小説 高校生戦隊ヒーローズ 6. 歴史学の授業
<注意>
この小説には、1931年勃発の満州事変、1932年の五・一五事件を題材にした歴史の記述がありますが、事実として伝わっている歴史に創作を織り交ぜた作り話で、歴史的事実と大きく異なる箇所がいくつもあります。
事実確認は歴史の教科書など信頼できる文献をあたってください。
士官学校の授業はなかなかハードだ。
武術教練は言うに及ばず、座学も中学校とは比較にならないくらい内容も高度で進度も速い。
どの授業も話題には事欠かないが、特に僕の印象に残った授業をいくつか選んで書こうと思う。
まずは、いちばん印象に残っている、歴史学だ。
歴史学の最初の授業は、士官学校生活初日、午後の武術教練の後だった。午後の武術教練は柔道で受け身の基礎を習った。前日に僕は指導役の春行先輩に稽古をつけてもらっていたのでそれほどたいへんではなかったが、柔道未経験のクラスメイトの中にはだいぶ苦労した人もいたようだ。午前の武術教練でのハードな行進に加え、なかなかきついメニューだったと思う。みんな疲れ切り、今日の授業も座学が残り2つ、春の午後の暖かい空気に包まれた教室は、弛緩した雰囲気が漂っていた。
そんな弛緩した雰囲気の教室に入ってきたのは、物静かな印象のまだ若い先生だった。授業開始時の礼の後、教壇に立った先生は、決して大きくはないがよく通る低音の声で話し始めた。
「初めまして、柴田です。歴史学、政治経済、兵站の授業を担当します。僕もこの帝都第一士官学校の出身ですのできみたちと同窓ということになります。帝国軍に1年間勤務した後大学で政治経済を学びました。」
そこで先生はひと呼吸おく。
「今日の授業は歴史学です。中学校でも歴史は勉強したと思いますが、おそらくみなさんが受けた授業は、古い時代から順番に、時間の流れに沿って進められたのではないでしょうか。」
そこで先生が教室を見渡した。目が合った僕は頷いて答える。
「おっしゃるとおりです。」
先生はひとつ頷く。
「教科書がそのように構成されていますからね、そのように授業を進める先生が多いです。高等学校の教科書もそうなっています。ですが、現在への影響が大きいのは、より現在に近い時代です。当たり前ですよね。日本と中国の間には何度か争いがありましたのでそれを例に考えてみましょう。古い順に挙げていきます。
まずは1つ目。大化の改新で有名な中大兄皇子が天皇に即位するよりも前に、日本が百済(今の韓国南部にあった国)と連合して唐と戦いました。白村江の戦いです。
2つ目。元寇。モンゴル帝国が2度に渡って海を渡り攻めてきましたが、台風の助けもあり鎌倉幕府の武士たちが追い返すことに成功しました。
3つ目。豊臣秀吉の朝鮮出兵。秀吉は朝鮮だけでなくその先の明も征服しようと考えていましたが失敗に終わりました。
4つ目。日清戦争。中国最後の王朝である清との戦争に勝ち、日本はアジアの新興勢力と驕って欧米列強のように帝国主義を追求するようになりました。
5つ目。満州事変。日本の領土と権益を拡大するために、大日本帝国陸軍が中国軍の破壊活動に見せかけて南満州鉄道の線路を爆破し、それを理由として軍事行動を開始します。この後2年近く中国軍との交戦状態が続きました。
この中で現代に影響を残しているものはどれでしょうか。白村江の戦い、元寇、秀吉の朝鮮出兵の影響は、ないとは言いませんがほとんど影響は残っていないと言っていいでしょう。では日清戦争、満州事変はどうでしょうか。満州事変が失敗に終わったのを機に日本は帝国主義を放棄し、外国との相互不干渉という方針に転換しました。その後日本は現在に至るまで一貫してその方針で国を運営しています。明らかに満州事変の影響は色濃く残っていると言っていいでしょう。満州事変は日清戦争後に掲げた帝国主義の産物とも言えますから、これも間接的に現在に影響していると言えます。」
先生が言った外国との相互不干渉はかなり徹底している。
今でこそ経済面では緩い結びつきがあって一部の食料品や大型の機械などを輸入しているが、僕が生まれる前は外国産の食べ物や製品はほとんどなかったらしい。一方で政治的には今でも相互不干渉方針は健在だ。国外のどこの戦争にも紛争にも関与しない方針を貫いている。国際連合に加入したのもそれほど昔のことではない。
「僕の授業では、歴史の時間の流れとは無関係に、現在に大きく影響している事件や事象、時代から順に取り上げていきます。また現代に与える影響が大きい事象ほど深く掘り下げます。最初は戸惑うかもしれません、歴史の流れが見えにくいかもしれません。ですが、現在に色濃い痕跡を残すそれらの事象と現在がつながることで、その時代から現代に至る流れが掴めるはずです。次はその時代に大きな影響を与えている、もう少し前の時代を見ていきます。それを繰り返すことで、現代を起点に、あたかも歴史の流れという川を遡るかのように、現在と過去がつながってくると思います。」
