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第149話 私は、もう無理をしないことにした 〜うつ病が私に教えてくれたこと〜


教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。

↓自己紹介はこちら♪


プロローグ


朝が来るのが怖い。
助けてと言えないまま、一人で抱えている。
弱い自分を、誰にも見せられずにいる。


今、この瞬間にも、
人生に悩み、もがき苦しんでいる人が、
この世界のどこかにいる。

私がこの物語を届けたいのは、
この画面の向こう側にいる、あなたです。



私はかつて、壊れました。

ただ一生懸命に、真面目に生きてきた。
それでも、壊れた。

この物語は、そんな私の人生の記録です。



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読み終えた時、あなたは気づくはず。

心が壊れるのは、弱いからじゃない。

それだけ長く、
一人で苦しみを抱えてきたからだと。


私のこれまでの人生のすべてを書きました。

お付き合いいただけたら、幸いです。

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第1章|壊れた日

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①はじまり

校舎に入ると、いつも同じ音がした。

上履きの足音、
教室の扉が開く音、
運動場で子ども達が元気に遊ぶ音。

その音を聴くたびに、
「今日も始まった」と思っていた。

悪い意味ではない。

職員室のコピー機が動いている。
誰かがプリントを印刷している。
窓の外から、子ども達の声が聞こえてくる。

私はその音を、
当たり前のように受け取っていた。

当たり前に朝が来て、
当たり前に仕事があって、
当たり前に一日が終わる。

それが、
教師として生きるということだと思っていた。

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特別なことは、何もなかった。

一生懸命に仕事を頑張っていた。

ただ、それだけ。



私は、
誰かに仕事を頼まれても、断らなかった。
その人の期待に応えることが正しいと思っていた。

だから、
「できます」という言葉が口から自然と出てきた。


「疲れていたのか」と、今になって思う。

でも当時は、
疲れているとすら気づいていなかった。

疲れを感じる前に、次の仕事が来る。

疲れを感じる暇がなかった、
というほうが正確かもしれない。

私はただ、全速力で走り続けていた。

それが普通だと信じながら。

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② 真面目という鎧

私は小学校の教師、だった。

だった、と言うのは、
もう退職をしているからだ。

教師をしていた時、
子ども達からも、
同僚の先生達からも、
私は「優しい先生」で通っていた。

でも、今なら分かる。

私は、優しかったんじゃない。

人に「嫌われない方法」を
ずっと選び続けていた。

断らなかったのは相手のためではなく、
断った後の空気が怖かっただけ。

誰かの期待に応えたかったのも、
その誰かを喜ばせなければいけないと、
義務感のように思っていたから。

そして、
そんな期待を裏切った自分を、許せなかっただけ。



真面目さは美徳。

そう思っていた。

でも本当は、
自分を守るための鎧だった。

鎧を着ていれば、責められない。
鎧を着ていれば、必要とされる。
鎧を着ていれば、存在していい。

気づかないうちに、
私の鎧は重くなっていた。

教師である私は、
その鎧を着ることはできても、
脱ぐことはできなかった。

その鎧を脱いでしまったら、
私の中に何も残らない気がしたから。

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③ 限界のサイン

特別な出来事があったわけではない。

ただ、少しずつ、
今までできていたことが
できなくなっていった。

朝、目が覚める前から、
なんだか体が重い。

夢から覚めた瞬間に、
今日やらなければいけないことが
頭の中に土石流のように流れ込む。

それだけで、もう疲れた。



それからというもの、
教室に入る前に、
廊下で一度止まるようになった。

理由は分からない。

ただ、教室の扉を開けるのに、
少し時間がかかるようになっていた。

深呼吸をして、笑顔を作る。
それが毎日の作業になった。

子ども達の前では、
いつも通りの優しい先生として、
振る舞っていなければならない。

体力も気力も奪われていった。

帰宅すると、
ソファに倒れ込んだまま、
動けなくなることが多くなった。

「おつかれさま」と、
隣に座って妻が話しかけてくれる声が、
とても遠くから聞こえてくるように感じた。

それに返事ができない自分がいる。

私は、妻の声を無視してしまうような、
悪い人間になってしまったのか。

いや、そうじゃない。

ただ、少しずつ、
何かが擦り切れていって、
返答することができるエネルギーが
残っていなかった。

私の心は、先に知っていた。

私の限界の足音が、
すぐそこまで近づいていたことを。

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④ 壊れた瞬間

今でも鮮明に覚えている。

それは、月曜日の朝だった。

