教育の境界線|安全と過保護① 校庭で転ばないよう、走ることを禁止してよいですか?
休み時間、子どもたちが校庭を走っている。
転んで膝をすりむく子もいる。
事故をなくすには「校庭では走らない」と決めるのが早いように見える。
しかし、走ること自体を危険とみなすと、子どもは速さを調整すること、周囲を見ること、ぶつかりそうなときに止まることを練習できない。
体を動かす楽しさや、遊びを自分たちで組み立てる機会も失われる。
大切なのは、「転ぶ可能性があるか」だけでなく、「どの場所で、誰と、どのように走ると重大な事故につながるか」を見ることである。
例えば、昇降口の前は人が交差する。
雨の後は地面が滑る。
低学年と高学年が同じ狭い場所で全力疾走すれば、衝突時の危険は大きくなる。
このような場面で区域や時間を分けたり、一時的に走ることを止めたりするのは安全確保である。
一方、十分な広さがあり、地面の状態もよいのに、擦り傷までゼロにするため常に走ることを禁じるなら、過保護に近づく。
「走ってよい場所」「歩く場所」「遊びを止める合図」を子どもと確認する。
鬼ごっこの前に範囲を決め、混雑が起きたら遊び方を見直す。
けがが起きたときも、禁止だけで終えず、何が重なったのかを振り返る。
安全とは、動きをなくすことではない。
危険を見つけ、自分で速度や距離を変えられる力を育てることでもある。
この場合の安全と過保護の境界線は、重大な危険を具体的に減らしながら走る力を育てるのか、転ぶ可能性だけを理由に経験そのものを奪うのかである。
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