記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【ネタバレ】歌舞伎素人にも語りたい、映画「国宝」の文脈【原作未読】


【追記:2025/8/11】「私の感想」に加筆

まずは状況説明から

私は普段BTS(バンタン)というグローバルスターを推している一介のオタクなのですが、元々舞台系が好きで、一時期歌舞伎もめっちゃ通ってました。
ちなみに一番「この美少女誰!?」って思った女形さんは、若い頃の二代目市川笑也さんですが、この記事とは関係ありません。

「国宝」は噂になってから知ったのですが、歌舞伎が題材かつイケメン女形のW主人公、って私のドストライクじゃないですか!?( ゚Д゚)ガタッ
早速、前情報も見ず原作も読まずに、いきなり夫を連行してレイトショーに行きました。夏休みのせいか人気のせいか、ほぼ空席無しの満員御礼だったのが凄い。

というわけで、いつも読んでくださってるアミヨロブン、今回はバンタン出ませんのでよろしくお願いいたします。これも私サービスの一環です。え。

ネタバレしかなく、オタクが1万字くらい喋り倒している感想なので、内容が気になった人は検索してくださいね。オケ?


映画「国宝」感想

登場人物

基本の話はこの3人で進みます。関係性は、②③が歌舞伎親子、①がそこへ来た内弟子(部屋子)。

  1. 主人公:立花喜久雄(喜久ちゃん)

    • 映画内の芸名:花井東一郎→三代目 花井半二郎

    • キャスト:黒川想矢→吉沢亮(クールビューティ)

  2. W主人公:大垣俊介(俊ぼん)

    • 映画内の芸名:花井半弥

    • キャスト:越山敬達→横浜流星(愛嬌多めアイドル)

  3. おとん:本名不明

    • 映画内の芸名:花井半二郎(丹波屋)

    • キャスト:世界の渡辺謙(学童時代からの推し!)

あと忘れられないのが「芸の妖怪・小野川万菊(キャスト:田中泯)」と「歌舞伎界の規律を体現するおかん(キャスト:寺島しのぶ)」です。
これくらい押さえていただければ、映画観てなくても何となく話が伝わると思います。

歌舞伎役者の名前は、家や芸の系列で代々引き継ぐ「名跡(出世魚システム)」なので、途中で変わります。主人公の芸名は「花井東一郎」だったのですが、途中で「花井半二郎(三代目)」を襲名したので、「三代目はん」と呼ばれてます。
一門ごとに屋号もあり、花井一家の場合は「丹波屋」なので、「丹波屋はん」とも呼ばれています。

歌舞伎TMI

ストーリー感想

これは本気だ、と感じる舞台姿

任侠の家に生まれた主人公は抗争で親を亡くし、たまたま縁のできた歌舞伎役者に引き取られて、内弟子状態になります(ちゃんと部屋子になるのはまだ後)。

まずビックリするのが、最初主人公は趣味で日本舞踊をやってたらしくて、親の宴席で「積恋雪関扉つもるこいゆきのせきのと」を披露してるんですけど、それ本人(黒川君)が踊ってるんですよ!
ペアで踊ってた男子も良かったです。説明ゼロだったけど誰なんだぜ。

ここで、「えっこの映画、ほんとに役者が舞台を務めるの? 代役とかなしで?」って驚きましたね。

歌舞伎役者の家に引き取られ、舞台を見学しに行く主人公。
楽屋で「親の敵討ちに失敗した」って言った主人公に、半ニ郎がぼそっと何か言ってたんですが、後から考えたら「曽我兄弟やな」かもしれません。歌舞伎で敵討ちと言えばそれなので。字幕! 字幕で注釈を!

この時の舞台では、役者さんたち(渡辺謙&越山君)が「連獅子」を踊っていて、思わず白塗りの下の素顔を透視しようと身を乗り出しました!
ちなみに、この透視力は歌舞伎好きの必須スキルだと思います。宝塚より年齢や体格の差が大きいから、慣れたら行けます。

「連獅子」といえば、紅白の毛をグルグル回す姿が有名ですが、あれは親子設定なのでよく実の親子で共演されており、襲名披露の機会に上演されることも多いです。
なので、花井親子が「連獅子」をやってるということは、「次はこの人が自分の名前を襲名しますよ」と言ってるのも同じだと思います。

それを踏まえると、今「連獅子」を観客として観ている主人公が、後に期せずしてその立ち位置を乗っ取ってしまうという構図が生まれます。カッコいいですが、ちょっと伝わる人にしか伝わらないかも?