年度末が近づいて、
寒さが少しずつ緩み始め、
少しずつ春を感じるようになった頃。

外は異様なくらい晴れていた。

窓の外の世界は、
「いつもなら」
そのまま二度寝してしまいそうなほど、
ぽかぽかと温かかった。

カーテンの隙間から差し込んだ光が、
ベッドを照らす。

やけに眩しかった。

でも、それに反するように、
なぜか、私の心の中だけが暗かった。

「いつもなら」と感じたのは、
実は、前日の夜から、
ほとんど眠れていなかったからだ。

ベッドに横になり、
天井を向いたまま朝を迎えた。

眠った感覚はなかった。

ただ、
空がゆっくり明るくなっていくのを
ずっと見ていた。

「どうしよう」
「これで仕事できるのかな」
「これからどうなるんだろう」

頭の中には、
黒い不安と恐怖だけが渦巻いていた。



朝になっても、体が動かなかった。

起き上がらなければいけないと、
頭では分かっている。

でも、体は異様に重たくて、
命令が体に届かない。

呼吸は浅くて速かった。

私の頭の中には、
消えてしまいたいという感覚だけが、
ずっと残っていた。



朝ごはんは食べなかった。
いや、食べられなかった。
胃がキリキリする。

時間の感覚もなかった。

普段なら聞こえるはずの音——
鳥の声も、
身支度をする音も、
テレビのニュースの音も、
ほとんど入ってこなかった。


世界の音が、遠かった。

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それでも、着替えだけはした。

「仕事に行くだけ行く」

そう決意した。

でも、どうやって車に乗ったのか、
どうやって運転したのか、
ほとんど覚えていない。

本当に出勤したのかさえ、
あとから思い出せないほど、
現実感がなかった。


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職場に着いたあと。




私は座って、泣いていた。




動けなかった。

仕事を始めることも、
何かを説明することも、できなかった。

ただ、涙が出続けた。



上司から言われた。

「病院に行きなさい」

でも、すぐには動けなかった。

運転することさえ怖かった。



何もできないまま、
私はそのまま真っ直ぐ家に帰った。


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その日。







私は、壊れた。






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⑤ 後から分かったこと


あの日、私は壊れた。

終わったと思った。

人生の中で、
一番情けない日だと思っていた。

でも今なら分かる。

あれは、壊れた日ではなかった。



心が、初めて正直になった日。

走り続けることを、やめた日。

「まだできる」という嘘を、
もうつけなくなった日。

着ていた鎧が、
ついに重さに耐えられなくなった日。


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私は、もう無理をしないことにした。

そう決めたのは、あの朝のことがあったから。

壊れたから気づけた。

心が折れたから見えた。

あの月曜日の朝が、
私の人生の、本当の始まりだった。


第2章|誰にも言えなかった本音

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① 朝が怖い


その日から、私の朝は変わった。

だって、目を開ける前から分かる。

今日もヤツが来る。

起きた瞬間、まず重たさが来る。

体の重さだけではない。

何かが始まってしまうという重さ。

何者かわからない、
ずっしりと重たい、
黒い何かを纏ったような「うつ」の症状。

そんな、ヤツが今日も来た。


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アラームが鳴る。

止める。

また鳴る。

また止める。


その繰り返しの間、
私はずっと目を閉じていた。

閉じていれば、まだ始まらない。
閉じていれば、もう少しだけ、ここにいられる。



仕事が嫌だったわけではない。

朝が怖かった。

「今日」が始まることが、怖かった。

布団の外に出れば、
また一日を生きなければいけない。

笑わなければいけない。
話さなければいけない。
全て完璧にできなければいけない。

それだけのことが、
果てしなく遠かった。



心臓が、少し速かった。

何もしていないのに。

まだ横になっているだけなのに。

心だけが、もう戦っていた。


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② 体が動かない


行こうとは、思っていた。

でも体が、命令を聞かなかった。



起き上がれない。

起き上がる気がないのではない。

起き上がろうとして、できない。

腕に力を入れる。

でも、体が動く気配がない。


もう一度。


動かない。



自分の体に何が起きているのか、
全くわからなかった。

洗面所まで行くことも、
歯を磨くことも、
その日の私には、難しかった。

着替えが途中で止まる。

片腕だけ通したまま、
床に座っていた。

何分いたのか、分からない。

時計だけが、進んでいた。



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一番つらかったのは、
そのことを誰にも説明できなかったこと。

