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第115話 何もしない日が一番の回復だったと気づいた

教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
↓自己紹介はこちら♪

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朝、目が覚めても体が起き上がらなかった。

いや、正確には、起き上がれなかった。

以前の私なら
「あー、今日もダメな日だ」と思っていました。

でも、今の私は
「今日は何もしない日にしよう」と
決めることができています。

なぜ、こんな変化が起きたのか?
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以前の私は
休むことが怖かった


休んだら人生が終わり。
止まったら置いていかれる。
そんな気がしていました。

だから、動けない日でさえも、
「何かしなければ」と自分を追い立てました。

スマホを開いては自己嫌悪。
誰かの頑張りを見て落ち込む。

何もできない自分を、
一日中責め続ける日々。

教員として常に「成長」や「成果」を求め、
分刻みのスケジュールで
動いてきた私にとって、
予定のない一日は、
まるで価値のない授業の空きコマでした。

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「休んでいるつもり」の罠

ご飯を食べた後の、昼休み。

「次はあれをしなきゃ」
「それが終わったら次はこれで…」

体は座って休んでいるのに、
頭と心だけがずっと走り続けている。
そんな感覚。

休んでいるつもりでも、
本当の意味で休めていない。

でも本当の回復は、
未来のための準備を一切やめて、
「今、この瞬間の自分の心」を
そのまま放っておくことの中にありました。

やらなければいけないことはたくさんある。
でも、ふっと一息ついて、
コーヒーを飲んでみる。

同僚と雑談をしてみる。

仕事と言うには取るに足らない時間も、
心にとっては大切な時間だったのです。

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積極的に
「何もしない」を選んだ日


ある日、
あまりの心のしんどさに、
すべてを投げ出してみました。

本を開くのも、
スマホを見るのも、
明日の予定を考えるのも。

ただ、窓から流れる雲を眺めて、
風で揺れるカーテンの音を聞いていました。

ずっと1日中、
飼っているメダカの動きを追って、
観察するだけの日もありました。

最初は罪悪感で胸がいっぱいでした。

こんな一日でいいのか。
時間を無駄にしているんじゃないか。

でも1日が終わって振り返ってみると、
思っていたよりも、
こころがざわついていなかったんです。


そのとき初めて、
「今日は回復する日。
今日は何もしない日。」と
考えてみたんです。

何もしないことを、
「失敗」ではなく
「自分の選択」に変えてみると、
心が軽くなりました。

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何もしない日は空白ではない


できることを増やすこと。
前の自分に戻ること。
失った時間を取り戻すこと。

回復とは、
何かを積み上げることだと思っていました。

でも違いました。

無理をやめる。
期待をやめる。
比較をやめる。

回復は「足すこと」ではなく、
削ぎ落としていく「引くこと」に近い。

そうやって重たい荷物を下ろしたとき、
やっと心が回復を始めました。

何もしない日は、
見えないところで神経が休み、
思考が整い、
心が呼吸を取り戻しているんです。

植物が根を伸ばす時間のように、
外からは何も変わっていなくても、
見えない内側では確実に成長が進んでいます。

「何もしない日」を過ごした翌朝、
なんとなく久しぶりに
「写真を撮ってみたいな」という
小さな意欲が芽生えました。

雨上がりの後の、すごくいい天気でした!


無理やり絞り出したやる気ではなく、
十分に休まった心から
自然と溢れ出してきた
純粋なエネルギーでした。

何もしない日こそ、回復なんです。

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おわりに


もし今、
何もできない日を過ごしているなら。

あなたの心が、
次に進む準備をしている時間かも
しれません。

夜、目を閉じる前に、
自分に言ってあげてください。

「今日は、何もしないという
立派な仕事をしたね。
おやすみ。」と。

回復は、
頑張った日だけに
起きるものではありません。

何もしなかった日でも、始まっています。

そしてきっとその積み重ねがあれば、
ある朝、ふと、
「少しだけ大丈夫かもしれない」と
思える瞬間を連れてきてくれます。

今日1日くらい、
何もしない自分を
許してあげるのはどうですか?

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