この映画、長編小説である原作をぎゅっと濃縮してるせいか、原作からそうなのか、こういう「ここにこれが入っている意味」みたいな部分で文脈を語るシーンがいくつかあります。

ちなみに超ベテラン役者の小野川万菊(キャスト:田中泯)が「鷺娘」を踊るシーンもあるのですが、「鷺娘」といえば日本が世界に誇るザ・坂東玉三郎の当たり役。
もうその時点で、万菊はこの映画において「女形芸の極み」を体現してる役なのだ、ということが理解されます。田中泯へのプレッシャーが重すぎて震える。

言ってみれば年齢を超越した妖怪とか、歌舞伎座に巣くう妖気みたいなもんであり(おいおい)、これを前にたじろぐ主人公は、今から自分が入ろうとしている世界に渦巻く芸の重みに圧倒されているようで、非常に良かったです。

あ、万菊が主人公に「きれいなお顔……でも芸をするなら邪魔も邪魔」と言うシーンがあるのですが、私は宝塚方面からそれを理解して膝を打ちました。

元がいいのに舞台ではパッとしない子が時々いるんですよね。適当にやっても土台の力でそこそこまで行くから、メイク力含む技術面が伸びなくて、周りが成長していくとくすんじゃうような。
舞台では、華とか気合で自ら発光でき、なおかつ芸や所作やメイクの美しさで更に盛れる人が一番美しいです。だから宝塚でも、それらが向上している上級生の方が、メイク素人な新人より若々しく見えたりします。
ここ、「顔がいいと芸がなくてもそこを褒められるから天狗になる」っていう解釈はあると思うんですが、舞台化粧を自分でやる人たちの場合、まずメイク力も上げないと褒められるラインに立てないので、指してるのは顔だけじゃないのかなと思いました。

舞台は総合芸術。持って生まれた素材は才能でありギフトですが、それに甘んじると総合点が上がらないんですよね。
そういう意味では、美貌は邪魔になるのかもしれません。あるに越したことはないんですが、テレビやグラビアの世界とは少し感覚が違う気がします。芸って難しい。

芸にのめり込んでいく主人公

部屋子にもなり、学校終わったら即飛んで帰って稽古、もしくは行き帰りの道でも楽しく練習する日々が続く主人公たち。ここめちゃめちゃ青春です。
河原で流木持って藤娘やってたりして、最高にかわいい!

お稽古シーンは昔ながらの指導法が色濃く再現されており、見て覚えてやってみて「そこ違う」って指摘されて直す感じなので、一般的な「レッスン」「お稽古」イメージとは大分違うと思います。

お稽古中、師匠に叩かれたり「ここの形を覚えるんや!」って背中に墨塗られたりしてるんですけど、アザだらけになってる本人は「師匠教えるの上手いよね、言われた通りにやったらできた!」って喜んでて、もう大分悪魔に魅入られた状態。
あー、「芸」に選ばれてしまった子なのね……って感じがひしひしと伝わってきます。

ここで練習してるのが、後で舞台でもやる「藤娘」。自分の印象だと、若手の女形の晴れ舞台によくかかる感じなので、顔見世用の練習(デビュー準備)って感じでグッときました。
ちなみに「二人藤娘」は、前に坂東玉三郎と中村七之助もやってました。えっ10年前……?😇

ここで、吉沢亮&横浜流星が舞台姿を披露するんですけど、上手いです!

女形の場合、体を女性らしく見せるため「体を殺す」とも言われる工夫がされます。中腰・すり足・なで肩ラインのキープなど、人類としては不自然な姿勢が基本になります。体幹の強さに加え、後ろのけ反りでの柔らかさまで求められる、高難易度スキル。

まず、骨格を小さく、また女性らしく丸く見せるために、背中の肩甲骨を下げて意図的に「なで肩」を作ります。腰を少し落として、中腰の姿勢になり、両膝に隙間がないようにくっつけて内股にします。

「【はじめてガイド】歌舞伎用語解説②「女方」」さんより

宝塚の男役も「脇に拳1つ分の隙間を空けて立つ」など性別を超えるための様々な工夫をしてるんですが、小さいものを大きく見せるのは肉布団入れたりとかまだ物理的に足す余地があるじゃないですか。でも逆は引き算だから、難しいんですよね。気を抜くとすぐ男子が顔を出します。
しかしここ、めっちゃ練習した様子が窺えました。すごい、声音の作りもキモくない!