「なぜ動けないのか」

私自身も、分からなかった。

理由がないのに動けない。

その事実が、
また自分を責める材料になった。


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③ 社会から取り残された感覚


私は、家の中で1日を過ごすようになった。

そんなとき、窓の外をよく見ていた。

通勤の時間帯。

車が流れている。
自転車が人の合間を縫うように走っている。
スーツを着た人が、早足で歩いている。

みんな、どこかへ向かっている。

でも、私だけが、止まっていた。


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SNSを開くと、苦しかった。

誰かが仕事をしている。
誰かが旅行をしている。
誰かが成長している。

世界は動いていた。

私のいないところで、
何も変わらずに、回っていた。


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社会は、私がいなくても何も変わらなかった。

その事実が、
安心でもあり、恐怖でもあった。

必要とされていない、ということではない。

自分が透明になっていくような感覚。

輪郭が、薄くなっていく感じ。

ここにいるのに、ここにいない。



「普通」という言葉が、妙に重かった。

普通に起きる。
普通に食べる。
普通に働く。

それだけのことが、
私には山の頂上に行くことのように感じた。

あの頃の「普通」は、
私にとっての限界だった。


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④ 自責思考

あの頃の私を客観的に見ても、
誰も私を責めていなかったと思う。

妻は何も言わなかった。
上司もそれ以上は追わなかった。

私を責めていたのは、私だけだった。



最初は甘えだと思った。

努力が足りないんだと思った。

もっと心が強ければよかったと思った。

ちゃんとしている人は、
こんな風にはならない。

そう思うと、
頭の中に声が響く。

「なんでできないんだ」
「情けない」
「迷惑をかけている」

誰かに言われた言葉ではない。

全部、自分の声だった。

自分が、一番厳しい批判者だった。


それと同時に押し寄せてきたのが、
申し訳なさだった。

休んでいる自分が、申し訳なかった。

妻に心配をかけていることが、申し訳なかった。

職場に穴を開けていることが、申し訳なかった。



その申し訳なさが、また自分を責めた。

責めるから、動けない。

動けないから、また申し訳なくなる。

その繰り返しの中に、私はいた。

誰も責めていなかったのに、
それでも私は、自分を許さなかった。


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⑤ 誰にも言えなかった理由


本当は、助けてほしかった。

ただそれだけだった。



でも、言えなかった。

理解されないと思った。

「気持ちの問題」と言われたら、どうしよう。
「みんな辛いんだよ」と言われたら、どうしよう。

想像するだけで、口が閉じてしまう。



迷惑をかけたくなかった。

心配させたくなかった。

弱い人だと思われたくなかった。

私はずっと、
「しっかりしている人」として見られてきたから。

その像が崩れることが、
心が壊れること以上に、怖かった。


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そして、残念なことに、
助けを求める言葉を、私は持っていなかった。

