どうして教員不足なのか分からない教員は要らない

「子どもの数が減っているのに、なぜ教員不足になるのか?」
そんな素朴な疑問をSNSで見かける。
確かに数字だけを見れば、子どもが減れば教員の数も減って当然だと思うかもしれない。
だが答えは単純だ。
子どもの減少割合以上に教員が減っているからだ。

しかし、大切なのは、この疑問に“正しく答えること”ではない。
なぜこんな疑問が生まれるのか?という点だ。
つまり、「教育現場がどうなっているのか」を想像できる人が減ってしまったということだ。

今の日本社会では、どの業界でも人手不足が叫ばれている。
飲食も、物流も、医療も、介護も、あらゆる現場で人材が足りない。
にもかかわらず、「教員だけが特別に不足している」と思う人が多いのは、教育現場を“学校という箱の中”の問題だと捉えているからだ。
しかし現実には、教育現場もまた社会の一部であり、同じ構造的な人材難に直面している。

特に、教育界では50代・60代という人数の多い世代が、退職期を迎えている。
彼らの多くは定年で現場を去るか、管理職として教室から離れる。
一方で、若い世代の人口は圧倒的に少ない。
しかも、教員という仕事は他業種に比べて過酷で、責任が重く、精神的負担が大きい。
若手の定着率も低い。
結果として、入ってくる若手の数よりも、辞めていく教員の数の方が多くなるというわけだ。
当然、現場の人数は減っていく。

しかし、多くの人がこの状況を「想像できない」。
それは、教育現場が見えなくなっているからだ。
保護者は“自分の子の学校”しか知らず、教員は“自分の学校”の中だけで精一杯。
社会全体が“外の学校の現実”を想像する力を失っている。
結果として、「教員が足りないなんて、サボっているんじゃないか」「休みが多いんだから大丈夫だろう」といった誤解が生まれる。

だが、教員不足の本質は“人数”の問題ではなく、人材が持たない社会構造の問題だ。
現場を支える人間の体力と気力がすり減る一方で、外からは理解も支援も得られない。
そんな中で「なぜ教員が足りないのか」と問うこと自体が、教育への関心の希薄さを物語っている。

私は思う。
教員不足とは、教育現場の問題ではなく、社会の想像力の不足が生み出した社会問題だ。
人が減るという現実を前にして、「なぜだろう」と首をかしげるのではなく、
「何がそうさせているのか」を想像し、考え、支え合う力が、今こそ問われている。

いいなと思ったら応援しよう!

みん教|学校の「当たり前」を問い直す チップは要りませんので、共感してもらえたのであれば、是非色々な方に広めていただければ幸いです。