後でインタビュー読んだら、一年半くらいお稽古を頑張ったらしいです。イケメン俳優の絶頂期を惜しみ無く投入するとか、贅沢すぎない!? この映画への期待度が窺い知れますね!

ちなみに舞台上で踊ってる時、主人公は基本クールビューティ系を貫いていて「この美しさをご堪能下さい」って感じでバーンと大看板(顔)出してますが、俊介は表情豊かで口角が上がっており、現代的なアイドルっぽさがあります。こんなタイプの違う美形女形コンビ、いたら通います通わせて!!

「血」を持つ者と守る者

歌舞伎と言えば、「血筋」がものを言う世界です。

主人公たちが初舞台を踏む時、彼らの師匠であり父親でもある半二郎が、息子には「おまえは血が守る」、主人公には「おまえは練習し続けた日々を信じろ」と言うのが印象的です。
俊介には身の内に流れる血がお守りなんですね。これは、ただの「血縁」にはない感覚だと思います。

歌舞伎役者のおうちに生まれたお子さんを見ていると、小さい時から傍に舞台や芸があって、隈取をしたお父さんをカッコいいと感じる感性を持ち、周囲の「おじちゃん」は皆役者さんという特殊な人間関係の中で、お稽古をして初舞台を踏んで……というのが普通な世界を生きていきます。

ここでの「血」は、単に先祖バフすげえかかってるぞ!というだけでなく、そういう環境で呼吸をするように先人たちの遺産を取り入れ、「丹波屋さんの子」として育まれたすべての時間を指すんだと思います。

俊介にとって、舞台は自分の世界なんですよね。いる人のほとんどが親戚か知り合いだし。でも主人公にとってはそうではない。
だから後に大舞台を前にして震えが止まらなくなった時、「俊ぼんの持ってる『血』がほしい。コップに注いでガブガブ飲みたいわ」という言葉が出るのだと思います。

ちなみにこの「血」に対して最も厳格な感覚を持っているのが、寺島しのぶ演じる花井家のおかんです。

この映画は、話が血筋外からやって来た内弟子(主人公)とそれを受け入れた歌舞伎役者から始まってるんで、歌舞伎界的にはイレギュラーなんですよね(実際には坂東玉三郎とか愛之助とか、血筋に依らず大成してる人はいます)。
そこへ、歌舞伎界の家・丹波屋で夫を支え跡取りを生んだ身として、「歌舞伎界の感覚」を持ち込んでくるのが彼女です。

例えば、半二郎がケガをして舞台に立てなくなった時、皆が「代役は息子だな」「お客さんも納得だ」と思ってる中で、主人公が指名されるんですよね。
その時、「筋が違う」と反対したのがおかん。彼女にとって「筋」は「血筋」なのだということが伝わります。「血筋が違う=道理が通らない」という感覚に、この世界のルールが垣間見えますね。

ただこのおかんも、単なる子供かわいさだけでなく「丹波屋大事」の面があって、納得できなくても幕が上がれば梨園の妻として贔屓筋を迎えるし、息子が出奔してれば主人公と家門を守るんですよね。孫(跡取り)が来た瞬間、主人公捨ててますが。
「芸」を優先して身内の情や血筋ルールを踏み倒した半ニ郎もなかなかだけど、おかんも骨の髄まで「家」文化の人っぽくて面白いです。

寺島しのぶ自身が、歌舞伎のおうちの子だけど女なので歌舞伎役者になれず、外で結婚してできた子供を歌舞伎界へ入れる(寺島しのぶは「血」を持ってるけど、夫が歌舞伎界の家じゃないので子供は持っていない)、という経験をしている人なので、適任とはいえものすごいキャスティングするなと思いました。

転落と裏切り、そして別離

初の大舞台を成功させ、波に乗った主人公。俊介と共に「二人道成寺」など有名な舞台を踏み、快進撃を続けます。
しかしそんな日々はそう長く続かず、師匠の怪我により代役抜擢された結果、選ばれなかった俊介が逐電する事態となります。

