【追悼】東映女優・中島ゆたか──彼女が教えてくれた愛と暴力と「大人の階段」
◇二つの訃報と、選んだ記憶
令和6年12月6日。同じ日に、二人の訃報が届いた。
ひとりは、ベーシスト・山内テツ氏。本名・山内哲夫。79歳。
1971年、初来日したフリーのポール・コゾフ、サイモン・カークと意気投合し渡英。フリー解散後はコゾフ・カーク・テツ・ラビットを結成し、その後フリー再結成に参加。名曲「Wishing Well」を共作し、全英7位を記録した。
さらにフェイセズに加入し、「You Can Make Me Dance, Sing Or Anything」では全英12位を獲得。日本人として初めて、ブリティッシュ・ロックの本流で確かな足跡を残した偉大なミュージシャンである。

ロックリスナー歴50年、フリーもフェイセズも擦り切れるほど聴いた。「コレクター紳士」として、本来取り上げるべきは山内テツ氏だろう。
だが今日、私が書こうと思ったのは──女優・中島ゆたかさんの追悼だった。
◇16インチのブラウン管が映した「秘密」
訃報を知ったとき、私の脳裏に浮かんだのは──深夜、16インチのブラウン管に映った、あの人の姿だった。
中学生の頃だったか。親が寝静まった夜中、こっそりテレビをつけた。深夜放送で流れていた『殺人遊戯』。

千葉真一が拳を振るい、血が飛び散る画面の中に──ひとり、異質な空気を纏った女性がいた。美しく、ミステリアスで、危険な匂いがした。
少年だった私には、その「危険」の正体が何なのか分からなかった。ただ、ブラウン管の向こうに「大人の世界」が確かに存在することを、彼女の存在が教えてくれた。
あの頃、深夜のテレビには「子供には早い」匂いが漂っていた。誰も起きていない静けさ。暗い部屋で光るブラウン管。そして、そこに映る「まだ知らない世界」の予感。
中島ゆたかという女優は、まさにその境界線の向こう側にいた。
◇東映が育てた、少年には眩しすぎる「ヒロイン」
1970年代、東映のアクション映画は男の世界だった。拳が唸り、血が飛び、男たちが吠える。その荒々しい画面の片隅に──ただ一人、凛とした佇まいで立つ女の姿があった。
『激突! 殺人拳』(1974)、『直撃! 地獄拳』(1974)、『少林寺拳法』(1975)、『けんか空手 極真無頼拳』(1975)──。

千葉真一が主演する空手映画。本物の格闘家たちが火花を散らす現場で、中島ゆたかは何度もヒロインを任されていた。
彼女は「アクションスター」ではなかった。だが、掴まれ、引きずられ、転び、逃げ、悲鳴を上げる姿には、東映という様式が刻み込んだ説得力があった。
少年の目には、それは「守りたい」と思わせる儚さであり、同時に「近づいてはいけない」と感じさせる艶でもあった。
◇『殺人遊戯』──ヒロイン・美沙子という完成形
1978年、『殺人遊戯』。前作『直撃! 地獄拳』のヒロインへのなんとなくの不満が、この作品では全て解消されていた。秘書・美沙子役の中島ゆたかが、特に素晴らしかったのだ。
美しくミステリアスで、大人の女の色香が濃厚にある。演技も上手い。彼女で本作はより引き締まった。
冒頭の暗殺シーンで、主人公は秘書の美沙子に44マグナムを突きつけて案内をさせる。だが──よく見ると、実は忍び込んだとき彼女とうなずきあっているのだ。
つまりその前に彼女と主人公には男女の関係があり、暗殺の手引きをさせたという設定になっている。主人公が彼女を殺さなかった理由はそれだ。
そしてクライマックス。キスをしながら殺されるシーン。この冒頭とクライマックスの殺害シーンがつながっていることに気がつくと、より心に残るシーンになる。
少年だった私は、このシーンの意味を完全には理解できなかった。だが、「愛」と「裏切り」と「死」が交差する瞬間の、あの切なさと残酷さだけは──16インチのブラウン管を通して、胸に焼き付いた。
◇『トラック野郎』が映し出した、切ない「初恋」
1975年、シリーズ第一作『トラック野郎 御意見無用』。菅原文太演じる桃次郎が一目惚れする、初代マドンナ。それが中島ゆたかだった。

彼女は明るく健康的なヒロインではなかった。どこか影があり、運命に諦めを抱いたような憂い。豪快で突き抜けた菅原文太の世界に、ひとすじの哀愁を持ち込める女優。

音楽で言えば、ブラスとストリングスの間に挟まれた、ひとつのサックスのソロのようなものだ。
少年だった私には、なぜあの女性がこんなにも切なく見えるのか、言葉にできなかった。ただ、ブラウン管の中の彼女が──「大人の恋」の形を教えてくれたような気がした。

