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はじめまして/家族の赴任に伴い国内外に住みいろいろな景色を見つめその時々の役割を生きてきた人生


0歳で約890キロの移動をしました。


私の家族は両親と父方の祖母
5歳上の姉が2人(一卵性双生児)
の6人家族でした。

熊本県で生まれましたが

私が1歳前に父の東京への転勤が決まり
いきなり890キロの移動を経験しましたが

思えば私の人生は
すべては引っ越しから始まって

その後もいろいろな場所で
引っ越しがついてまわりました。


はじめは父の勤務する会社の社宅へ
幼稚園に入る頃にはまた別の社宅へ

社宅から社宅への移動でした。


その後は私が小2にあがるタイミングで
父が一軒家を購入した横浜へと移り住み

そこから22歳で結婚するまでの14年間
横浜で生活をしました。


夫のシカゴへの海外出向は
すでに結婚前から決まっていて

結婚したら夫についていくものと
私はあまり深く考えずに

シカゴで初めての結婚生活と
初めての出産、子育てを経験しました。

「海外生活に不安はなかったの?」
と、よく聞かれたのですが

私が結婚をした頃
いろいろな情報を知るためには

本か経験者に聞くことくらいだったので
(身近に経験者はいないので本で調べることだけでした)

詳細を知ることができなかったからこそ

怖さ、不安より先に
知らずに思いきって飛び込むことができた

そう思っています。

あとになって
「よく病むことなく生きてきたなあ。」と

今なら不安になって二の足を踏んだかもと
無知だからこその強みを感じました。


シカゴでは諸事情で4回家を引っ越して
5年間暮らしたのち
実家のある横浜へ帰国となりました。

そこでは子供が小2になる夏までの
4年間を過ごしていましたが
(なぜか子供も私と同じ小2で引っ越し)

突然イギリスの工場への夫の出向が決まり
家族でロンドンへ行くこととなり

再び海外での生活が始まりました。


海外といっても先に過ごしたアメリカと
イギリスとではお国柄の違いはあり
(かなり前のシカゴとロンドンなので今とはまた違う風景かもしれません)

