石破は偶然の必然--今のバカが昔の腐臭漂わす、この国のまだマシな未来
1️⃣保守主義の反動と「その反動」
世界のどこを見ても、政治はあまりに“感情的”になりすぎている。
アメリカの再トランプ化、ヨーロッパの移民排斥運動、そしてSNSに漂う、簡単なスローガンで世界を塗り替えようとする力。
「あらゆる複雑さを拒む単純さ」がいま、政治の最大の武器であり、同時に最大の毒になっている。
リンカーンの誠実さを表す信念として
> 「人民をいつまでも騙し続けることはできない」
という発言がある。
しかし現代では、騙す必要すらない。人々は自ら進んで、シンプルな物語の登場人物になろうとしている。
日本も同じだ。参政党が「日本人ファースト」「外国人規制」を掲げ、支持を伸ばす現象は、海外の潮流と鏡写しだ。
一方で、だ。
その感情は逆の不安へとも駆り立てることがある。
毎日新聞(7月26〜27日調査)によれば、
参政党に
「期待できる」19%、
「期待できない」46%と、
有権者の半数近くが懐疑的だが、怒りの受け皿としての存在感は増している。
ところが、この数字の通り、
期待できないはできるを大幅に上回り、
参政党への得たいの知れない恐怖や不安も増幅している(おそらくプロテスターやメディア、SNSでの賛否などがその理由かと推測できる)。
そしてね、その同じ地図の上に、異質な光点がひとつ、やや控えめに瞬いているのだよ。
それが石破茂(ゲル)という存在だ。
◉「理解されにくい首相」という逆説
石破茂とは、不思議な首相である。
軍事を語らせれば防衛庁長官経験者らしい精緻なロジックが並ぶゴリゴリの核武装主義者、
でも農政を語らせれば現場の土の匂いをしっかりと伝える。しかし、その才覚はきわめて複雑だ。
キャッチコピー化できない政治家は、時代に愛されにくい。時に「愛されるよりも、恐れられる方が安全だ」と独裁者は生まれる。
だが石破は、恐れられも愛されもせず、「理解されにくい」という奇妙な場所に立つ。
この「評価されにくさ」こそが、時代の混乱の中で、逆説的に最大の価値に変わる可能性を秘めており、その実感がいま、市井に拡がりつつある。
だからこそ、いや、だがしかし、彼が首相の座にいることは、単なる計算の結果ではない。本人にも、我々にとっても、むしろ不幸の連鎖の果ての敗戦処理、これは時代が呼び寄せた偶然であり、
(おそらく後世の見立てで歴史的には)避けられない必然なのだ。
2️⃣参政党への評価 ─ 数字が語る「不信」と「期待」
先述の毎日新聞(7月26〜27日調査)によれば、
参政党に「期待できる」19%、「期待できない」46%だが、
34%が「分からない」
と答え、民意が宙に浮いている。
参政党は「他党にとっての地獄」であると同時に、支持者にとっても「地獄」になりつつある。怒りをすくい取った器は、いまやその怒りで自らを焼き始めている。
3️⃣石破首相・辞任の是非と自民支持層の温度差
先の調査(7月26〜27日)によれば、
「辞任すべき」42%
「辞任の必要はない」33%
一方、朝日新聞(7月26〜27日調査)は
「辞任すべき」41%
「必要ない」47%
──数字は拮抗している。
しかし、もっと重要なのは
「誰がそう言っているか」だ。
自民党支持層に限ると、
「辞任の必要はない」が60%、
「辞任すべき」は22% (毎日新聞)
つまり、自民支持層は石破を守ろうとしている。
参院選後、永田町には退陣論が流れた。旧安倍派や裏金議員の影がちらつく中で、「ここで石破まで沈めたら何も残らない」という声が、むしろ強くなった。
あくまで余談だが7月末には官邸前で「石破辞めるな」と訴える小規模デモまで起きた。
ことの経緯はともかくSNSで拡がったこのネタが、オールドメディア通じて「石破推し」の後押しになることは間違いないだろう。
4️⃣仮説の検証 ─ 「石破やめるな」の根はどこにあるのか?
仮説として
「参院選以降、アンチ参政党の拡大がバイラルに参政党の評価を下げ、それを受けた中道の自民党支持者が危うさを感じ、石破を支持している」
もっと具体的に言えば、
「自民の岩盤保守政権になると参政党に吸い取られてしまう」
もしくは
「保守的なポピュリズムで過激化する」
という不安に苛まれているからではないか?
数字の裏付けを今一度整理すると
参政党:「期待できない」46%(期待できる19%)※毎日新聞7/27調査
石破辞任是非(自民支持層):
「辞任不要」60%、「辞任すべき」22%
※毎日新聞7/27調査
参政党の過激な動きが、自民支持層に「こういう力学が党を侵すのでは」という恐れを植え付けた。先ほど中道の、と言ったが、保守的支持層にとっても参政党は「やり過ぎ」ている。
党首が能弁であればあるほどファクトとのギャップに不安を覚える。
旧安倍派や裏金問題への不信が残る中で、石破は「まだ信じられる誰か」として浮上した。
それでも政権発足時や先の衆院選の折りは青息吐息の泡沫総理と目されていたのだが、参院選を機に潮目はどうやら変わってきたようだ。
5️⃣偶然か、必然か
「偶然か、必然か」──これは政治評論の常套句だが、石破首相の場合、まるで文学のモチーフのように響く。
彼は派手な劇薬でも特効薬でもない。
むしろ淡い、理解されにくい薬草だ。
だが、毒を中和するのはいつも劇薬ではなく、こうした地味で複雑な薬草だ。
The world is a fine place and worth fighting for.
(アーネスト・ヘミングウェイ)
> 「世界は美しいに値する。そして戦う価値がある。」
石破が首相としてそこにいることは、この言葉を裏返したかのようだ。
「世界は醜いに値する。だから守る価値がある。」
参政党の影、旧安倍派の亡霊、裏金スキャンダル──それらが絡み合う中で、か弱き自民支持層は最後にこう言う。
「石破は辞めるな」と。
それはただの支持でも、崇拝でもない。
この国が最後にすがる理性を手放すまいとする、ほとんど祈りに近い声なのだ。
このリアリティは多くの人間にとってリアリティはあれど、切実ではない。
大声で反論し、激しく罵倒してくるような輩もいるだろう。
「歴史を勉強しろ」「日本を愛せよ」と。
え、誰に言ってる??
石破さんだぞ!?