菅原文太のかっこよさに痺れながらも、なぜか心に残ったのは──桃次郎が彼女を見つめる、あの切ない眼差しだった。
恋とは、こんなにも苦しいものなのか。大人になるとは、こういうことなのか。そんなことを、ぼんやりと考えながらテレビを消した記憶がある。
◇テレビドラマが見せてくれた、もうひとつの「秘密」
子供の頃、テレビの時代劇で再び彼女に出会った。『必殺シリーズ』、『大江戸捜査網』、『子連れ狼』、『暴れん坊将軍』──。
時代劇における中島ゆたかは、所作の美しさに裏打ちされたエロスを纏っていた。着物の裾さばき。襟元からのぞく白い首筋。流し目の角度。
彼女が演じるのは──悪代官と通じる悪女であったり、薄幸の遊女であったり、運命に翻弄される女であったり。
彼女は女剣士役で刀を振るうタイプではなかった記憶がある。襲われる女、掴まれる女、逃げる女──。その受け身の演技、転び方、恐怖の表情に、東映アクション仕込みの身体能力が活きていたようなそんな気がする。
昭和の時代劇には、子供が見てはいけないような、しかし子供心に強烈に残る「秘密」があった。その扉の向こう側にいたのが、中島ゆたかだった。
『必殺仕事人』で観た中島ゆたかが演じた遊女。
最後に殺される場面。着物が乱れ、恐怖に歪む表情の中にも──どこか諦念のような、運命を受け入れたような静けさがあった。
死んでいく女の、最後の美しさ。そんなものが、映画や芝居には確かに存在するのだと、あのとき初めて知った気がする。
また刑事ものの出演も相次いだがレギュラーではなくゲスト、しかも妖艶な悪女役が多かったが、いずれも超絶魅力的であった。
太陽にほえろ!、Gメン‘75、探偵物語など、ストーリーまで憶えてはいないが、彼女が登場するといい意味でのネタバレ感があり、期待も高まった。

◇なぜ、あの「匂い」は失われたのか
彼女の訃報に触れ、改めて思う。今の日本に、中島ゆたかのような女優がいるだろうか。
私たちは、何かを失ってしまったのだと思う。
昭和の東映には、「現場で鍛える」という文化があった。新人はベテランの背中を見て学び、スタッフは若手を怒鳴りながら育て、撮影所という「共同体」の中で、俳優は俳優になっていった。
中島ゆたかもまた、その現場で磨かれた一人だった。だが、撮影所システムは崩壊し、映画は「プロジェクト単位」で動くようになった。育てる場所が、消えてしまったのだ。
彼女が活躍した70年代、映画にはまだCGもワイヤーもなかった。俳優は本当に走り、本当に転び、本当に殴られた。そのリアリティが、ブラウン管を通して息づいていた。
昭和の時代劇には、子供が見てはいけない「秘密」があった。お色気は、単なる露出ではなく、所作の美しさ、着物の襟元、流し目の角度──そこに漂う「品格ある艶」として成立していた。中島ゆたかは、それを体現できる稀有な女優だった。
だが今、その表現は「搾取」の一言で切り捨てられることが多い。私は、SNS時代の倫理観を否定するつもりはない。だが同時に──表現の多様性は、実は狭まっているのではないかと思わずにはいられない。
◇映画音楽が失った「呼吸」
これは私の専門領域でもあるが──70年代の映画音楽は、俳優の肉体のリズムを前提に作曲されていた。
渡辺岳夫、津島利章、菊池俊輔。彼らの劇伴は、走る俳優、殴られる俳優、転ぶ俳優の呼吸と同期していた。音楽と肉体が、同じ鼓動を刻んでいた。
だが今の映画音楽は、編集で切り刻まれた映像に後から貼り付けられる。音楽が身体を前提としなくなったのだ。これは、女優の身体性が不要になったことと──悲しいほどに、表裏一体である。
つまり、私たちが失ったのは──「現場」であり、「肉体」であり、「品格」であり、「呼吸」だった。そして、それらすべてを体現していた女優が、中島ゆたかだったのだ。
彼女の訃報は、ひとりの女優の死を超えて──ひとつの時代の終わりを、静かに、しかし確実に告げているように思える。
◇さようなら、大人の階段の先にいた人
彼女が体現していたのは、言葉ではなく身体で語る演技だった。それは、CGもワイヤーもない時代に、生身の肉体だけで映画を作っていた昭和という時代そのものだった。
少年だった私は、ブラウン管の中の彼女を通して──「大人になる」とはどういうことか、「恋」とは何か、「女性」とは何か──そのすべてを、朧げに、しかし確かに学んだ気がする。
暗い部屋。16インチのブラウン管から漏れる光。そして、中島ゆたかという女優が放っていた、あの静かな輝き。
『殺人遊戯』のキスシーン。『トラック野郎』の哀しげな微笑み。時代劇の中で運命に翻弄される女の、最後の美しさ。
それらすべてが──少年だった私を、少しだけ大人にしてくれた。
東映が育て、トラック野郎が輝かせ、時代劇が愛し、そして少年たちに「大人の階段」を教えてくれた──昭和最後の「東映ヒロイン」、中島ゆたか。
さようなら。そして、ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りします。
(追記)同日、ベーシスト・山内テツ氏の訃報にも接した。音楽を愛する者として、あらためて哀悼の意を表します。