「助けて」は、出てこなかった。

助けてほしい、という気持ちはあった。

でも、同時に、
助けを求めてはいけないという声が、
同じ場所にあった。

一人で抱えていれば、誰も傷つけない。

そう思っていた。

でも本当は、
一番深く傷ついていたのは、
私自身だった。


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あの頃の私に、今なら言える。

誰にも言えなかったのは、
弱かったからじゃない。

ずっと、一人で戦いすぎていたからだ。

それは、心が弱いからではなかった。


第3章|妻に救われた日

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① 静かな日常


部屋には、テレビの音だけが流れていた。

妻は仕事から帰ってきて、キッチンに立っていた。

私はソファに座っていた。

特に話すことはない。

話せなかった、という方が正確かもしれない。


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あの頃の家の中は、
いつもこんな感じだった。

静かで、
穏やかで、
でもどこか、薄い膜が張っているような、
そんな感じ。



妻は何も聞かなかった。

責めなかった。

ただ、そこにいてくれた。



私はそれが、
申し訳なかった。

こんなに何もできない私のそばに、
毎日帰ってきてくれる。

その事実が、
ありがたいより先に、重く感じた。


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② 前の週に起きていたこと


そんな優しい妻の話をする前に、
一つだけ、
書いておかなければいけないことがある。


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前の週。








私は、死のうとしていた。








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ただ、もう終わりにしたいと思った。


迷惑をかけ続けることへの疲労と、
存在していることへの申し訳なさが、
限界を超えていた。

朝になって、妻が仕事に行った。

今しかないと思った。

今までの人生を振り返った。

誇れることは多くはないが、
そんなに悪い人生ではなかったなと思った。

これが、走馬灯か、と思った。



そして、計画を実行に移した。



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その時、玄関のチャイムが鳴った。


母だった。


「なんとなく心配で」

そう言って、訪ねてきた。





母は何も知らなかった。

ただ、来た。

それだけだった。


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そこで、母に助けられて、命がつながった。

その事実を、
私はしばらく、うまく受け取れなかった。

大人になって初めて、
ただ、母の胸の中で、大声で泣いた。

私は、生きていていいのか。

その問いが、
ずっと残っていた。

その話を母から聞いた妻は、
急いで家に帰って来た。

私を見ると、泣き崩れた。

ただ、ひたすらに、泣いていた。


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③ あの朝


それから数日後。

妻が仕事に出かける朝だった。

玄関で靴を履いていた妻が、
振り返って、こう言った。









「生きて、私の帰りを待っていて。」








それだけだった。

説明はなかった。

前置きもなかった。

ただ、その一言だけが、
透き通ったように澄んだ、
朝の静かな空気に包まれた。


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④ 支えられる怖さ


最初に来たのは、
感謝ではなかった。

やっぱり、申し訳なさだった。

こんなに心配させている。
こんなに気を遣わせている。
仕事に行く朝に、
こんな言葉を言わせてしまっている。



情けなかった。

守る側だったはずの私が、
守られている。

支えてもらうことが、
こんなに怖いとは思わなかった。

弱い側でいることが、
こんなに苦しいとは思わなかった。





その言葉をどう受け取っていいのか、
分からなかった。

その言葉を素直に受け取れば、
自分が弱いことを認めることになる。

そんな意地が、まだ残っていた。


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⑤ 泣いた瞬間


妻が出て行った。

玄関のドアが閉まった。

私は、その場に立ったままだった。


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四角い窓ガラスがついている、玄関の扉。

朝の光が、窓から斜めに入ってきて、
私を照らしていた。

静かだった。



気づいたら、涙が止まらなかった。



声は出なかった。

ただ、涙だけが出た。

なぜ泣いているのか、
その時は分からなかった。



でも、今なら分かる。

存在していていいと言われたのは、
あれが初めてだったから。

「頑張れ」ではなかった。
「大丈夫」でもなかった。

ただ、生きていてほしい、と。

それだけを言ってくれた。





何もできなくていい。

どこにも行かなくていい。

ただ、生きていて。





その言葉が、
私の中で、ゆっくり溶けていった。


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⑥ 生き直しの起点


あの日、
人生が変わったわけではない。

翌日も体は重かった。

朝が怖いことも変わらなかった。





ただ、一つだけ変わったことがあった。

生きていていいと思えた。





こんなにダメな私でも。
迷惑をかけてばかりの私でも。
何もできない私でも。

存在していていい。

生きていていい。



妻の言葉が、その許可をくれた。


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私は、もう無理をしないことにした。

それはあの朝、
玄関で泣いていた時から始まっていた。





生きてみよう。

それだけでよかった。

それが、すべての始まり。


第4章|回復の始まり

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① 崩れたままの回復


回復というものを、私は誤解していた。

ある日突然、元気になる。

朝起きられるようになって、
ごはんが食べられるようになって、
また普通に動けるようになる。

そういうものだと思っていた。


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でも、現実は違った。

病院に通い始めても、
一日中、寝込んだ。

少し外に出られたと思った次の日には、
また一歩も動けなくなった。

良くなっているのか、
悪くなっているのか、
自分では分からなかった。


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回復は、一直線じゃない。

海の波のようだった。

上がって、下がって、
また少し上がって。

その繰り返しの中にいると、
「本当に回復しているのか」と、
何度も不安になった。

でも今なら分かる。

波があることが、回復だった。


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② エネルギー管理という発見


治療を始めた頃、
私は、頑張れば治ると思っていた。

気合いが足りないから動けない。
努力すれば前に進める。

そう信じていたから、
動けない日に、また自分を責めた。



