マネスキンがイタリアのテレビに初出演してちょうど5年が経過した
どうも。
ここ最近、ツアーやってるだけなんですけど
マネスキン、話題ですよね。ロック・イン・リオだけでなく、結局、ブラジルも、その後のアルゼンチンも、こうやってテレビ出演してまして、しっかり自分たちをアピールしてます。
そして日本でも

IN ROCKの表紙を、なんと2ヶ月連続で果たしてます!これが最新号ですけどね、すごいですよね。去年、突然、予期しない世界的現象になって、まだ全世界向けの次の本来のインターナショナル・デビューになるアルバム、先の話なのに、そんな状態でもう洋楽誌の表紙を2ヶ月連続でとったわけですからね。これ、アルバムのリリースの時、どうなるんだよ、って感じですけどね。いやあ、嬉しいなあ。
そんなマネスキンですが、9月14日という日は、彼らにとって、ちょっとした記念日です。それはですね

マネスキンがイタリアでまず有名になるキッカケとなったテレビ番組「X Factor Italy」で、最初のオーディションが放送された日なんですね。
ちょっと、このときの模様を聞いてみましょうか。
この時点でですね、ダミアーノが18歳、ヴィクトリアとイーサンが17歳、トーマスに至っては16歳ですよ!普通、この「X Factor」っていうのは、「アメリカん・アイドル」の激辛審査員サイモン・コーウェルが作った番組で、過去にワン・ダイレクションとか、カミラ・カベロのいたフィフス・ハーモニーと、いわゆるアイドルのヴォーカル・グループやソロのアイドルのイメージがあるから、普通、カバー曲なんですよ、オーディションで歌うのって。ところが彼らの場合、ここでいきなり自作曲を披露。ここでのノリノリのパフォーマンスで、彼らが誰だか知りようもなかったオーディエンスを沸かしたんですよね。

このときに、この女性の審査員の人がダミアーノに釘付けになってた話は今も語られてますね。
この映像あたりは、昨年の6月の頭に、ちょうど彼らがユーロヴィジョンで優勝して、ヨーロッパ中の大センセーションとなっていた頃に、僕が気になって調べたもののひとつですね。あまりにも騒ぎがすごいから「これは一体、なんなんだろう」と思って調べたんですよね。
そもそも、バンドなのにアイドルのオーディション番組出るの、すごい不自然じゃないですか?なんでそんなことが起こってしまったのか。そういうことに興味を抱いたからなんですよ。
そして、僕がこの過程でですね、「仕掛人でもいる作られたバンドなのかなあ」なんて思いながら最初は調べてたんですよ。ところがですね、
そこまでの過程を知ってしまったがために、もう、どうしようもなく好きになってしまった!
そう!僕はこの作業を行ってしまったがために、断然マネスキンを支持したくなってしまったんですね。
それはテレビ出演前までの諸々の映像によるものです。
僕が見つけうる限りでマネスキンの最初の映像が2016年3月に、誰の家かわからないんですけど、まだ3人だった時代の映像で、スティーヴィー・ワンダーの「マスター・ブラスター」のカバーをやってます。まだ結成して、数ヶ月とか、そのくらいです。
このときからもう、ダミアーノの歌が半端なくうまいんですよ!彼でさえ17歳。トーマスとヴィクは同じ中学で出会って、当初この2人でマネスキン組んでるんですけど、この時期はトーマスもヴィクも15歳ですよ!それでこれやってたことに驚いてですね。
これがイーサン入って間もない頃。このときも誰かの家で、イーサン、小さいパーカッション叩いてるだけですからね。
このときダミアーノ、レゲトン歌ってます。これ見てもわかるとおり、当初必ずしもマネスキン、ロックというわけではなかったんですよね。
そして、家庭内セッションから少し背伸びして、今度はストリート・パフォーマンスをやっていくことになります。
なんでこういうことやってたかというと、ヴィクが言うには、ローマってライブハウスの文化がないんですよ。だから、こうするしかなかった、っていうんですよね。それ、僕もすごくよくわかって。サンパウロがまさにそういう街なんで。若い少年少女がバンド組んでもでれる場所がないんですよ。やっぱそういう場所って、アメリカ、イギリス、日本くらいじゃないとなかなかないのが現状。彼らはそういう、夢のない状況から、こうやってアピールする場所を探すべく、自分たちを鍛えていきます。
https://www.youtube.com/watch?v=41vY5Y0Cgio
そして、僕が一番衝撃を受けたのは、このセッションでのエイミー・ワインハウスの「Back To Black」のカバーですね。これ、今まで聞いたエイミーのどのカバーよりも上出来ですね。ダミアーノのあのヴォーカル・ルーツがどこにあるかといえば、もう、ここですね。ここまでエイミーの歌い方の特徴、体得してたのかというですね。
これが2017年5月。オーディション受ける4ヶ月前ですよ。いまだによくわからないのが、どうやって「Xファクター」のオーディションを受けるに至ったのかということなんですけど、このビデオの完成度などから察するに、多分、あくまで憶測ですけど、YouTubeのビデオかストリート・パフォーマンスがウケて、スカウトみたいなものの存在、すでにあったんじゃないかなと僕は見てます。
いずれにせよ、この時点から、もう基礎の部分はみっちり出来上がっていたわけです。
それで運命のオーディションにうかって、次々と番組が進んで、いわゆる毎週ひとり、ないし一組が落ちていく、テレビの視聴者前での審査があるわけなんですけど、
そこで歌われた一曲が
https://www.youtube.com/watch?v=L0PBcnAaYwA
まさに「Beggin」だったわけです。これが2017年11月2日放送。のちのヴァージョンよりハードですね。
ここからマネスキンは、番組のために毎週カバー曲を歌わねばならなくなるんですが、これが現在の彼らにつながるカバー曲の名人の特殊な技能につながっていくわけです。
そしてマネスキンは順当に勝ち上がって決勝まで行きまして
そして決勝戦でマネスキンは、「Beggin」にはじまり、フランツ・フェルディナンドの「Take Me Out」やキラーズの「Somebody Told Me」のメドレーを聞かせました。この結果、彼らは準優勝ということになりました。下馬評では優勝候補だったので意外な結果らしかったのですが

