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小説 高校生戦隊ヒーローズ 22. 補習3

6月11日、日曜日。
先週の日曜日に続き、中間考査の補習2日目だ。
朝食前に春行先輩に稽古をつけてもらい、先輩といっしょに朝ごはんを食べ、今日もおやつの甘夏つきのお弁当を受け取って登校した。


数学の補習が行われる1年6組の教室に到着し、まだ誰も来ていない教室で先週の補習で解いたプリントを見直す。
先生の真似をして書いてみた回答は、なんだか自分が書いたとは思えないくらいかっこいい。証明の最後の「Q.E.D.」、これで「証明終わり」という意味なんだとか。
僕がその回答を矯めつ眇めつ見ていると、中村先生が教室にやってきた。

「一ノ瀬はまだ来てないようですね。」

「あ、おはようございます、そうですね。」

「では、一ノ瀬が来るまで滝川はこのプリントをやっていて下さい。」

そう言って先生が渡してくれたプリントにはずいぶんと絵が多い。

「図形の問題ばっかりじゃありませんか?」

「ええ、今日は図形の問題を、少し違った切り口で見てみようと思っています。」

「図形の問題にも、別解がたくさんあるってことですか?」

尋ねる僕に先生は笑う。

「そう言っても間違いではないですが。このあと一ノ瀬が来たら説明しますよ。」

はぐらかされてしまった。
気にはなるが、すぐに分かることだ。
気持ちを切り替えて改めてきちんと問題を見る。

問1 2つの円$${(x-p)^2+y^2=q^2}$$と$${x^2+y^2=1}$$の交点を求めよ。

問2 2つの円$${(x-a)^2+(y-b)^2=r^2}$$と$${x^2+y^2=R^2}$$の交点を求めよ。

問3 半径$${R}$$の円と半径$${r}$$の円の交点を求めよ。

問4 ・・・


問2は中間試験の問題そのものだ。
問1も座標の位置は違うものの問2と同じく円同士の交点を求める問題で、問2よりも計算が簡単そうだ。中間試験の問題が問1の方だったら僕も赤点回避できたんじゃないだろうか・・・?と不毛なことを考える。

ともかく、問2の解き方は先週の補習で把握済みだし、問1は問2と考え方は同じでより簡単そうだ。先生の意図を読むのはいったん脇において僕は問1に取り掛かった。

そして問1の解が求まったところで一ノ瀬が教室に駆け込んできた。

「すみません、遅れました!」

あ、今日もアホ毛は健在だ、彼の動きに合わせてひょこひょこ揺れている。僕が手を振ると彼もにこっと笑う。

「一ノ瀬、日曜日の補習で出席日数に影響しないとは言え毎回遅刻するのは感心しませんよ?」

そう言う中村先生に顔を引き締め直立不動で「はいっ!すみません!」と言う一ノ瀬。身体は頭のてっぺんからつま先までびしっとしているのに、ちょうど吹きこんだ風に揺られてアホ毛がゆらゆらしている対比がおかしくて、僕はついにやにやしてしまう。