でも頑張る度に、症状は悪化した。

少し調子がいい日に無理をすると、
次の三日間が潰れた。

そんな時、
病院で教えてもらった言葉がある。

「心にも、体力がある」ということ。


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その言葉が、腑に落ちた瞬間があった。

スーパーに行っただけで、帰宅後に寝込んだ。

シャワーを浴びることが、
その日の一番大きなイベントだった。

LINEの返信を一件するだけで、
疲れて横になった。



怠けていたんじゃない。

エネルギー切れだった。

ガス欠の車に乗って、
アクセルを踏んでも進まない。

それと同じだった。

必要なのは、頑張ることではなく、
燃料を入れることだった。


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③ できたこと日記の誕生


何もできない日が続いていた。

夜になるたびに、
「今日も何もできなかった」と思った。

できなかったことだけが、
頭の中に積み上がっていった。

そして、私は、入院という選択を選んだ。


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ある日、病院の看護師さんに言われた。

「今日、何かひとつ、できたことはありますか?」



考えた。

でも、思い浮かばなかった。

「起きられましたよね」

そう言われて、気づいた。


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その夜、小さなメモに書いた。

・起きられた。
・歯を磨いた。
・外の空気を吸った。

それだけだった。

でも書いた瞬間、
少しだけ、呼吸が楽になったのを感じた。


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「できなかったこと」は見えやすい。

大きくて、重くて、
目の前にドンと置かれている。

「できたこと」は小さいから、
探さないと見えない。



人は「できた」を見つけた分だけ回復する。

そう信じて、書き続けた。

雨の日も、
動けない日も、
一行だけでいいから書いた。

・今日も、朝が来た。

それだけの日も、あった。

それでもよかった。


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④ 比較をやめた日

友達が、仕事をしている。
元同僚が、充実した日々を投稿している。
誰かが成長して、誰かが前に進んでいる。

SNSを開くのが、怖かった時期があった。

取り残されている、と思った。

自分だけ止まっている。
自分だけ、こんなところにいる。

画面を閉じるたびに、心が重くなった。


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ある日、スマホを置いてみた。

そのまま、窓の外を見た。

曇っていた。

特に何もなかった。



その時、ふと思った。

私は今、誰かの人生と戦っている。

でも、私が回復しなければいけないのは、
誰かの人生のためじゃない。



私は、自分のスピードで回復して、
自分の人生を生きていけばいい。



それだけのことだった。

でも、その一言が頭に浮かんだ日から、
SNSを見ても、少し楽になった。

あの人はあの人の人生を生きている。
私は私の人生を生きている。

それぞれで、よかった。


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⑤ 小さな前進の正体


外に出られた日があった。

近所を少しだけ歩いた。

それだけだった。

でも、家に帰ってきた時、
「行けた」と思った。


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笑えた日があった。

テレビを見ていて、
思わず妻と2人で笑った。

久しぶりに、笑った気がした。

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未来を少しだけ考えた日があった。

「来月の日曜日、何しようか」

そんなことを、ぼんやり思った。

以前は、翌日のことさえ考えられなかった。


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回復とは、劇的な変化ではなかった。

昨日より、ほんの少しだけ心が軽くなること。

それが積み重なって、
ある日気づいたら、
少し遠くまで歩けるようになっていた。



小さいことでいい。

小さいことしか、できなくていい。

小さいことが、全部本物だった。


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⑥ あなたへ


私にできたことは、特別なことじゃない。

もし今、動けない日の中にいるなら。

三つだけ、試してほしい。

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①今日できたことを1つだけ書く

起きた、でいい。
息をした、でいい。
それだけでいい。

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②疲れたら休む許可を自分に出す

誰かに許可をもらわなくていい。
「疲れたから休む」
それだけでいい。

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③比較を今日一日だけやめる

永遠にやめなくていい。
今日だけ。

それで十分。

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⑦ 新しく生き直す準備


回復とは、
以前の自分に戻ることではない。

元の自分に戻ろうとするほど、
苦しくなる。

なぜなら、元の自分が、
壊れた自分だったから。

一度壊れたら、
もう二度と元通りにはならない。



回復は、新しく生き直す準備。

そのことに気づいた時、
初めて前を向けた気がした。


第5章|自分を壊していた思考

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① なぜ私は壊れたのか

休むということに、
罪悪感を感じたことはありませんか?

仕事をしていた時の私は、そうだった。

入院して、体は少しずつ回復していた。
外に出られる日も増えてきた。
でも心の中だけ、ずっと何かが重かった。

なぜだろう、と考え続けた。


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ある日、気づいた。

私を壊したのは、
仕事ではなく考え方だった。



働き方が問題だったのではない。
職場の人が問題だったのではない。

私の中にあった「考え方のクセ」が、
ゆっくりと長い時間をかけて、
私を削り続けていた。



その構造が見えた時、
初めて「なぜ壊れたのか」が分かった。

そしてもう一つ、
入院をして分かったことがある。

これは、私だけの話じゃない。

誰しも通る可能性があることであり、
たくさんの人がこのつらさを
経験しているということだった。


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② 真面目な人の罠


子どもの頃から、
私は真面目だと言われてきた。

先生に褒められた。
親に認められた。
「頼りになる」と言われるたびに嬉しかった。

期待に応えることが、
自分の価値だと思っていた。


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「1つ、聞いてもいいですか。」

こう頼まれたら、あなたは断れますか?

期待を裏切ることが、怖くないですか?

「大丈夫ですよ」という言葉が、
自然と出てきませんか?



