『寝かしつけ』は子どもからのプレゼント。
「げっ!今何時…!?」
子どもを寝かせた休日の昼下がり。
いや、既に空は夕暮れがかり、
橙色の光が目に痛いほど突き刺さる。
「17時か…やっちゃった…。」
子どもを寝かせるはずが、自分が先に寝入って
しまい、気がつけばこの通りである。
寝起きで頭は冴えないものの、妙にスッキリした
体をゆっくりと起こす。
「洗濯したり、家事したかったのになぁ…。」
後悔の念に駆られながらも、寝入ってしまう前の
予定を思い出し、ゆっくりと思考を巡らせる。
隣を見やると、少し汗で濡れた髪を気にする事も
なく、我が子が幸せそうな顔で眠っている。
少しずつ回り出した頭にイタズラ心が芽生える。
こちょ…こちょこちょ…
もじもじ…
くすぐるごとに、僅かに遠ざかる小さな体。
この小さな体のどこにあれほどのエネルギーを
秘めているんだろうか。
いつまでもこの幸福の塊を見つめながら微睡んで
いたくはあるが、
刷り込まれた理性と本能の狭間に立ち、呪文の
ように耳元にそっと囁きかける。
「 ア イ ス ク リ ー ム 🍨」
👦「!? とーちゃ……あいす…たべる……。」
🔸【強制終了】💤
子どもを寝かしつけるはずが、自分が寝かされていた。
我が家の休日の午後の、ありふれた日常の
光景です。
平日は仕事や家事、育児に勤しみ、
やっと迎えた休日は、早朝から子どもに叩き
起こされ、昼食後には体力の限界を迎える。
子の成長を願い、心身の健康を願い、疲れた心と
体を奮い立たせ、
溜まった家事を消化し、作り置きのおかずを
作り、公園や買い物で体力を消耗し、
家の内外を問わず、自身ではなく他者の為に、
身を粉にして働き続ける。
ただ、持てる五感も体も全てを活用しても、
彼の体力と精神力には翳(かげ)りが見えない。
布団の敷かれた寝室も、遊び場だと言わんばかりに、縦横無尽に駆け回る。
何度も寝るように諭すが、あまり意味がないことも知っている。
遂には考えることをやめ、静かに目を閉じる。
薄く目を開け、危険がないか見守るが、
やがて、親が睡魔に勝てず、【強制終了】の時
が訪れる。
🔸発想を変えると、プレゼントだった
睡魔に勝利し、子どもだけが寝た時は、まだ
親の体が元気、もしくは体力が残っている証拠。
「睡魔に勝ったご褒美として、ゆっくりコーヒー
を飲む時間と、自由な時間を与えましょう。」
睡魔に負けて、寝てしまった時は、
「睡魔に負ける程がんばったあなたには、心と
体を休める、休息の時間を与えましょう。」
寝かしつけに対する発想を転換すると、
まるで童話の金の斧と銀の斧のように、
馬鹿正直に頑張った自分に対する、子どもからの
ご褒美のように見えてきます。
子どもの寝顔に癒されてもいい。
ゆっくりとコーヒーを飲んで、自分の輪郭を
思い出しても良い。
溜まった家事をこなして、心をリフレッシュ
してもいい。
子育てにおいて、発想を変えることは大事な
ことなんだなと感じた、寝起きの夕方5時の
出来事でした。
さぁ、今日はどこへ行こうか。

