小説 高校生戦隊ヒーローズ 4. 初めての武術指導
4月2日、日曜日。士官学校で週に1度だけの休日。
今日は、同室の春行先輩が朝食前に稽古をつけてくれることになっている。制服に着替えて寮の隣に立つ武術訓練場に行くと、すでに春行先輩がいた。目を閉じて正座している。
「おはようございます!すみません、お待たせしましたか?」
僕が声をかけると先輩は目を開いて立ち上がる。
「ああ、おはよう。だいじょうぶ、まだ約束の時間より早いよ。でも、準備できているのなら、もう始めようか?」
「はいっ!お願いします!」
先輩は畳の敷いてある方へ僕を導く。
「今日は行人の今の実力がどれくらいか確認させてもらうのと、受け身の取り方を憶えてもらおうと思う。行人の武術経験は、中学の授業での剣道だけ、だったね?」
「はいっ!」
「受け身はこれから柔道の授業でも習うけど、いちばんの基礎だし、きちんとできるようになれば無用な怪我を避けられるから、どの武術でも役に立つはずだ。だからこれから何回かは前半は受け身の練習をする。いいな。」
「はいっ、わかりました。お願いしますっ!」
先輩は畳の上に正座し、僕に正面に座るように言う。僕も先輩に倣って正座した。
「行人、どの武道でも始まりと終わりに礼をする。武術は言ってしまえば力と力のぶつかり合いだ。相手を尊重する気持ちがなければそれはただの暴力になる。始まりと終わりの礼は、相手への敬意を明確に形として表すものだ。ただ型通りにやるのではなく、常に、相手に敬意を払い、尊重する気持ちを込めてやること。いいな?」
「はい!」
「柔道では、正座して、手を畳の上について頭を下げる。視線の先は相手の手にするといい。背筋はまっすぐ保って、頭を下げる。ではやってみよう。よろしくお願いします。」
先輩が礼をするのを真似して僕も手を畳の上について礼をする。
「よろしくお願いします!」
それから先輩は、ひととおり基礎的な受け身の説明と実践を丁寧に指導してくれて、その後、何回か練習を繰り返した。
「よし、今日の受け身の稽古はここまで。
武術訓練場はいつでも利用できるから、時間を見つけて自主練習するように。」
「はいっ!」
僕の返事にひとつ頷いた先輩は、顔を引き締める。何か、先輩のまとう空気が変わった気がした。
「では次は行人、おまえの実力を計らせてもらう。俺と戦え。」
先輩らしからぬ雰囲気と発言に・・・少なくともこの1週間で僕が先輩に抱いた印象とはかけ離れた言動に・・・僕は戸惑った。
「あの、前に言ったとおり、僕には中学の体育の授業での剣道くらいしか武術の経験がないので、戦えと言われてもどうすればいいのか、よくわからないんですが。」
だが、いつもなら僕の話に耳を傾けてくれる先輩が、今は発言を撤回しなかった。
「それでいい。今のおまえの全力で、俺に向かってこい!」
「・・・」
そうは言われても身体が動かない。僕が今までやったことのあるケンカなんて口喧嘩ばかりだ。僕が固まっていると、先輩の表情がさらに険しくなる。
「おまえが来ないなら、こちらから行くぞ!」
そう言って突進してきた先輩を僕は横に飛んで辛うじて避ける。そして先輩に背を向け逃げ出したがすぐに追いつかれ襟首をぐいと掴まれた。
「逃げるな!」
そのまま腕を掴まれて投げ飛ばされる。さっき習ったばかりの受け身を取って畳の上を転がったのでダメージはなかったが、部屋の隅に追い詰められてしまった。たぶんそうなるように投げ飛ばされたんだろう。迫ってくる先輩を避けられない。必死の僕は、どうやったのかまったく思い出せないが、膝をついている僕を捉えようと屈んだ先輩の肩に両手を置き、そこを支点に倒立、回転して先輩の背後に着地し畳の上をくるんと1回前転して勢いを殺した。
「行人、やるな!」
厳しい顔に一瞬笑顔を見せたものの、再び僕に向かって走ってくる先輩。僕は今自分がやったばかりの行動が信じられなくて呆然としていたので、再び先輩に腕を掴まれて投げ飛ばされ、尻もちをついたところでそのまま組み敷かれてしまった。
先輩は僕を組み敷いたまま言う。
「行人、何をしてもいいから抜け出してみろ。」