そこで言葉を区切って教室を見渡す。
「なんだか新鮮でわくわくします!」
隣の席の七瀬が声を上げる。周りを見回すと、うんうん頷いているクラスメイトが何人もいた。
先生は軽く頷く。
「ありがとう。それでは今日の授業を始めます。今日のテーマは1932年の五・一五事件です。」
一昨日の入学式で校長先生も言及した、帝国軍の一部将校と士官候補生が犬養首相の暗殺を試みた事件だ。
「僕たち軍の関係者にとって、これは現在にもっとも大きな影響を残した事件と言えるでしょう。加えて僕は、これが決定的な歴史の分岐点だったのではないかと考えています。ここで軍の暴発を収められなければ帝国政府は力を失い、暴走した軍が事実上国政を恣(ほしいまま)にして、やがてはソビエト連邦やアメリカ合衆国との全面戦争に突入した恐れさえあると考えてます。」
僕は考える。
どれほど大日本帝国軍が精強であろうと、近代以降の戦争は総力戦だ。軍人だけで戦えるわけではない。軍事活動を支える国の規模、人口、生産能力がものをいう。あれほどの大国に喧嘩を吹っ掛けるほど無謀ではないのではないだろうか?
僕の疑問は当然予期しているのだろう、先生は続ける。
「合理的に考えればそんな馬鹿なことをするはずがありません。ですが歴史を振り返れば分かるように、人間は時にとてつもなく不合理な行動を取ります。でも理由なく不合理な行動を取ることはまずありません。必ず理由があります。歴史の流れが、そうせざるを得ないように場を形成していく、といってもいいでしょう。そして五・一五事件の発生当時の日本には、不合理な行動をさせるだけの条件がそろいつつありました。僕たちの知る歴史では、軍のクーデターという事件は起きたものの、それをなんとか治めることができました。ですが様々な歴史的事実を集めていくと、その事件を起点として事態が悪化し、最悪の場合には国家存亡の危機に至る可能性があったことを否定できません。まずはその不穏極まりない当時の日本社会がどんな状態だったのか、紐解いてみましょう。」
そこで先生はチョークを取り、黒板の中央に大きく縦線と横線を引いて黒板を4つの領域に分け、左上に国内経済、左下に世界経済、右上に国内政治、右下に国際政治と書いた。
「1932年の五・一五事件を起きるまでに、日本や世界で何が起きていたか、整理してみましょう。そうですね、1900年以降、五・一五事件が起きるまでの間に起きた、歴史に影響を与えたと思う事柄を上げてみてください。では最初は、きみ、名前は?」
先生が僕の方を向いて尋ねる。僕は起立する。
「はい、滝川です。」
「では滝川、思いつくものをいくつでも挙げてみてください。時系列順でなくて構いません。」
「はいっ!えっと・・・1930年の昭和恐慌、前年の暗黒の木曜日、27年の金融恐慌、23年の関東大震災、金輸出禁止と解禁。あとは要人の暗殺や殺害未遂もありました。僕が知っているのは、伊藤博文、原敬、浜口雄幸。・・・ぱっと出てくるのはこれくらいです。以上です。」
先生は少し目を瞠ったようだが、すぐもとの表情に戻る。
「ありがとう、たくさん挙げてくれましたね。経済に関連する事象が多かったのは良い着眼点だと思います。では今挙げた項目を、黒板の4つの領域の適切な個所に書いてください。」
僕が前に出て今挙げた項目を黒板に書く間も先生は授業を続ける。
「では隣の、きみ、同じように思いついた事象を挙げてみてください。」
七瀬が立ち上がる。
「はい。1904年の日露戦争と戦争終結後の三国干渉、1914年に勃発した第一次世界大戦、あとちょっと自信ないですが満州事変も五・一五事件より前だったでしょうか?以上です。」
先生は頷く。
「はい、正しい認識です。満州事変は31年9月18日に発生しています。五・一五事件の半年少し前ですね。きみは・・・」
「七瀬です。」
「滝川が経済に関わる事象、七瀬は戦争など軍事に関わる事象を挙げてくれました。七瀬も黒板に今挙げた4つを書いてください。では次は政治に関連する事象を挙げてみましょうか。誰か、思いつくものはありますか?」
しーんとしてしまった。僕の通った中学校の歴史の授業では近代史は時間が足りなくて1週間くらいでざっと流して終わりだった。他の学校も同じようなものだったのかもしれない。先生はそんな教室の様子を見て、板書を終えて席に戻ろうとしている僕と七瀬の方を振り返る。
「滝川、七瀬、何か思いつくものはありますか?」
僕は七瀬を見る。七瀬も僕の方を見て、降参というように両手を軽く上に上げてみせる。
「俺、明治時代より後はいつ戦争があったかくらいしかわからないんだよなあ。なんかごちゃごちゃいろいろあるしさ、つまらないじゃん。」
その気持ち、よく分かるけど、歴史の担当教官の前でそれをぶっちゃけるのはどうかと思うよ?