「では2人とも揃いましたし始めましょうか、一ノ瀬も席に着きなさい。」

それに「はい。」と返事をして一ノ瀬が僕の隣の席に座ると、さっそく中村先生の解説が始まった。


問1を解いた後。
その横に新たに$${x}$$軸と$${y}$$軸を描き、問2にある2つの円を描いた中村先生は僕たちの方を向く。

「さて・・・問2は問1と実質的に同じ問題だということを今から示します。」

そう言って先生は2つの円の中心を結ぶ直線を引き、その端に$${X}$$と書く。

「新しい軸、$${X}$$軸を導入します。」

続けて図中に書いてある円の半径を表す文字$${R}$$、半径$${r}$$を消して1と$${r/R}$$に書き換えた。

「$${R}$$を単位長さ、つまり長さ1とする新しい単位を導入します。」

そして中心が原点にない方の円の中心位置に $${p=\frac{\sqrt{a^2+b^2}}{R}}$$ と書き込む。

「 問1と同じ形になりましたね。」

「ホントだ・・・」思わず感嘆の声が漏れてしまった。

「確かにそうかもしれないけど・・・」納得しきれていない様子の一ノ瀬に、中村先生が尋ねる。

「一ノ瀬はどこが気になっていますか?」

そう聞かれた一ノ瀬はうーんと唸る。

「うまく説明できないんですけど・・・」

言葉が出ない様子の一ノ瀬に代わり、僕が言ってみる。

「新しい軸とか、新しい単位とか、勝手に作っちゃっていいの?って思っているんじゃない?」

すると一ノ瀬は我が意を得たりと頷く。

「そう!それ!」

先生は軽く頷く。

「きみたちはまだ学生ですし与えられた問題を解く訓練をずっと受けてきたからそう考えてしまうのも無理ありません。ですが、軸にしろ単位にしろ最初に考えた人が必ずいます。最初に考えた人がなぜそれを考え出したかと言えば、それを使えば便利だったからです。考えを整理しやすい、説明しやすい、理解しやすい。
座標軸も単位も思考を助ける道具です。道具ですから適切な扱い方はありますが、道具なのだから使いやすいように使った方がいいんです。
問2の例で言えば、2つの円の中心を結ぶ直線上に軸を設定した方が便利ですよね。」

まだうーんと言っている一ノ瀬に先生は言う。

「では問3を見てください。『半径$${R}$$の円と半径$${r}$$の円の交点を求めよ。』この問題、どう解きますか?」

それに一ノ瀬は「ああ!」と納得したような表情になる。

「問1と同じような座標軸を設定して考えると思います。」

僕も同意見だ。

「問題で与えられた条件にどうしても縛られちゃうけど、別にそれに拘る必要はないんですね。」

僕がそう言うと先生は頷く。

「そういうことです。少し視点の位置を変えてみる。今回の問題で言えば、座標軸の位置を変えてみる。それひとつでずいぶん課題の見通しがよくなることもあります。視点の位置を変えてみるというのは数学ではもちろんですが、様々な場面で応用できますよ。」

なるほどこれが最初に先生が言っていた「違った切り口で見る」か。
この補習すごい。
おもしろい。
試験で赤点取って数学に対する苦手意識があったけど、いつの間にかすっかり霧散していた。


午前の補習が終わり、僕はお弁当を持って一ノ瀬の席に移動する。

「一ノ瀬も山中みたいにお寝坊さんなの~?」

にやにやしながら尋ねる僕に、

「いや、土曜の夜は寝るの遅くなるから・・・」

と歯切れ悪く答える一ノ瀬。
ああ、週に1日しかない休日前夜。
夜更かししたくなる気持ちは良くわかる。

僕がそう言うと彼は曖昧に笑う。
ちょっと違うらしい。

「ま、とにかく、ごはん食べよ、ごはん。今日も甘夏あるよ~。」

そう言いつつ弁当のふたを開ける。
押麦がたっぷり入った白いご飯に、鰯の生姜煮、卵焼き、オクラの胡麻和え、鰹節の乗った焼き茄子、きゅうりと大根の糠漬け。

毎年食事に茄子が出てくるとそろそろ夏なんだなあ、と思う。


先週同様、ごはんを食べながらおしゃべりをする。
僕の方が多くしゃべるから彼が先に食べ終わる。
彼が食べ終わったところで甘夏を出す。

「・・・滝川は指導役の先輩にどんなこと教わっているの?」

甘夏をつまみながら、一ノ瀬が何か思案しているような様子で尋ねてくる。

「毎週日曜日の朝に武術の稽古つけてもらってる。柔道の受け身、剣道の素振りと試合、あとは宮城のまわりを走った時もあるよ。」

「他には?」

「背が大きくなるように、っていっしょにおやつの煎り大豆買いに行った。」

「他には?」

「寮生活で疑問があった時とか困った時とかに相談したり。」

「他には?」

おや「他には?」が3つ連続して来たよ、なにか気になることでもあるんだろうか?でも特に他には思いつかない。いっしょにごはん食べたり、先輩の部活(音楽部)に遊びに行ったり、は指導ではないし。