いずれ記憶していることを少しだけ
書いてみたいなとも思っています。


ロンドンでの生活は
何もなければ長期間滞在予定でしたが

過酷な仕事環境で夫は1年で身体を壊して
早々に日本に帰国することになり


次は新しく会社の工場ができていた
静岡県西部へと住まいを移すことになり

その場所でも諸事情により
2回引っ越して19年あまりを過ごしたのち

会社の工場閉鎖と共に夫も早期退職して
夫が長年馴染みのある別会社へ転職し

今住む神奈川県に戻ることになって
初めてやっと移動のない生活へと
落ち着くことができたように思います。

ここまで、自分の人生の中で
これまで住んだ場所を振り返ってみて

何て慌ただしく落ち着かない
転々とした日々だったのだろうと

夢中で過ごした日々を思い出しました。


自分からすすんで動いていたというよりも

激しい流れの中で
ただ流されていくしかない木の葉のようで

流されながらもバタバタもがいて
何とか乗り切ろうと肩に力が入っていた

そんな余裕のなさでいっぱいでした。


でもあらためて広く周りを見渡せば

もっといろいろな場所で

チャレンジャーのように生活される方も
たくさんいましたし
少なくないだろうなと思い

私だけが特別だったわけではない
ということも解っていました。



移動が多かった日々の中で

短期長期をあわせて
幾度か住まいを変えて動くたびに私は

「ここにはいつまでいられるのだろう?」

と、落ち着かない気持ちになることが
たびたびあって

友人や夫の会社の知り合いの方たちが

一つの場所に落ち着き
そこにしっかりと根をおろし
安定した生活を送っているようにみえる中で

私はいつ腰を据えて

落ち着いて将来のことを考えることが
できるのだろうと

自分の生活が
フワフワとした根なし草のように思えて

とても不安な気持ちになったことも 
ありました。


住む場所にはそれぞれの特徴があって

当然一つとして同じような場所は
ありません。

新しい場所へ行くと
わからないことだらけなので

まず日常生活を送るために必要なこと

自宅内のライフラインの確保や

届け出をする役所や各種医療機関
学校やスーパー、美容院などなど

これまで生活するために必要だった
あらゆることが刷新されます。

今でこそパソコンやスマートフォンで
簡単にいろいろな情報を集められますが

私たち家族が転勤族として
あちこち移動していたほとんどの時期は

そんなツール(携帯電話やスマートフォン) 
などもなかったので

生活が普通にまわるようになるまで

どこに何があるのかを知って
定着するまではとても大変でした。


そして人づてにいろいろと教えてもらい

生活に必要なもの、場所などの情報を集め
新しい場所に慣れていくので

私にとって人間関係は

そこで安心安全に生き抜くために
かなり重要なものになっていました。

そのためにまず相手に合わせて
必要なネットワークを作り上げて

新しい場所で生き抜く、というやり方を
知らず知らずのうちに身につけていました。


そしてそれぞれの場所で 
円滑に人間関係がまわるように

その時自分が求められていた役割を
必死にこなす日々だったように思います。


それが通常運転になっていたので

自分のほんとうの気持ち、思いは
自然に後まわしになって

全体を見回してから自分がいる場所で
その中での優先順位をつけてやっていく


そんな生き方を長い間続けていくうちに

だんだん自分のほんとうの気持ちが
ぼやけてわからなくなってきました。

今の私の立場はこうだから

自分の気持ちにはそわないけれど
今はこれを優先するしかないんだと

自分のほんとうの思いに蓋をして

外から次々とやってくる役割を
求められるままにこなしているうちに


自分が誰なのか?

これからどこへいこうとしているのか?


ほんとうの私はどういう人なのだろうと
「自分」というものが知りたくなって

そのことが私を占いへと繋げていく
はじめのきっかけになったように思います。



そしてそんな葛藤を抱えながらも

3年半前に父を見送り
1年ほど前に無事に母も見送ることができて

これまで自分で(選んで)背負っていた
いろいろな気がかりなことから
一気に解放されてホッとしたからか

身体もやっと悪くなった所を
安心して表に出せると思ってくれたのか

あちらこちらから強い疲労感や
痛みなどが次々と出てきました。

そしてずいぶん長い間、

ある気になる症状がずっと出ていたものの
症状の出方が複雑で

どこの科にかかればよいか判らないまま
病院へ行くことができず

何の病気か判らなかったものが
10年越しくらいでやっと今判った時は

怖れよりも「なんだ、そうだったのか。
これで何が起きていたかやっとわかった!
判ってほんとうに良かった!」 と

心から安堵しました。

(何が起きているかがわからないことは
とても怖いと思ったので)


もう今までのやり方では身体がもたない
これまでとはまったく違う生き方で


ほんとうの自分を生きること
もっと楽に生きること


を、身体が悲鳴をあげて教えてくれた
そのような気がしました。


そういった流れの中で私は

今、絶賛身体全体のメンテナンス中で

必要な場所へケアに行き
必要な薬をのんだりしながら

身体を再生して
心を新しい考え方で整えているところです。



これまで私はいろいろな場所に住み
たくさんの人たちと出会い

いろいろな人間関係で葛藤しました。

また、誰かに頼りたくても
1人で何とかするしかなかった環境では

まず自分で考えて行動する習慣が
少しずつ身についたので

そのことはよかったと思いました。


未来に委ねるしかないこと以外は

自分でできることはやって
できなくても誰かに助けてもらえそうな
そんな時はお願いすること

そういうことも
だんだんできるようになりました。


葛藤しながら自分が誰かを探していくと
気がつけば自然な流れでタロットを学び

自分や相手を知るためのツールとして
タロットを使うようになっていました。

そしてタロットの叡智から
目に見えない心の領域を感じとり

嘘偽りのない
「ほんとうの自分」を知ることができました。

自分が誰か判ったことで
どんな自分の一面も受けとめようと思い

相手に対しても 

こちらの期待というフィルターで
無意識にコントロールしたりしないこと

そう思っているのですが

やっぱり時々心が揺れることがあり
すぐにできないこともあるのですが

ただありのままにニュートラルな見方で
素直に相手を見たいなと思いました。


少しずつですがそんな自分が今
内側で育ってきていると感じます。



時がきたらタロットを使って

私と同じように人と人との関係で
強い葛藤を抱えている方の

ほんとうの道を照らすランプの役割を
担うことを心に決めています。



これまでずっと持ち続けてきた
古い観念で縛る自分を新しくして

新しい心と身体で取り組めることを
今から楽しみに準備しています。


どうぞよろしくお願いいたします。

お読み下さってどうもありがとうございました!




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