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教育の境界線|教員対応と専門家連携② 発達障害かもしれないと、教員が保護者に伝えてよいですか?

授業中に何度も席を離れる。
長い指示を聞き逃す。友達との会話がすれ違い、トラブルになる。そんな姿が続くと、教員は「発達障害かもしれない」と考えることがある。

早く専門家へつなぐことが、早期支援だと思われやすい。
しかし、担任が十分に見ないまま診断名を連想し、保護者へ受診を勧めることには慎重でありたい。
担任は毎日の教室で、できない場面だけでなく、できる条件も見ることができるからだ。

例えば、「集中できない子」では情報が足りない。一斉説明では動けないが、個別に一文で伝えると始められる。
国語では離席するが、図工では最後まで取り組む。
座席を前にすると指示を聞き取れる。
こうした事実を数週間記録し、支援による変化を確かめる。

保護者へ伝えるのも、診断名の推測ではない。
「発達障害だと思います」ではなく、「三つの指示を一度に出すと二つ目から止まることが多いです。
手順をカードにすると一人で進められました」と話す。
家庭で同じ困り方があるか、得意な場面は何かも聞く。
担任が持つ学校での情報と、家庭が持つ情報を合わせることが先である。

そのうえで、自分の見方に偏りがないかを校内支援担当や管理職と検討する。
必要なら専門家へ、診断を付けてもらうためではなく、「学校で次に何を試すべきか」「別の見方はないか」を相談する。
専門家の意見は重要だが、短い面談だけでは教室の日常までは分からない。

助言を受けたら、担任が管理職と共有し、学級全体との関係や実行可能性を考えて支援を選ぶ。
診断がなければ何もしないのでも、専門家に言われた方法を無条件に行うのでもない。
日常で試し、結果を再び記録する。

同じ行動でも、教員によって見え方は違う。
「落ち着きがない」と感じる担任がいれば、「分からないときに動いて確認している」と見る教員もいる。
学年の教員に授業を見てもらい、事実が一致するか確かめることも、自分の見立てを点検する方法である。
外部相談の前に、校内でできる検討を尽くしたい。

一方、安全や学習参加への深刻な影響が続いているのに、「自分が一番分かっている」と同じ指導を続けるのは慎重さではない。
それは抱え込みである。
相談することと、判断を手放すことは別なのだ。

教員対応と専門家連携の境界線は、担任が日常の事実と支援結果を基に専門家の助言を生かすのか、診断名を頼りに子どもの理解まで委ねるのかだ。

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