人が追い求めるものを知らない教員は要らない

人が根源的に追い求めるものには3つあるという。
それが「つながり」「有能感」「自発性」だ。
心理学ではこれを基本的心理欲求と呼び、モチベーションの根幹をなす要素とされている。
この3つを理解していなければ、人の笑顔をつくることはできない。
そしてそれは子どもに限った話ではない。
同僚、保護者、管理職、地域の人——教育に関わる全ての人間関係の中で、この3要素は機能している。

まずは「つながり」だ。
人は誰かに認められ、支えられていると感じるときに最も安心し、力を発揮できる。
しかし学校現場では、このつながりを「集団行動」や「協調性」と混同してしまう教員が多い。
「みんなで仲良く」「空気を壊さない」ことを重視しすぎて、真のつながり=信頼と承認による心理的安全を損ねているのだ。
本当のつながりは、同調ではなく尊重から生まれる。

次に「有能感」。
これは、できる・成長しているという実感である。
子どもたちの多くはこの有能感を感じられないまま日々を過ごしている。
教員がよく口にする「頑張ってるね」「よくできたね」は、言葉としては優しいが、どこがどう良かったのかが伝わらない。
だから本人の中に“根拠ある有能感”は育たない。
事実に基づいた具体的な称賛——「○○のとき、最後まであきらめなかったね」——が必要なのだ。
評価ではなく、成長の証拠を一緒に見つけることが、子どもたちの自己肯定感を支える。

そして最後が「自発性」である。
これは、選択する自由と自分の意思で動けている感覚だ。
教員の指示で常に動かされている状態では、自発性は育たない。
一見スムーズに進む授業でも、全てを教員が設計してしまえば、子どもは“受け身の学び”しかできない。
「どんな方法でやる?」「次に何が必要かな?」と問いかけ、選択肢を与え、子どもが自分の判断をもとに動く場面を意識的に設計しなければならない。

この3つ——つながり・有能感・自発性——は、子どもを動かすための「技術」ではない。
むしろ教員自身が、これらを自分の働き方の中に実感できているかが問われる。
つながりを感じられず孤立し、有能感を失い、自発性を奪われて働く教員が、どうして子どもにそれを与えられるだろうか。

これらを理解し、日常の指導や人間関係の中で意識的に育むこと。
それこそが、教員の最も根源的な資質である。
もしこの3つを欠いたまま、ただ知識を教え、行動を統制することしかできないなら——
その教員は、人を育てることはおろか、人を笑顔にする資格もない。

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