野村ホールディングスのロゴも見えましたが、海外勢を中心に活用が一気に進んでいました。
その中でも、クラウドを先進的に活用していると紹介されていたのが、米国の金融ソフトウェア会社IntuitとブラジルのネオバンクNubankです。Intuitは世界で1億人以上に納税申告書の作成支援などをしていますが、2013年からAWSを活用し、今はほぼ全てをクラウドに移行しています。
インフラ、機械学習、データ分析で広範に活用していますが、驚いたのは機械学習の回数です。なんと毎日65億回もの機械学習を行い、予測や分析の精度を高めていました。自社でシステムを運用するオンプレミスでは甚大なコストがかかるのは間違いなく、クラウドでなければ実現できない世界線と言えるでしょう。
Nubankは10年ほど前に創業したばかりですが、現在は9,000万人以上の顧客を抱える銀行に急成長しています。40以上のAWSサービスを駆使して銀行インフラを構築し、安価で迅速な使い勝手の良い送金インフラを構築したことが成長の起爆剤になりました。
ブラジル国内の銀行間送金は使い勝手が悪くて有名でしたが、一説では、Nubankの送金インフラで「既存の送金のレイテンシー(待ち時間)を92%削減し、送金手数料の80億ドル以上の節約に成功した」と言われています。クラウドの恩恵を自社だけではなく、利用者にも還元した好例だと思います。
FinatextHDは、160システムを80人で管理する。享受している「3つのメリット」。
翻って日本を見てみましょう。多くの銀行がこの数年で「クラウドの活用」を進めたように見えますが、実態としては、社内業務の一部や利用者が少数のサービスへの部分利用にとどまっています。先ほどの2社のケースで明らかですが、基幹システムを含めて大胆に活用しなければクラウドの恩恵は受けられません。圧倒的なメリットを感じられない程度の活用は、クラウド活用とは言えないのです。
“論より証拠”で、やや手前みそですが、FinatextHDの活用動向をお伝えしましょう。我々はグループで証券業、保険業、貸金業を営んでいますが、基幹システムでAWSを活用しています。既存のオンプレミス環境をクラウドに移行したのではなく、最初の設計段階からクラウド前提でアーキテクチャを組んでいます。
現在、全社で管理するAWSアカウントの数は160あり、それだけの数のシステムを管理しています。一般的な銀行のシステム部門であればそこで働く人たちは数百~数千人規模だと思いますが、我々は80人程度のエンジニアで管理できています。この人員の差に驚かれる金融機関の方は多いです。
さらに、享受するメリットは3つあります。1つ目はセキュリティーです。金融機関のシステム管理では障害発生時に他社へ波及しないように安全性を強く担保する必要があります。1つのデータセンターの中では分離が十分にできず、システムの多くの部分を共通で利用せざるを得ないケースが生じますが、AWSでは前述のようにアカウントを細かく分けることで完全な分離環境を確保できます。
2つ目がコストです。例えば、証券取引業務のシステムは取引所が開く平日はトラフィック量が急増しますが、休日はほとんど動かす必要がありません。そこで我々は、リソースを柔軟に調達できるクラウドの特性を生かし、平日はシステムのキャパシティを増やし、休日は落とすことでコストを削減しています。
3つ目がインフラの高度化です。IaC(Infrastructure as Code)と呼ばれますが、クラウドではシステムの構成や設定の情報をプログラムコードとして記述し、自動的・省力的な適用が可能です。
具体的には、経験豊富な技術者ならIaCを使えば、半日~1日程度で新たなサービスのインフラを構築することが可能なのです。我々は日本でクラウドをフルに使いこなしている会社の1つだと自負していますが、クラウドでなければ享受できない恩恵を受けていると日々感じています。
まずは、個人で使ってみよう。
では、実際にどのように使っていけば良いのか。クラウドについては、日本の金融機関が利用するようになって10年程度経ちました。ただ、海外のような大きなうねりになっていないのは明らかです。
その一方で、クラウドについての情報を見る機会は増えていると思います。金融機関で働く人たちの中にも「すごく便利そうだ」「使ってみたい」と感じている人はいるはずです。と、同時に「どうやって利用すればいいか分からない」「私たちとは別世界の話かもしれない」と思われるケースもあるのかもしれません。この機会損失は避けるべきでしょう。