もしそうなら、
あなたも、私と同じ場所にいたかもしれない。




私は断れなかった。

頼まれると、引き受けてしまう。

頭の中の限界を超えていても、
「まだできます」と言った。

なぜなら、
人に頼られることが、
私が存在していい理由のように感じていたから。


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真面目さは美徳だと思っていた。

でもそれは、
自己犠牲になりやすい才能だった。

「真面目」という鎧を着るほど、
自分と他人の境界線が消える。

そんな罠にかかっていた。


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③ 頑張り依存


頑張ると、認められた。

認められると、うれしかった。

うれしいから、また頑張った。



その繰り返しの中で、
頑張ることが、自分の価値になった。

頑張っている私は、存在していい。
頑張れない私は、存在してはいけない。

いつの間にか、
私はそう思うようになっていた。





だから、体調が悪くても出勤した。

熱が出て休むと、自己嫌悪になった。

仕事で成果が出せない日は、
自分の存在を否定した。



あれは、仕事をしていたんじゃなかった。

自分の価値を、証明し続けていただけだった。





止まれなかったのは、
自分の意志が弱かったからじゃない。

止まった瞬間に、
自分の価値が消えると思っていたから。

頑張ることに依存していたことが、
休むことを、恐怖にしていた。


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④ 他人軸という呪い


上司の評価が気になる。

同僚と自分を比べる。

世間の「普通」に、追いつこうとする。

SNSを見るたびに、
自分の遅さや弱さを確認した。





だから、
他人からの目線が、
いつの間にか、自分の目線になっていた。

上司が見る私。
子ども達が期待する私。
社会が期待する私。
周りが思う「ちゃんとした大人」。

その虚像に合わせようと、
ずっと走っていた。


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ある時、気づいた。

私は、自分の人生を生きていない。

誰かの期待を、生きている。



自分が何をしたいか、
自分がどう感じているか、
自分がどこへ向かいたいか。

その問いに、
答えられない自分がいた。

他人軸で生き過ぎた結果、
自分の軸がどこにあるか分からなくなった。


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⑤ 優しさの誤解


人の気持ちを気にして、
立ち回り方を考える人は多い。

場の空気を読んで、
自分の意見を引っ込める。

NOが言えない自分。

相手が困りそうなら、
自分が引き受ける。



それを「優しさ」だと思っていた。



でも、違った。

あれは優しさではい。

嫌われないための生存戦略。

自分を守るための手段だった。


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本当のことを言えば、嫌われるかもしれない。

断れば、がっかりされるかもしれない。

NOを言えば、関係が壊れるかもしれない。

その恐怖から逃げるために、
ずっと「いい人」を演じていた。

自分を後回しにすることを、
美しいことだと思っていた。

でも後回しにされ続けた自分は、
少しずつ、消えていった。



優しくしていたのではない。

自分を削っていただけ。


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⑥ 思考の解体


私の人生を整理してみた。

4つのことが見えてきた。


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【真面目さは、人との境界線を消す】

頼まれると断れない。
自分と他人の間の壁が、どんどん薄くなる。


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【頑張り依存は、休むことを奪う】

価値を証明し続けなければいけない。
止まることが、怖かった。


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【他人軸は、自分らしさを消す】

誰かの期待を生きているうちに、
自分の感覚が、分からなくなった。


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【優しさを誤解すると、自分を削ることになる】

NOが言えない。
自分を後回しにし続けた結果、
燃料が尽きた。


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この4つが組み合わさった時、人は壊れる。

意志が弱かったからではない。
努力が足りなかったからではない。

壊れる構造の中にいたから、壊れた。

ちゃんと理由があった。


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⑦ あなたへ


もし今、疲れているなら。

それは心の弱さではないかもしれない。

真面目に、誠実に、
一生懸命に生きてきた証かもしれない。



壊れそうな自分を責めないでほしい。

あなたが壊れそうなのは、
それだけ長く、
ひとりで頑張ってきたからだ。



構造が分かれば、人生は変えられる。

思考のクセは、自分の性格ではなく、
自分を守るために必死に体得したもので、
考え方がゆがんでしまっているだけ。

そう気づいた瞬間から、
少しずつ、ほどいていける。


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⑧ 自分を守るために


私の心が壊れた、というよりも、
今までの古びた生き方が、
終わっただけだった。



真面目さも、頑張りも、優しさも、
本来は自分の力になるものだった。

ただ、使い方を間違えていた。

自分を守るために使えば、
同じ力が、生きる武器になる。


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そんな私に、足りなかったもの。

それは自己肯定感だった。

では、自己肯定感とは何か。

続きは次の章で。


第6章|自己肯定感を取り戻す6つの感

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私は自己肯定感を誤解していた


「自信を持って」と、何度も言われた。

でも、持てなかった。

何もできない自分が信じられなかった。

持てない自分が、また情けなかった。



足りないのは努力だと思っていた。

もっと頑張れば、自信がつく。
もっと成果を出せば、自分を好きになれる。
もっと認められれば、存在していい気がする。

そう信じて、頑張り続けた。

壊れるまで。


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回復する途中で、学んだ。

自己肯定感は、ひとつの感情ではなかった。

「自信がある」か「ない」か、
そういう話ではなかった。


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自己肯定感は、木に例えることができる。

根っこがあって、
幹があって、
枝があって、
葉っぱがあって、
花が咲いて、
実がなる。



私の木は、枯れていると思っていた。

でも、違った。

弱っている部分があっただけだった。

そして弱った部分は、育て直せる。


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① 自尊感情|木の根っこ


【自分には価値があると思える感情】

根っこが弱ると、木は倒れる。

どれだけ枝が伸びても、
葉が茂っても、
根っこがなければ立っていられない。

私の根っこは、休職中に抜けていた。

仕事ができない。
役に立てない。
家にいるだけで、お金を使っている。

存在しているだけで、申し訳ない。

そんな感覚が、毎日あった。



「何者でもない私」が、怖かった。

教員という肩書きが消えた瞬間、