僕はその場に立ったまま、考え考え口を開く。
「僕も近代史はあまり得意ではないですが・・・日英同盟を締結したのが日露戦争の少し前で、同盟を解消したのが1920年代とかじゃなかったでしょうか?条約締結は、ロシアと戦争するための準備で。同盟の解消は、日英の意思というよりはアメリカ合衆国だったかフランスだったかどこかよその国が首をつっこんできてひっかき回されたから、と聞いた気がします。」
先生は苦笑する。
「間違ってはいないですが、滝川に日英同盟解消についての話をした人は、アメリカ合衆国とフランスにあまりいい感情を持っていなさそうですね。アメリカが日英同盟の継続を望まなかったのは確かですが、それだけではありません。第一次世界大戦後の和平交渉の過程で英、米、フランス、イタリア、日本の利害が対立したり、日英間でも同盟継続に否定的な意見があったり、日本政府内に対米協力を求める意見が出てきたりといった様々な思惑が絡み合った結果として、日英同盟は更新されず23年の夏に失効しました。締結の方は日本側から見た視点では概ね正しい認識です。イギリス側から見た視点では、当時のロシアが中国にあるイギリスの権益を侵していて、且つ事態の悪化が見込まれており、これを阻止したかったからですね。滝川、きみにばかり質問して悪いけど、他にはありますか?」
「うーん、そうですね、だいぶつらくなってきました、うーん・・・あ、スペイン風邪の世界的流行!いやこれは日本にはほとんど関係ないか・・・」
自分で言って自分で突っ込む僕に、先生が口角を上げる。
「そうですね、スペイン風邪が猛威を振るったのは第一次世界大戦の戦場となったヨーロッパです。銃弾に倒れた兵士より、スペイン風邪に罹患して死亡した兵士の方が多いと言われています。滝川、ありがとう、じゅうぶんですよ、七瀬も。席に戻って下さい。」
僕と七瀬が席に着くと、先生はチョークを取る。僕と七瀬が書いた板書を確かめた後、国際政治の欄に「国際連盟の成立」「ロンドン海軍軍縮条約」と書き加え、僕らの方に向き直る。
「滝川と七瀬がほぼ網羅してくれましたが、僕も2つ、追加しました。国際連盟、これはきみたちもよく知っているでしょう。第一次世界大戦終結後、世界平和の進展を目指して設立された世界初の国際組織です。発起人のアメリカ合衆国は、議会が否決して参加しないという結果になりましたが。
そしてロンドン海軍軍縮条約、これは保有する軍艦の数を制限することを各国に義務付けた条約です。
これで五・一五事件に至る道筋を描くのに必要な役者がそろいました。ではこれから、これらの事象が互いにどう影響し、歴史がどう展開していったか、見ていくことにしましょう。」
そこからの先生の説明は分かりやすかった。
ばらばらだった点が線でつながっていく。
当時の日本の状況をまざまざと描写した先生はこう続けた。
「一般庶民が食糧の確保にも苦労するようになると社会は荒廃します。これは時代、場所を問いません。絶対にそうなります。善良でふつうに働いている人々が、じゅうぶんな食糧と安全に眠れる場所を得て、安心して暮らせる状態を作りそれを維持することは国を動かす立場にある人間が絶対に果たさなければいけない責任です。政治家、役人、皇族、華族はもちろん将来のきみたちのように軍を率いる立場の人間も、一般の人たちから見ればその責任ある立場の人間です。その責務を決して忘れてはいけません。」
士官学校の教官たちは、こうして折に触れては力を持つ者としての責任、国や軍を率いる者としての責任に言及する。入学式での校長先生の祝辞もそうだし、この授業もそう。それだけ大切で、そして忘れがちなことなのだろう。
先生は続ける。
「第一次世界大戦の時にはヨーロッパへの輸出が増えて好景気を享受した日本経済ですが、1920年代は関東大震災という未曽有の災害もあり、昭和恐慌、金融恐慌と不況に見舞われ、庶民は貧困に喘いでいました。そうして不安定化した社会の中で、貧困を放置している政府、議会を倒して軍事政権を樹立すべきだと主張した軍の将校たちが起こしたクーデターが五・一五事件です。ですが彼らの真の不満は庶民の貧困ではなく政府が締結したロンドン海軍軍縮条約でした。つまりは庶民のためではなく自分たちの利益のため。でも苦しんでいる庶民を助けるためという大義名分を掲げ、それが嘘くさく見えないようにわざわざ農民の決死隊まで用意しています。農民の決死隊には変電所を襲わせて帝都を停電に陥らせる計画でした。そして1932年5月15日の夕方、海軍将校と士官学校の学生合計9人が首相官邸に向かい、官邸にいた犬養毅首相の殺害を試みます。首相は重傷を負いましたが運よく一命を取りとめました。」
