パット・メセニー・グループ『想い出のサン・ロレンツォ』──叙情性の幕開け
五月のある朝。
気温はすでに高めだが、湿気はまだ薄く、窓から差し込む強い日差しを和らげるように心地よい風がなびいている。
こういう朝に、久しぶりにこのアルバムを引っ張り出した。
気持ちがすさんだとき、何かに押し潰されそうなとき、落ち込んで言葉を失うとき──決まってこの盤に手が伸びる。
再生ボタンを押すと、いつも少しだけ、ほんの少しだけ、幸せが戻ってくる気がする。そういうアルバムが、人生にいくつかある。
『パット・メセニー・グループ(邦題:想い出のサン・ロレンツォ)』、
これはその一枚だ。
Ⅰ. 出発点の純度
今や50年にも及ぶ長いキャリアを誇る、パット・メセニー自身の活動の起点は、1976年の『ブライト・サイズ・ライフ』で、ジャコ・パストリアス、ビリー・ヒギンズとともに登場したところであった。
彼は、翌77年の『ウォーターカラーズ』を経て、
1978年に四人組のグループ『パット・メセニー・グループ』名義でこのアルバムを世に送り出した。

三作を並べてみると、音楽の重心が楽器という「点」から、より立体的な「アンサンブル」へと移行していく過程がはっきりとわかる。
前二作がギタリストとしてのパットの探求を主軸に置いているのに対し、本作は初めてバンドという有機体の論理を前面に据えた。
ライル・メイズ(ピアノ、シンセサイザー)、マーク・イーガン(ベース)、ダン・ゴットリーブ(ドラムス)との四重奏──これがPMGの原点であり、以後のすべての展開の種がここにある。
ただ一点触れておきたいことがある。
本作の「完成度」は、時に諸刃の剣でもあったということだ。
出発点にして到達点のような純度だが、裏を返せばPMGはデビュー作の美学をある意味で「更新」することなく洗練させ続けたとも言える。
それが欠点なのかどうかは聴く者それぞれが判断すればいい。
だがこのアルバムを繰り返し手に取ると、人はたいてい「ここに戻りたい」という気持ちで再生ボタンを押しているのではないか、とも思う。
Ⅱ. ECMという磁場
マンフレート・アイヒャー主宰のECMは、透明感と空間性において独自の美学を確立していたレーベルだ。しかし本作がECMカタログの中で占める位置は、やや特異なものがある。
北欧的な内省と静謐を基調とするレーベルの文脈に、本作はアメリカ中西部の開放感──地平線の広さ、乾いた光、風景のスケール感──を持ち込んだからだ。
アイヒャーとの協働は1984年の『ファースト・サークル』まで続くが、本作の成功が「ECMサウンド」の射程を広げ、新たな聴衆層を開拓したことは疑いがない。
翌79年の『アメリカン・ガレージ』がビルボード・ジャズ・チャートを席巻するのも、この地盤があってこそだ。
なお冒頭曲を「フェーズ・ダンス」から「サン・ロレンツォ」に変えたのはアイヒャーの判断で、LPの外周溝が持つダイナミクス上の優位性を理由としていた。こういう細部への徹底ぶりはいかにもこの人物らしく、結果として曲の選択が正しかったことは、いま聴けば誰にでもわかる。
Ⅲ. 「サン・ロレンツォ」──結晶の成立
グループ結成直後の1977年、「思い出のサン・ロレンツォ」と「フェーズ・ダンス」は短期間のうちに書き上げられた。
パットが旋律のアイデアを持ち込み、ライルが和声の構造とフォームを整理・発展させる──この役割分担が、以後のPMGにおける共作の基本型となる。曲の構成やアレンジはツアーで磨かれ、オスロのタレント・スタジオで録音された時点ではすでに完成形に近かった。
エンジニアのヤン・エリック・コングスハウグによるECMならではの透明で空間的な録音が、楽曲の「風景性」をさらに拡張している。
冒頭のエレクトリック12弦ギターの人工ハーモニクス、オートハープの和音、フレットレスベースとピアノ左手のユニゾン。
この数十秒で、この音楽が「ジャズのチューン」ではなく「コンポジション」であることが伝わってくる。
フュージョン全盛の時代に誰もまだ踏み込んでいなかった領域への一歩だったが、正確に言えば、それは「踏み込む」というより「自然に歩いていたらそこにいた」という感じに近いだろう。意図的な革新ではなく、二人のもともとの感性が交差した結果としての新しさ。
それがこの曲の本質だと思う。
中盤のライル・メイズのピアノ・ソロは、何度聴いても少しだけ胸が痛くなる。テクニックもさることばがら、ただ彼の感じた音楽的な必然性だけで成立しているソロに思える。ダン・ゴットリーブのリベット付きフラット・シンバルが、その背後で水面のように静かに揺れている。
Ⅳ. ライル・メイズという補完
パットとライルの出会いは1974〜75年頃とされる。

二人は以後、8〜10時間のセッションで16小節だけを磨き上げるような濃密な作業を繰り返しながら楽曲を彫琢した。
パットが「頭の中で全体が聴こえる」直感型であるのに対し、ライルは対位法的な構造と長いフォームを好む理論型という──この対照が、単なる足し算を超えた何かを生んだ。
ライルのシンセとピアノのレイヤリング、オートハープの積極的な使用が、この時期のPMGサウンドのコアだ。透明で広がりのある音響空間は、この二人の組み合わせ以外では生まれなかった類のものである。
2020年にライルが世を去ったとき、パットの追悼コメントは短く、しかし誰よりも重かった。その重さの根拠が、このデビュー作には詰まっている。
Ⅴ. 別格であることの意味
本作の後、リズム・セクションはスティーヴ・ロドビーとポール・ワーティコに交代し、ナナ・ヴァスコンセロスやペドロ・アスナールらの参加によってPMGはワールド・ミュージック的な広がりを持ち始める。
規模と要素が増えるほど、本作の純度は相対的に際立っていく。
繰り返し聴くほどに思うのだが、このアルバムにはある種の「余裕」がある。
成功を急ぐ気配も、聴衆を意識した計算も、どこにも見当たらない。
ただ二人がやりたいことをやった、その結果がこれだった──そういう種類の確かさが、四十年以上経った今も音の中に息づいている。
だからこそ、この余裕が「別格」たる所以の、少なくとも半分くらいは占めているのではないか。
残りの半分は、おそらく私の言葉では説明できない。
だからまた、このアルバムをトレイに載せてしまうのだ。
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