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「グランジの四天王」サウンドガーデン「Superunknown」、そしてクリスのこと

ブラック・ホール・サンが降ってくる夜

深夜に一人でレコードを、いや今はCDを聴いているとき、突然「これだ」と全身が震える瞬間がある。

「Black Hole Sun」を初めて聴いたのはいつだったか、もう正確には思い出せない。でもその瞬間の感覚は今も体に残っている。冒頭の呪術的なギターのアルペジオ。そして──あの声。

低く静かに始まり、コーラスで空を切り裂くような頂点へ達する、あの声。

こんな声が人間から出るのか。

あれから何十年も経った今も、私はそう思う。


「グランジ」という言葉に収まりきらないバンド

90年代初頭、世界はシアトルから吹いてきた風に揺れていた。ニルヴァーナ、パール・ジャム、アリス・イン・チェインズ──「グランジ」という大きな括りの中で、若者たちの怒りと虚無が音楽になっていた。

しかしサウンドガーデンは、同じシアトル出身でありながら、明らかに異質な存在だった。

ニルヴァーナのカート・コバーンが叫んでいたのは、剥き出しの感情そのものだ。パンクの直系であり、過剰な技巧を意図的に拒んだ美学があった。パール・ジャムはより壮大で、クラシックロックの王道を踏みながら、エディ・ヴェダーの深いバリトンが大地に根を張るようだった。アリス・イン・チェインズはドゥームの霧の中にいた──麻薬と暗闇と、レイン・ステイリーの恐ろしいほど美しいハーモニーと共に。

ではサウンドガーデンは何者だったか。

70年代ハードロックの亡霊が、グランジ時代に転生した存在──それがサウンドガーデンだった。

ブラック・サバス、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル──そういった70年代の重鎮たちのDNAが、1980年代のアンダーグラウンドシーンを経由して、独自の形で結晶したのがサウンドガーデンだった。キム・テイルのギターは低くうねり、変拍子と奇数拍子を駆使してリスナーの足元を揺るがす。プログレッシブとも言えるその構造の複雑さは、「グランジ=シンプル&荒々しい」というイメージを根本から裏切る。

実際、彼らはシアトルのグランジ勢の中で最初にメジャーレーベル(A&M)と契約している。1988年頃のことだ。つまり「グランジブーム」が世界を席巻するより前に、すでにその才能は業界に認められていた。

後からグランジの文脈で語られることが多いが、本質的には「オルタナティブメタルの先駆者」と呼ぶ方がずっと正確だと私は思っている。


『Superunknown』という頂点

1994年。バブル崩壊後の日本が混乱の中にあった年、アメリカのロックシーンではサウンドガーデンが4枚目のアルバム『スーパーアンノウン』で完全にスターダムに昇り詰めた。全米1位。

このアルバムが凄いのは、単なる商業的成功ではなく、音楽的な完成度と深みが同時に頂点を迎えていたことだ。

「Black Hole Sun」の幻想的な美しさ。

「Spoonman」の呪術的なパーカッションと中毒性。

「Fell on Black Days」の静かな絶望。74分という当時としては長大なランニングタイムの中に、へヴィネスと繊細さ、サイケデリアと内省、すべてが共存している。

「The Day I Tried to Live」は力強い歌唱と、変拍子を交えた重厚なグルーヴで、自己の内面との葛藤を歌いつつ、サウンドガーデンらしい暗さと高揚感が同居する。

また軽快なハードロックで、変則的な5/4拍子を取り入れた重厚なグルーヴと、キャッチーなギターリフが融合、他人に干渉せず、自分の道を行くという自由な精神を歌った「My wave」など。

ポニキャで映画の仕事をしていた私は、当時この音楽を「映像的だ」と感じたことを覚えている。「Black Hole Sun」のMVがあの悪夢のような映像と完璧に合致していたのも、偶然ではない。音自体がすでにひとつの「画」を持っていた。



クリス・コーネルは奇跡

クリス・コーネルを語ろうとするたびに、言葉が追いつかない感覚に陥る。

ロックボーカリストとして、彼の声域はほぼ4オクターブに及んでいた。低域の暖かいバリトンから、高音のファルセット・スクリームまで──これほどの広域を、これほどのコントロールで歌えるロックシンガーは、ロバート・プラントの系譜においてさえ稀だ。

しかも彼の凄みは音域の広さだけではない。地声で高音を力強く出す「ベルティング」の技術が圧倒的で、そこにブルース由来のソウルフルさが乗る。静かなパートでは儚く、爆発するとまるで天から何かが降ってきたような迫力がある。

他のグランジシンガーたちが「パンク的な咆哮」や「くすんだ中音域の呟き」を武器にしていたとすれば、クリスは次元が違った。多くの人が「この声だけ聴いたらグランジとは思えない」と言うのは、正確な感想だと思う。

声だけではない。『スーパーアンノウン』期の歌詞は暗く、詩的で、内省的な美しさを持っていた。うつ病や存在の不安を扱いながら、単なる自己憐憫には落ちない。知性と美意識が、あの重い音の底に静かに沈んでいる。

彼はグランジのロックスターではなかった。ロックという表現形式が生み出した、数十年に一人の声だった


2017年5月、その夜のこと

2017年5月18日。クリス・コーネルがデトロイトでのライブ後に亡くなったというニュースが届いた朝、私はしばらく何もできなかった。

52歳。

再結成後のサウンドガーデンは、往年の力を少しも失っていなかった。2012年の『キング・アニマル』もよかったし、ライブ映像を見ると、あの声は衰えるどころかさらに深みを増しているように見えた。まだまだ続くと思っていた。

今でも「Black Hole Sun」や「Fell on Black Days」を聴くと、喜びと同時に静かな悲しみが来る。素晴らしい音楽にはいつもそれが宿っているものだが、クリスのそれは特に鋭く刺さる。

彼がいなければ、サウンドガーデンはここまで唯一無二のバンドにはなれなかった。それだけは確かだ。


CDラックの前で

私の15,000枚のCDコレクションの中に、サウンドガーデンのアルバムは全作揃っている。特に『スーパーアンノウン』の帯付き国内盤は、今も大切にしている一枚だ。

音楽は消えない。クリスの声も、キム・テイルのリフも、あの変拍子の宇宙も、CDの溝に刻まれたまま、何十年経っても同じように鳴り響く。

それだけが、少しの慰めになる。

深夜にまた「Black Hole Sun」をかける。

やはり鳥肌が立つ。

やはり、こんな声が人間から出たのかと思う。

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