ということで、私がぜひお勧めするのが、まずは個人でクラウドを利用、触ってみることです。そして、メリットを実感してもらうのが一番手っ取り早いかなと思っています。
AWSをはじめとする、各種クラウドサービスのアカウントは、インターネット環境さえあれば、原則誰でも開設することが可能です。その関連の情報はネット上にあふれていますし、最近はオンラインでの教育ツールも充実しています。ゼロから自分で調べなくとも、案内表示などに従って作業を進めれば、大きな労力をかけずにクラウドの利便性を体験することができるようになるでしょう。
個人での利用は、金融機関として利用するよりもハードルとリスクは格段に低いはずです。小さい領域でも構わないので、クラウドの凄さ、魅力を個人として味わってほしい。そして、トライ&エラーを実践しつつ、使いこなしてもらうことが、大切かと思います。
クラウドネイティブな企業に不可欠な「5つの要素」。
実際にクラウドを使ってみて、利便性や魅力を感じた人が増えれば、仕事での本格活用も近づくはずです。日本の金融機関が目指すべきは、海外同様にクラウドネイティブな金融機関であることは間違いありません。では最後に、クラウドを使いこなす企業に不可欠な5つの要素を解説しましょう。
1つ目が「カルチャー」です。クラウドなどの最新技術を取り入れようとする時にどのようなスタンスを取るか。多くの企業は「特に大きな問題はないのだから、今まで通り、現状維持で良い」となりがちですが、それでは変革の波に付いていけません。
マインドを変えて、小さな領域でもいいから「まずは使ってみる」「トライ&エラーをしてみる」。そして、そのチャレンジする社員を周りが変な目で見るのではなく、自分もやってみたいと思う人たちが組織の半分以上を占めるようなカルチャーを醸成することが理想でしょう。
2つ目が「ポリシー」です。社員の多くがトライ&エラーをしたいと思っても、いざシステムを構築する時に、社内規定などが壁となってしまい、結果として意欲が削がれるケースは多く見られます。何かチャレンジしたいことがあっても、申請してから承認されるまで半年かかるのであれば、誰もやろうとは思いません。現場の意欲を邪魔しないような方針や指針となるポリシーは不可欠です。
3つ目が「ガードレール」、4つ目が「セキュリティ」です。ポリシーとはやや逆行しますが、現場に自由な環境を提供することは重要ですが、大きな事故を起こしてはいけません。それを防ぐには、一種のガードレールを敷く必要があります。要するに、「絶対にここを超えてはダメ」というラインを設ける。逆に、その中であれば自由にして構わないというセキュリティー環境を作るということです。
最後の5つ目が「アーキテクチャ」です。この4つの要素を踏まえた上で、クラウドの恩恵を十分に受けられるようなシステム設計、アーキテクチャの構築が重要になります。
金融 450年 の歴史を塗り替えろ!
必要な要素は以上ですが、大事なのは、全てを自分たちだけで整備しようとは思わなくても大丈夫だということです。「クラウドを使ってみたい」というスタートラインに立ってくれさえすれば、そこからはクラウドネイティブな会社と連携、対話を重ね支援を受ければ、きっと答えは見つかるはずです。
現状はそのスタートラインにすら立たず、入り口でクラウド利用を放棄する金融機関がいかに多いことか。そして、理解と体制整備が追い付かないままクラウド利用にこだわるあまり、セキュリティーを強め過ぎて恩恵を全く受けられていない本末転倒な利用が散見されています。
再三指摘したように、クラウドとは、システム運営のコストや新ビジネス・サービス提供までの柔軟性、スピードなどで圧倒的な恩恵を受けるために利用するものです。金融450年の歴史を塗り替える、クラウドネイティブな日本の金融機関がいつか登場することを期待しています。
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「Financeを再発明しよう」が連載されているのはこちら。(連載期間は2023年4月号~2024年3月号)
2024年3月号の目次です!
— 金融ジャーナル社 (@TheFinancial_J) February 27, 2024
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— Satoshi Tajima (@s_tajima) July 3, 2024