しかも「三代目 花井半二郎」を襲名した舞台で、最大かつ唯一の後ろ盾である師匠が急逝。借金だけが残り、過去の行い(彫り物、隠し子)もスキャンダルになってしまって、来るのはモブ役ばかりという逆境。
師匠の死をきっかけに俊介は戻りましたが、主人公は役欲しさに歌舞伎名家のお嬢さんに手を付け、結局追い出されるようにして長く育った花井の家を出ることになり、ドサ回りの旅へ。俊介と立場が逆転します。

別れ際に、主人公と俊介が殴り合いの喧嘩をします。普段大概のことは流すので底知れない印象を与える主人公ですが、マジギレして手を出すのは親の敵討ちを除くと、この時とプロモーターに揶揄された時、舞台道具をおもちゃにされた時くらいでしょうか。
車の中で待ってた駆け落ち相手に何の言葉もかけないあたり、彼の感情を真に動かすのは「芸」だけなんやなと思いました。彼女気の毒……。

このへん、ほんと絵に描いたような転落できっついのですが、何もかもを失おうとしている主人公がビルの屋上で夜景を背に一人踊るシーンが印象的です。私が外人だったら「OMG」が止まりませんね。
舞に没頭する主人公は、非常に閉じた、しかし幸せな世界にいるように見えます。その振りは「鷺娘」のようにも見え、彼が完全に「芸」に捉えられており、逃れたいとも思っていないということが察せられます。
(ちなみに記者会見か何かで見たんですが、あそこアドリブ芝居だったそうです)

結局、国宝・小野川万菊に口利きされたのか(映画内の描写はなし)、主人公は歌舞伎界へ復帰。
俊介の復帰を手助けしたのも万菊なので、彼の持つ権力の凄さが窺えます。この人と息子たちを繋いでおいた師匠は、いい仕事をしましたね!

俊介の病と「曽根崎心中」

主人公と俊介は十数年ぶりに「二人道成寺」を成功させ、復活を世に喧伝します。前に主人公が背負ってた師匠の借金、返せてるといいですね💦
しかしここで俊介の足が壊死していることがわかり、彼は結局片足を失います。次から次へと問題起こりすぎぃ!!
これは場内でも声が洩れました……。

師匠は亡くなる直前、糖尿病で目がほぼ見えていないという描写があったんですが、息子の俊介まで……!
ここまで揺るぎない遺産として語られていた「血」が、負の面を見せるシーンですね。ストーリーテリングの妙にゾッとしました。

もし病が進んでしまったら、残る足も切らなければならない。動ける間にこの身体で舞台に立ちたい、と切望する俊介。その時は相方は俺がやると誓う主人公。
ここで演目に「曽根崎心中」を持ってきた監督は神だと思いました。

「曽根崎心中」は追い詰められた男女が心中に至る話なのですが、途中の「天満屋の段」で歌舞伎には珍しい、女形の素足を使った演技が入るんですよね。

 中の巻「天満屋の段」では、お初(おはつ)が縁の下に隠した徳兵衛(とくべえ)と、足を使って意思のやりとりをする場面がみどころです。映像では、お初に「死ぬる覚悟が聞きたい」と独り言めかして問われた徳兵衛が、お初の足首を自分の喉(のど)に押し付けて、自害(じがい)すると知らせています。
 九平次(くへいじ)は、徳兵衛が死ぬはずはないが、もし死んだなら今度は自分が馴染み客になってやろう、とお初に迫ります。それに対しお初は、そんなことになったなら「こなた(あなた)も殺すが合点か」と言い放ちます。続く「徳さまに離れて片時も生きていようか」との述懐に、縁の下の徳兵衛は、お初の足を押し戴いて感涙にむせびます。

文化デジタルライブラリー「主要作品紹介【曽根崎心中】」より

舞台の上で俊介の足を目の当たりにし、既にそちらにも壊死が進んでいることを知る主人公。受けた衝撃と苦しみが、見ている者にも伝わってきます。
官能的なシーンなのですが、ショックが大きすぎてそれどころではありません。