そのときにやったカバーの数々を集めたデビューEP「Chosen」が番組終了して間もなく出て、イタリアのチャートで3位になります。
で、このあと、2018年10月、番組出演後1年後にアルバム「Il Ballo Della Vita」でイタリアで1位になります。
そのアルバムの時点では、まだ現在に語られるようなクラシック・ロック・リバイバリストみたいな評価は実はないんですよね。アルバムでも、多少ファンキーなロックはありましたけど、レゲトンもヒップホップもバラードもある感じで。
それがガラリと変わったのは
https://www.youtube.com/watch?v=5qa2dkKQDZM
2021年3月にユーロヴィジョンのイタリア代表決定戦も兼ねたサンレモ音楽祭に出演して「Zitti E Buoni」出してからなんですよね。これでガラッと変わったんですね。いわば、ティラノザウルス・レックスのマーク・ボランがレスポールのギター握ってTレックスに華麗な変身を遂げたようなことがパンデミックを挟んで起こってしまったんですね。
また、サンレモ音楽祭ってロックのイメージのない、古くからあるダサい音楽祭のイメージがあって、それにこぅいう曲で参加したことで衝撃を与えたんですね。
これに関してもどうしてこうなったかの経緯はよくわかんないんですけど、すごい大英断で大成功したし、これがなかったら今の彼らもないんですけど
https://www.youtube.com/watch?v=-ZIgN2_n9t0
このサンレモのときに、彼らは、「Xファクター」のときの指導者、この右に出てる人ですけど、マヌエル・アグネッリという人とデュエットしてるんですよね。
「Xファクター」という番組は、特定の指導者について鍛えられる、と言う設定なんですけど、このマヌエルという人はですね
アフターアワーズという、90sから00sにかけてのイタリア最大のオルタナティヴ・ロックバンドで、グランジっぽい感じなんですけど、マヌエルはそこのフロントマンなんですね。彼の影響もかなり大きいんじゃないのかなと思うんですよね。
もっともマネスキンの場合、ハードロック志向に関してはもとからあって、トーマスはかなりのメタル少年で、ダミアーノは子供の時にその手のものが好きだったりもしたので、もともと持っていたものではあったんですけど、そっちの色の方が出るようになった、ということなのかもしれません。
マネスキンの音楽の構成要素で言えば、ダミアーノが一番幅広くなんでも聞いてて、トーマスがメタル、ヴィクトリアが、あのアークティック・モンキーズみたいなフレーズ聴くとわかりやすいですけどインディ寄り、イーサンが欧米の典型的なドラム少年でポリスとかラッシュみたいな名ドラマーがいるバンドとかジャズとかなんですよね。その構成要素が、多感な青春期の経験を経て出来上がっていったのが今のマネスキンのサウンドだと言えるのではないかと思います。
それにしても、いくらもとから才能があったとはいえ、高校生が何もないところから一念発起してYouTubeのビデオ作成からストリート・パフォーマンス、テレビでのオーディション番組の応募という行動から5年で世界中で話題のバンドにまでなったか。
しかも、イタリアなんて、これまでのロック史でほとんど語られたことがないところ。そこから彼らは不可能なことをなしとげたわけでもあって。
この行為って、すごくいろんな若い人へのモチベーションになると思うんですよね。なにごともトライしてみないことにははじまらない。これを実践する姿を確認したので、僕は彼らを信じて熱烈にプッシュを始めたし、それが1年半近くの時間をかけ、フェス出演を積み重ねている過程で世界中の人が理解し始めている段階にあると思ってます。
僕の場合は、ナンバーガールというバンドを縁あってメジャー・デビューの1年以上前から知ってて、「彼らすごいんだよ!」と注目してる人多くない中、宣伝しまくることをやってたりもしたんですけど、その感覚にもなんかちょっと似てるんですよね。フロントマンのルックスこそ全然違いはするんですけど(笑)、惹かれたものには何か近いものを感じたりもしています。
これがマネスキンの5年の軌跡ですけど、さて、次の5年で何が起こるか、乞うご期待というところですね。