自分が何者か、分からなくなった。

肩書きで存在していたと気づいた時、
根っこのなさを初めて実感した。


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【自尊感情の育て方】

生きている事実を、否定しない。

今日も呼吸した。
今日も心臓が動いた。
それだけで、十分だ。

できなくても、存在していい。
役に立てなくても、いていい。
何者でなくても、ここにいていい。

その許可を、自分に出すことから始めた。

人の価値は、成果より先に存在している。


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② 自己受容感|木の幹


【ありのままの自分を認める感覚】

幹が腐ると、木は内側から崩れる。

外から見ると立っているのに、
中が空洞になっていく。

元教員として、プライドがあった。

弱い自分を、見せたくなかった。

泣いている自分、
動けない自分、
何もできない自分を、
誰にも知られたくなかった。

隠し続けた。



でも隠すたびに、幹がボロボロになった。

理想の自分しか許せなかった。

「こんな自分ではいけない」という声が、
一日中、頭の中にあった。



転機は、デイケアで担当してくれた、
看護師さんのある言葉だった。

「後から振り返ったときに、
今を価値ある時期だと思えたらいいですね」

そう言われた時、
私は初めて、
今の自分を「時期」として見ることができた。

すべてがダメなのではない。
今は、こういう時期なだけ。


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【自己受容感の育て方】

感情を、評価しない。

悲しいなら、悲しい。
怖いなら、怖い。
それでいい。
感情に、良し悪しはない。

弱さを、事実として扱う。

「私は今、弱っている」
それは告白ではなく、現状報告だ。

「今はこういう時期」という言葉を、
自分に向けて使う練習をした。

回復は、受け入れた瞬間から始まる。


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③ 自己効力感|木の枝


【自分にはできると思える感覚】

枝がなければ、葉は育たない。

「どうせ無理」という感覚が続くと、
何も始められなくなる。



心が壊れていた頃、
挑戦することが怖かった。

失敗したら、また自分を否定する。
うまくいかなかったら、また責める。

だから、最初から諦めた。

何もしなければ、失敗しない。

そう思って、何もしなかった。



転機は、以前書いていた、
できたこと日記だった。

「起きられた」
「歯を磨いた」
「外の空気を吸った」

小さすぎるくらいで、ちょうどよかった。

書くたびに、「できた」が積み上がった。

積み上がると、「また明日もできるかも」と思えた。


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【自己効力感の育て方】

目標を、小さくする。
限界まで小さく。

「今日、一行だけ書く」
「玄関まで出てみる」
「水を一杯飲む」

できたら、記録する。

比較しない。昨日の自分とだけ比べる。

自信は、成功ではなく行動から生まれる。


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④ 自己信頼感|木の葉っぱ


【自分を信じられる感覚】

葉っぱがなければ、木は光を受け取れない。

自分を信じられないと、
何を決めても不安になる。
他人の言葉に、すぐ揺れる。


仕事をしていた時、
「休んでいいですよ」と言われても、
その言葉を信じられなかった。

本当に休んでいいのか。
休んだら、もっと評判が悪くなるんじゃないか。

自分の感覚より、周りの声を信じていた。



転機は、「休む」と自分で決めた日だった。

誰かに言われたからではなく、
自分が「今日は休む」と決めた。

その日、少しだけ、自分を信じられた気がした。


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【自己信頼感の育て方】

小さな約束を、自分と結ぶ。

「今日は無理しない」
「疲れたら横になる」

そして、守る。

自分との約束を守るたびに、
自分への信頼が、少しずつ育つ。

自分の心の声を、一番先に聞く練習をした。

信頼は、自分を裏切らない経験から育つ。


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⑤ 自己決定感|木の花


【自分で選んでいる感覚】

花が咲かなければ、実はならない。

「自分で選んでいる」という感覚がないと、
人生を生きている気がしない。



壊れる前、選んでいなかった。

仕事も、行動も、言葉も、
誰かの期待に合わせていた。

「どうしたいか」ではなく、
「どうすれば怒られないか」で動いていた。

気づいたら、自分の人生なのに、
主役が自分じゃなかった。



転機は、noteを書き始めた日だった。

誰かに頼まれたわけではない。
義務でも、仕事でもない。

ただ、「書きたい」と思ったから、書いた。

その選択が、
久しぶりに「自分で決めた」という感覚をくれた。


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【自己決定感の育て方】

小さな選択を、意識して増やす。

「今日の晩ご飯、何が食べたいか」
「今日の散歩、どの道を歩くか」

正しい選択でなくていい。

「どっちが正しいか」より
「どっちが自分か」で選ぶ。

NOを、一日一回だけ言う練習をした。

人は、選べた分だけ自分を取り戻す。


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⑥ 自己有用感|木の実


【誰かの役に立っているという感覚】

実がなって、木は完成する。

誰かの役に立てていると感じると、
孤独が薄れる。

社会とつながっている実感が戻ってくる。



休職中、
社会から切り離された感覚があった。

透明人間になったような。
世界に必要とされていないような。

その感覚が、一番苦しかった。



転機は、noteのコメントだった。

「救われました」

その一言を読んだ時、涙が出てきた。

私のような人間の言葉が、
画面の向こうの誰かに届いた。

それだけで、
生きていていい気がした。



役に立つとは、完璧になることではない。

経験を、分かち合うことだった。

失敗しても、壊れても、
それを言葉にすれば、誰かの支えになる。

そのことを、noteが教えてくれた。


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【自己有用感の育て方】

小さな貢献から始める。

「ありがとう」と言う。
「大変だったね」と共感する。
自分の経験を、言葉にして誰かに渡す。

特別なことでなくていい。
あなたが今日感じたことが、
明日の誰かの支えになる。

役に立つとは、完璧になることではなく、
経験を分かち合うこと。


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必ず育て直せる


私は自己肯定感を取り戻したのではなく、
一本の木を、
ゆっくり育て直していただけだった。



根っこから育て直した。

幹を太くした。

枝を伸ばし、
葉を茂らせ、
花を咲かせた。


今もまだ、実を育てている途中。

完成した木ではない。

でも、倒れていない。

自分の力で立っている。



あなたの木も、まだ生きている。

枯れたのではない。

弱っていただけ。

根っこは、まだそこにある。



そこから、育て直せる。

必ず、育て直せる。


第7章|もう折れない人生設計

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① 元に戻ろうとするのをやめた日


回復したら、
元の自分に戻れると思っていた。

あの頃みたいに、颯爽と出勤して、
テキパキ仕事をこなして、
誰かの役に立ちながら生きていく。

そういう自分に、
戻れると信じていた。


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でも、回復とは、
元の自分に戻ることが、
ゴールではなかった。

