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教育の境界線|安全と過保護⑥ 刃物は危ないから、調理や工作をさせなくてよいですか?

包丁やカッターナイフは、使い方を誤ればけがにつながる。
事故を避けるだけなら、大人が全部切って渡す方法がある。

けれども、道具を安全に扱う力は、説明を聞くだけでは身につきにくい。
刃の向き、手の置き方、周囲との距離、使わないときの置き方は、適切な環境で実際に使いながら学ぶ必要がある。

安全確保の第一歩は、全員に同じ作業を一度にさせることではない。
年齢や経験、手先の動きに合う道具を選ぶ。
大人が手本を見せ、持ち方と止め方を練習する。
机の間隔を取り、少人数ずつ使う。
見る大人の位置と、けがが起きたときの対応も決める。

まだ準備が整っていない子には、材料を押さえる、柔らかい物を安全な道具で切るなど、別の段階を用意する。
「できないから除外」ではなく、「今できる練習」に変える。

反対に、本人が怖がっているのに成功体験のためと無理に持たせたり、大人数を一人で見ながら自由に使わせたりするのは、安全な挑戦ではない。

道具や環境を整えても重大な危険が残る場合は、その日の活動を変更する。
しかし、危険があるという理由だけで全員の経験を永久になくす必要はない。

生活の中には、避け続けられない道具がある。
学校は、危険を隠す場ではなく、安全に扱う方法を練習できる場でもある。

安全と過保護の境界線は、道具・環境・見守りを整えて扱う力を育てるのか、刃物の危険だけを理由に実践する機会をなくすのかだ。

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みん教|学校の「当たり前」を問い直す チップは要りませんので、共感してもらえたのであれば、是非色々な方に広めていただければ幸いです。