彼らはこの後、芝居の中で心中に至るのですが、二人とも涙を流し、白塗り(化粧)も落ちかけの状態で鬼気迫る演技を見せます。
本当の舞台でそこまで化粧が落ちているのは見たことがありませんが、ここは役者としての仮面の下から素顔の彼らが覗いている演出であると受け取りました。

まだ若いお初を共に旅立たせる不憫さや哀れが、この舞台を終わらせればもう二度と見られなくなるだろう「役者・花井半弥」への惜別と重なり、互いというより「芸」と心中する覚悟が伝わります。言葉が出ないほど圧倒されました。

求めていた光景には出会えたのか

俊介は亡くなりました。その後一人で丹波屋を支え、忘れ形見を育てただろう主人公は、ついに「人間国宝」認定を受けるまでに至ります。
話には関係ないんですが、ここでのインタビュアーが事前調査不足で「順風満帆の人生ですね!」とか空気を読まないことを言うので、軽くイラつきました。調べてから来てもろてええですかw

ここで主人公に声を掛けたのが、カメラマンの女性。会話の中で、彼女はかつて主人公が舞妓に生ませた隠し子(綾乃)だったことがわかります。
「あなたを父親だと思ったことは一回もない。あなたがその地位に着くまで何人が犠牲になったか」と責めるのですが、正直この映画で純粋な被害者はこの子だけなので、他に誰かいたっけ感が無きにしも非ず。

母親共々途中でフェードアウトしてたから忘れてたんですが、綾乃はわりと主人公のブラック面見てるんですよね。
小さい頃一緒にお参りに行って、父親に何拝んでるのか聞いたら「何を引き換えにしてもええからもっと芸が上達したいて悪魔はんと話してた」「取引成立や」って微笑まれたとか、人力車で襲名披露へ向かう父親に、「おとうちゃん!」って何度も叫んだのにガン無視されたとか。

ただそんな綾乃も、「三代目 花井半二郎」の舞台には心を奪われた様子。「芸」に一目惚れした父と、そんな父に一目惚れした母の血統を感じます。こっちも遺伝子レベルの業ですね……。
綾乃は女子なので、歌舞伎役者としての主人公の血筋は受け継がれませんが、俊介の子供が「四代目 花井半二郎」になったっぽくて、血と名前で家門を継いでいこうとする奔流が主人公をも取り込み、続いていく姿が印象的でした。

最後、舞台で主人公が「鷺娘」を踊ります。
白塗りに覆われた顔は年齢不詳で美しく、かつての万菊(人間国宝の先輩)がいた「芸」の世界に彼も到達したように見えます。

舞台天井から舞い落ちる紙吹雪は、雪のようでもあります。
父親の屍に降り注ぎ、舞妓が無邪気に「長崎に雪は降るのん?」と尋ねたそれは、いつしか視界を埋める光になり、悲しみの象徴から舞台に灯る役者たちの魂へと変化して、見る者の目を奪います。

「美しい」と最後につぶやいた主人公は、命をかけて彼が見たいと願い続けていた光景に出会えたのではないかという気がします。「ここには美しいものがない。でもそれでいいのよ」と言いながら、なお主人公の舞を見たがった万菊と同じ、底知れない業を感じました。
「芸」に魅せられた者としては最高のエンディングを迎えたのではないでしょうか。

終演後のファーストインプレッション

夫の感想「あの女子いるかな?」

終演後、夫が真っ先に言ったのは「あの女子いるかな?」でした。いや私も「女子はいなくても話にあまり影響ないな」とは思ったけど、そこ?
ちなみに主人公に絡む女子は三人いますが、尺が足りないのかわりと消息不明率高いです。

  1. 幼馴染

    • 純に見えるが、主人公と一緒に彫り物を入れ、彼を追いかけ上阪してホステスしたりしてる、九州ヤンキー娘。

    • 主人公を捨て俊介と駆け落ちして息子を生み、結果的に丹波屋の血統を継ぎ、すべてを手に入れた。強い。

  2. 舞妓

    • 初対面の主人公に惚れて「結婚してとか言わないから」って言いだした舞妓。花簪に名前書いておくれやす💜展開かと思ったら、日陰の身として関係を持ち子供までできてて腰を抜かした。早!