「他はないと思うけど・・・一ノ瀬はそれ以外のこと習ってるの?」

僕がそう尋ねると彼は俯いてしまった。
え、そんなへんなこと聞いた?
僕が困っていると、一ノ瀬は顔を上げて何か意を決したような表情で言う。

「保健体育、とか・・・」

「ほけんたいいく?」

想定外の文言につい棒読みでオウム返しをしてしまった。
けがの応急処置とかだろうか?

「包帯の巻き方とか?」

そう尋ねると首を振る。

「そうじゃなくて・・・エッチなこと。」

「えっちなこと。」

これも予想の斜め上過ぎるし具体的なことがまったくわからないので棒読みオウム返ししてしまう。

えっちなこと。
小学生の頃、同級生の男子が女子のスカートめくりをしたことを思い出す。その男子はクラス中の女子に吊し上げられて、いったいなぜそうなったのかまったく理解できないのだがすっぽんぽんで裸踊りされられる羽目になっていた。スカートめくりの代償としては苛烈過ぎやしないだろうか?しかしそう主張したところで受け入れられるものでもないだろう。僕にも姉がいるからわかるけど、女性というのは怖い。基本、報復は10倍返しなのだ。

しかし、えっちなこと。
なんだろう。
裸踊りを思い出したらそれが頭から離れなくなってしまった。みんなの前ですっぽんぽんになって裸踊りさせられたのだろうか?
いやでもそんなことしたら絶対噂になるだろうし。
僕のクラスにも玄武寮所属のクラスメイトがいる。彼はけっこうおしゃべりだからそんな話があれば黙っていられるとは思えない。

一ノ瀬が指導役の先輩に教わっていることというのはよくわからないが、それが彼の負担になっていることは今の彼の様子を見れば想像できた。
なので僕は少し切り口を変えて質問してみた。午前中の授業に即して言うなら、「座標軸の位置を変えてみる」だ。

「それって指導役の先輩に、やりたくないことを強要されているってこと?」

「そう!そういう理解で間違っていない!」

その言い方からして完全に正しい理解とは言えないようにも思えるが、今はそこに拘る必要はないだろう。

「やばいじゃん!それ先生に言った?」

再び俯く一ノ瀬。

「言えないよ・・・。」

確かに、高校生にもなって先生に告げ口というのは抵抗があるかもしれないが。だが放置していいことではないだろう。

「午後の補講が終わったら、朱雀寮に行こう!春行先輩に相談する!」

「春行先輩って・・・?」

顔を上げてそう尋ねる一ノ瀬に「オレの指導役の先輩。」と返し、こう付け加える。

「頼りになるから。朱雀寮の運営委員長もやってるんだよ。」

一ノ瀬が頷くのを確認して、僕も甘夏に手を伸ばす。

そして甘夏を堪能しながら考える。
ひょっとして、先週も今週も一ノ瀬が朝遅れてきたのは、毎週土曜日の夜に指導役の先輩にいじめられているから、なのだろうか?
僕の周りにはいい先輩しかいないからすっかり忘れていたけれど、ここは士官学校、上官の命令が絶対である軍という組織の出先機関だ。そんな場所で性格悪い上官にあたったらつらいだろう。
これは最優先して解決すべき事項だ。


その日、午後の補習が終わってすぐ僕は一ノ瀬を伴って朱雀寮に戻った。
この時間なら、春行先輩は運営委員会室にいるだろう。
一ノ瀬の来客手続きを済ませると僕らはすぐに運営委員会室に向かった。



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