先輩は僕の腿の上に乗っかり両手で僕の二の腕を押さえつけている。両手足の動きを完全に封じられている僕は、力任せに束縛を解かない限りほとんど動けない。体格差のある先輩を力任せにどけるなど無理だと思ったが、厳しい目で僕を見つめる先輩は「無理です」と言っても受け入れてくれそうな雰囲気ではなかった。僕はいったん目を閉じて深呼吸して気持ちを落ち着けた後、先輩を見つめ返す。「いきます!」
唯一自由になる腹筋を使い、上半身を起こそうと試みたり身体をひねったりしたが、当然のごとく先輩はびくともしない。何度繰り返しただろう、腹筋が悲鳴を上げて僕は抵抗をあきらめた。
「参りました。抜け出せそうもありません。」
ふっと先輩の覇気が緩んだ。先輩が僕の上からどいて、背中を支えて起こしてくれる。
「すまない行人、無理を言った。」
「えっと、どういうことですか?」
「行人と俺の体格差では、組み敷かれたら行人の負けだ。体格差というのは覆しようのないハンデだから。体格差の不利を覆すには相当な実力差か地の利が必要だ。まだ1年生で伸びしろが大きいとはいえ行人は特に華奢だ。体格差が埋まらない可能性も考慮して、その弱点を突かれない戦い方を身につける必要がある。でもいくら言葉で説明してもその必要性を本当に実感するのは難しいだろう。でもいちど体格差のハンデの理不尽さを体験したらどうだ?絶対に必要だと思うだろ?」
「ああ、そういうことでしたか・・・確かにここまで無力化されると分かれば、絶対に何とかしなきゃと思いますね・・・でも先輩が急に恐くなるし何か怒らせるようなことをしたかとひやひやしました。」
「そこは悪かった。だけど行人を本気にさせるには、俺も本気を見せる必要があった。違うか?」
「違わないです、そのとおりだと思いますが・・・僕、本気になったんでしょうか?先輩と戦えと言われましたが、本気で戦おうとしたんではなく、むしろ本気で逃げようと必死になったような・・・。」
そういう僕の頭にぽんと手を置いて先輩が言う。
「行人は昨日士官候補生になったばかりだ。一昨日まで一般人だったんだから、争いを避けるのは当然で合理的な選択だ。だから今はそれでいい。でも俺たちは士官候補生だ。いずれ軍人に、しかも軍を指揮する立場になる。軍人のいちばん重要な任務は何だと思う?」
「いついかなる場合にも、一般人の安全を確保すること、でしょうか?」
昨日の入学式での校長先生の祝辞を聞けば、容易にこの結論に辿りつくはずだ。僕の答えに先輩は頷く。
「そうだ。そのためには、俺たち軍人は勝てない相手にも挑まなければいけない場合がある。勝つ必要はない。守るべき人たちが、逃げる時間を稼ぐだけでいい。でもいったんは相手に立ち向かう、それが軍人だ。敵わないと思う相手に立ち向かう意志、その意志を支える力や能力、そしていっしょに戦ってくれる戦友を、これからの4年間で育んでほしい。」
「はい!先輩の思い、確かに受け取りました!」
僕の返事に先輩は満足そうに頷いて言う。
「よし、では今日の鍛錬はここまでにしよう。正座して。」
僕は先輩と向き合って正座する。先輩が畳に手を置くのに合わせて僕も畳に手を置き、頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「ご指導、ありがとうございました!」
僕が顔を上げると、そこにはいつもの優しそうな顔で微笑む先輩がいて、僕はひどくほっとした。
「行人、よく頑張ったな。それじゃ、手を洗って、朝ごはんを食べにいこうか。」
「はい!」
先輩に返事をして、先輩と並んで食堂に向かう。
さっきの先輩、威圧感があって荒々しくて僕なんか簡単にひねりつぶせそうな雰囲気で。大人の男の人を本気で恐いと思ったのは初めてだった。身体が大きいのでよけいに恐くて。
兄が本気で怒ったとしてもあの半分の迫力もないだろう。父は父でいつも飄々としていて怒ったところを見せるかどうかすら怪しいし。
さっきの先輩を思い出すと気おくれがする。でもこの1週間いっしょに過ごして徐々に成長していた先輩への信頼感は、今日の武術指導でとても強くなった。強くて、優しくて、言葉や行動の端々に誠実さがにじみ出ていて。
今はまだ守られ、教え導かれる立場だけれど。士官学校を卒業するまでに、この人の隣に立てる男子になろう。僕はそう決心した。
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