    • ③との駆け落ちくらいから縁が切れたのか、娘にバトンタッチして消息不明。

  3. お嬢さん

    • 歌舞伎の名家のお嬢。主人公に手玉に取られ、勢いで駆け落ちしてしまった。

    • ドサ回りの中、「もうやめようよ! ねえ、どこ見てるの?」と叫んだ後消息不明。

ちなみに舞妓は基本20歳以下くらいで、華やかな着物を着ている。大人になると黒の紋付きを着て髪型を変え、芸妓になる。舞妓は芸妓のいわば研修生。

舞妓はんTMI 

夫は、「①が乗り換えた理由が不明瞭すぎる!」という点が一番気になったようです。皆さんはどう思われましたでしょうか。

肌を重ねた後、主人公が「そろそろ結婚しなきゃな」みたいなこと言い出すシーンがあるんですよね。
その時、幼馴染は「喜久ちゃんは今が一番大事な時だから」「私が稼いで劇場建ててあげる」って話を逸らし、主人公が出て行った後泣くんです。私はそこで、ああもうお別れなんだな、って思いました。

そもそもああいうシーンで男が口走る「結婚しなきゃな」は脳みそ通過してないから信じちゃダメ、というのはさておき、主人公は結婚の話を逸らされたのに食い下がるほどには、幼馴染のこと好きじゃないんですよね。
っていうより、芸の事で頭がいっぱいだから、他人はそこまで深いところに入れない感じ。

というわけで、幼馴染は以下の三連コンボをくらった勢いで、駆け落ちしたんじゃないかと思ってます。原作読んで答え合わせしたいようなしたくないような。

  • 元々「喜久ちゃん好き」って共通点で俊ぼんと心情的に繋がってた

  • 「絶対勝てないもの(芸)」に負けたことを感じ、挫折した

  • 同じ状況の同志・俊ぼんに同情し、必要とされたい欲が爆発した

ちなみにお嬢さんの方も、「どこ見てるの?」ってつぶやいて走り去ったのに、主人公は追いかけずに踊ってますから、「こいつ私が一番じゃないな」って悟って捨てたんじゃないかと思ってます。私ならそうします。

私の感想「レアカメラ見られて嬉しい!!」

ストーリーはストーリーで感動したのですが、真っ先に思ったのはこれでした。

歌舞伎の舞台は色々見たのですが、映画では普通観客が入らないところからカメラが映すので、最高でした。演者視点だけでなく、舞台袖や黒子からの視点もあり、「このカメラワーク見たことない!」が続出し、超興奮しました!

舞台裏映像や化粧映像は結構見たことがあるので、そこまでではなかったのですが、「(W主人公の)二人で組んで道明寺やろか」「待っとくんなはれ」ってやり取りしてる時の、中二階にある化粧前(鏡台を含む個人スペース)も珍しかったです。

化粧と言えば、歌舞伎や宝塚はメイクさんがいないので自分で顔を作りますが、緊張に震えが止まらず紅を注せない主人公の手から、俊介が紅筆を取り上げ代わりに書いてやるシーン、あれは最高に良かったですね……!
その後「血を飲みたい」発言が来るから、そのインパクトで若干かき消されちゃった感があるかもですが、いや萌えた萌えた僕は萌えた。

それ以外で好きなのは、舞台前のこしらえ(身づくろい)のシーンです。
舞台袖で傘を持たせたり裾を整えたり、「道成寺」の鐘の裏で早変わりサポートしたり、舞台の上でも下でも人の手がかかってて、まさに阿吽の呼吸。たくさんのスタッフが1つの生き物のように動いて、あるべき舞台の形を作り上げていく様子は圧巻です。

一番良かったのは、ドサ回り中アシストするお嬢さんと準備を進める場面です。
互いに次何やるかわかってて、主人公の「はい」だけで確実にステップを進めていくんですけど、日本人の「察し」文化の極みみたいな感があります。私が外人なら「ジャパニーズテレパシー?」って口走るか、状況が理解できないままだと思います。

あと渡辺謙の関西弁が沁みます! 監督、神配役をありがとう!
個人的に翻訳ものの字幕が好きなので、この作品が海外上映する時どうなるのかが気になります。関西弁は何とか表現したとしても、歌舞伎・梨園・祇園あたりの特殊文化は、パンフで補完するんでしょうか。

最初、何故主人公を極道の子にしたんだろうと思っていたのですが、この子普通じゃない家から普通じゃない家へ入ってるせいで、主人公の戸惑いを描かずに済んでる気がします。どっちも圏外だから目立たないんですよね。
普通は戸惑いを解消する形で説明を入れたりするんですが、まあこれはこれであり……なのかな?