ここで先生はいったん息をつく。
「一命を取りとめた犬養首相は精力的に憲法改正に動き出します。事件の前と後では別人とまで評されるほどの意欲で、軍との衝突も辞さず、武器で脅されようと襲撃を仄めかされようと一切怯まなかったと伝わっています。おそらく、すでに失った命と思い、命を懸けてでもなさねばならないと考えたのでしょう。さて・・・僕が授業の最初に、歴史の分岐点、と言ったことを憶えていますか?」
先生が僕らに問いかける。僕は隣の七瀬にこそっと言う。
「犬養首相が死ななかったことと、犬養首相が熱血男子に豹変したことかな?」
七瀬が吹き出す。
「ぶははっ!いい歳のおじいちゃん相手に熱血男子って・・・」
先生が近づいてくる。
「滝川、もう1回、全員に聞こえるように言ってみてください。」
「あ、はい、先生の言っていた歴史の分岐点というのは、犬養首相が死ななかったことと、犬養首相が熱血男子に豹変したことかな?と言いました。」
あちこちで笑い声が上がる。「熱血男子!」と繰り返しているクラスメイトもいる。七瀬と同じくこの言葉がツボにはまったようだ。先生も笑って頷く。
「そのとおりです。僕も、もし犬養首相がここで亡くなっていたとしたら、あるいは一命をとりとめても憲法改正に動き出さなかったとしたら、ようやく育ち始めた議会政治は死に、軍が支配する国になっていただろうと考えています。
今日はここまでにしましょう。犬養首相が成し遂げた憲法改正とそれに付随する改革については、次回の授業でお話します。」
先生はここで軽く一礼する。
「ありがとう。いいクラスでした。では、宿題です。教科書の日英同盟締結から五・一五事件までのページを読んで、五・一五事件が起きた背景と、事件の概要について、レポート用紙にまとめてください。来週のこの時間、授業の最初にレポートを回収します。では今日はここまで。」
「起立、礼。」
礼をして先生が教室を出ていくと、僕の周りにわらわらと人が寄ってきた。後ろの席の田代、隣の七瀬、ほかには海斗や佐藤、まだ話したことのないクラスメイトまで。
「滝川、おまえすっげーな!」
「なんであんなこと知ってるんだよ?」
「熱血男子は、よかったぜ!」
「けっきょく、金解禁ってなんだったの?」
「あ、それ俺も思った。円の価値が上がるとか下がるとか、もうわけわかんねえよ。」
「滝川大先生、俺にもわかるように、易しく解説してください!」
わいわい騒ぐクラスメイトたちに囲まれた僕は、立ち上がってアメリカ合衆国大統領が就任宣誓する時のように右手を掲げた。みんながぴたっと話すのをやめる。おお、なんかオーケストラの指揮者みたいだ。
「金解禁で円の価値がどうこうってところはオレも自信ないんだけど。理解できている範囲でなら解説するよ。ホームルームが終わった後、ちょっと休憩してからさ。どうかな?」
「おおっ、やった!」
「お願いします!」
「さすがは滝川大先生!」
「持つべきものは、頭のいい友達と、ケンカの強い友達と、気前のいい金持ちの友達だよな!」
なんだか聞き捨てならない発言が聞こえたが、うん、無視しよう。
「大先生はやめて、ふつうに滝川、とか行人、って呼んで。」
「りょーかーい!」
「任せといて!」
みんなの返事を聞きながら僕は思う。
クラスのみんなと、良好な関係を築けそうだ。
士官学校生活1日目。いいスタートが切れたかな、と。
<注意>
この小説には、1931年勃発の満州事変、1932年の五・一五事件を題材にした歴史の記述がありますが、事実として伝わっている歴史に創作を織り交ぜた作り話で、歴史的事実と大きく異なる箇所がいくつもあります。
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