元の自分が、壊れた自分だったから。

同じ生き方に戻れば、また壊れる。

その事実と向き合った時、
初めて、本当の意味での回復が始まった。



回復とは、元に戻ることではなく、
生き方を変えることだった。


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② 心を守るルール


壊れてから、自分のルールを作った。

誰かに言われたわけではない。
本に書いてあったわけでもない。

壊れた経験から、自分で導き出した。


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無理を感じた時にはもう遅い

疲れてから休もうとすると、
動けなくなってから気づく。

だから今は、疲れる前に休む。

予定と予定の間に、必ず余白を入れる。

何もしない時間を、意図的に作る。


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体調より大切な期待は存在しない

以前は、体調が悪くても期待に応えた。

今は違う。

体調が優先。

期待に応えられなくても、
それは仕方がない、ではなく、
それでいい、と思えるようになった。


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100点を目指さない

70点で出す。

残りの30点は、次に回す。

完璧にしようとするほど、
動けなくなる。

出すことが、何より大切だ。


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疲れる場所から離れる

人間関係も、
環境も、
疲れると分かっているなら、
距離を置いていい。

冷たいのではない。

自分を守ることは、
逃げることではなく、選ぶことだ。


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強くなるとは、我慢できることではない。

自分を守ることだった。


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③ 壊れない仕事観


教員だった頃、
仕事が人生のすべてだった。

成果を出すことが、存在理由だった。

仕事ができる自分が、価値のある自分だった。


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でも、今は、違う。

仕事は、人生の一部だ。

全部ではない。



「どれだけ頑張れるか」ではなく、
「どれだけ長く続けられるか」を
考えるようになった。

無理して三日間全力で走るより、
毎日少しずつ歩き続けるほうが、
遠くまで行ける。

だから、
回復を前提にした働き方を考えた。

今日調子が悪ければ、
することを少なくする。

今日調子がよければ、
明日のための余力を残す。

それが、壊れない仕事の作り方だと知った。



私は仕事を選び直したのではない。

生き方に合う仕事を、選び始めた。


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④ 支え合うということ


妻に、長い間、支えてもらった。

申し訳なかった。

迷惑をかけている、という感覚が、
ずっとあった。



でも今、少し違う見方ができる。

支えるとは、
強い側と弱い側があることではない。



妻が疲れている日は、私が支える。

私が動けない日は、妻が支えてくれる。

どちらかが一方的に支え続けるのではなく、
交互に、支え合い、補い合う。

それが、夫婦ということだった。



弱さを見せることは、
迷惑をかけることではなく、
支えてもらう視点を渡すことだった。



人に頼っていい。

助けを求めていい。

それは、弱さではなく、
関係を深める勇気だった。



私たちは、助け合って生きている。

人に生かされて、人と生きている。

そのことを、うつ病が教えてくれた。


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⑤ 不完全なまま進む


完治したわけではない。

今も、疲れやすい日がある。

朝が重い日がある。

不安が来る日がある。

それでいい、と思えるようになった。


以前は、不安が来るたびに、
「また悪くなるのか」と怖かった。

今は、不安が来たら、
「今日は休む日だな」と思う。


回復は、治るものではなく、
続いていくものだった。



波があっていい。

揺れていい。

倒れそうになったら、また立てばいい。


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以前の私に伝えたいこと。

完璧に回復しなくていい。

昨日よりほんの少しだけ、
心が軽ければいい。

それを、積み重ねていけばいい。

生きていていい。


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⑥ あなたへ


私の物語は、ここで一区切り。

でも、終わりではない。

明日からも、続いていく。

あなたの物語も、続いている。





もし今、立ち止まっているなら。

それは人生の終わりではありません。

人生を選び直す場所に、
立っているだけ。



もし今、動けないなら。

それは心の弱さではありません。

長く、真剣に生きてきた証。



もし今、誰にも言えないことがあるなら。

この物語が、
ほんの少しだけでいいから、
あなたの隣にいられたらと思う。


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⑦ おわりに


私は一度、壊れた。

全部が終わったと思った。

でも、終わらなかった。


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妻の言葉が、つないでくれた。

母の訪問が、つないでくれた。

病院の看護師さんが、つないでくれた。

そして、
あなたが読んでくれていることが、
今日の私をつないでくれた。


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だからきっと、あなたの人生も終わらない。


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私は、もう無理をしないことにした。

それは、諦めではない。

自分の道を、自分で選んだということ。

それを、うつ病が教えてくれた。



あなたも、自分を選んでいい。

それだけでいい。

それが、すべての始まりになる。

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エピローグ


最後まで読んでくださって、
本当にありがとうございました。


最初は、
こんなにも自分のことをさらけ出して
書いていくことが怖かった。

それでも書いたのは、
あの頃の私に、この物語が必要だったから。

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あなたに渡せたなら、
それだけで十分です。



生きていてください。

それだけを、願っています。

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ふ〜みんまる


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