説明不足は少しあったのですが、原作を読めばわかるだろうと思えるのは嬉しいですね。個人的に気になったのは、「二人の人生に万菊がどう関与したのか」「半二郎の借金を最終的に返済したのは誰か」でした。

万菊、最後に主人公を呼び寄せた指先が妙に瑞々しかったのが、とても印象に残っています。顔は完全に年寄りメイク、髪は白髪で色素が抜けパサついてるのに、指先は枯れてないあたりがメイク忘れというより老いた体を芸への執念が生かしてる感じで、そのキモさが良かったです。

半二郎の借金は、彼の死後主人公が背負った描写があるんですが、その後主人公は歌舞伎界を追い出されてドサ回りに行っちゃうんですよね。借金の名義変更してる描写は当然なかったので、まさかずっと返してたんだろうか、さすが背中にミミズク背負ってる男は違うでぇ……などと思っていました。

ちなみにミミズクは「恩を忘れない」を意味してるそうなんですが、主人公は裏切りとスルーを繰り返しがちなので、これを体現したのは半二郎相手だけじゃないかと思ってます。親分にしか懐かない任侠の血を感じたわ。

以上!

私は突き抜けてる人が好きです。
この映画なら、「芸」に魅せられて、何かを捨てた人たちがそうです。平穏な日々とか家族愛とか。

その意味では、万菊も主人公も同じタイプに見えるのですが、何故か彼らは同志には見えませんね。
映画の中では、たくさんの人の手に支えられることで、美しいスターが生まれる様子が描かれているのですが、それでも孤高だと感じるのは、「芸の追求」は最終的には一人の世界だからなのかと思いました。

「人間国宝(無形重要文化財)」を授与すると言ってはみても、評価対象が一番先を行ってるわけですしね。
本人にしてみたら地に落ちた影に名前が付いた程度のことで、もう既に次の高みを飛んでいる感じなんじゃないかと思いました。

ただ一人「鷺娘」の世界で踊り狂いながら、自分にしか見えないものを見て、他人にはわからない納得を得て、周囲に残光だけを置いて去って行く彼ら。
その光はあまりに鮮烈で、凡人は「ああはできない」「ああでなくて良かった」と思いながらも彼らの凄まじさに憧れ、心を動かされ、喝采を送ります。

ここで描かれた世界は今もあり、芸を突き詰めることを家業として選び続けている人々がいるのだと思うと、不思議な気持ちになります。
不用意に「美しい」とは形容しがたい世界でもありますが、でもやはりそこで放たれる光はまばゆく、私たちの目を奪います。もっと見ていたいという衝動が込み上げ、人にはこんな生き方もできるのかと心を震わせられます。

観た後世界が少し違って見える、観客にそんな体験をさせる映画だったと思います。観て良かった。オススメです!

観に行くか迷ってる人へ

行くといいと思います!
歌舞伎がよくわからなくても、この記事をここまで読んでくださった方なら最低限理解できます。「この世界は現代と地続きなんだ」って思うだけでも、視界が広がって面白いんじゃないでしょうか。

この映画は創作であって教育番組じゃないので、「ここが違う」「本物じゃない」系の意見は野暮だと思います。もちろん、興味を持ったら是非他の舞台や作品も観てみてほしいですが、何よりまずこんなに人を動かす「芸」の力に触れてほしい、と願っています。楽しいから(´- `*)

じゃあ、私はBTSの動画見なきゃいけないので、これで戻りますね。読んでくださった方、ありがとうございました。
あ、ちなみに私、たまにW主人公がテテ(V)とTXT のボムギュに見えてました、というどうでもいい情報を残して去ります。お疲れ様でした!


関連動画

御曹司サイドからの感想まで聞けちゃう現在って素晴らしい……!

W主役の二人はもちろん、少年時代の子役二人も素晴らしかったです!!

他の映画感想記事


いいなと思ったら応援しよう!

音色 もしこの記事が気に入ったり、役に立ったりしたら、コーヒー1杯奢ってください。やる気が出ます!( *´艸`)

この記事が参加している募集