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自分の器の小ささに気づかなかった話 — わたしの黒歴史

今日は、時折思い出しては恥ずかしくなる思い出話をしたい。

ここに書いて吐き出すことで、このモヤモヤを成仏させることができれば、少しは楽になる気がするのだ。

どうか、暫しお付き合いいただきたい。


25歳の時のわたしは、当時銀座ソニービル内にあったネイルサロンの店長であった。

1号店で歴史もあり、好立地にもかかわらず長年赤字を垂れ流していたこの店舗を、他店から異動した当月に「収支トントン」にした。

以降、毎月のように売上新記録を叩き出し、わたし自身は社畜街道まっしぐらの人生を謳歌していた。だが、そのときのわたしは、自分の器がいかに小さいかにまったく気づいていなかったのである。

わたしが銀座に異動した理由と“成功”の再定義

かつての銀座ソニービル

わたしは以前、ルミネ北千住店で店長を務め、十数店舗の中で売上ナンバーワンネイリストという地位を築いていた。お客さんもついており、自信は揺るがなかった。

ところが、社長がヘッドハンティングした事業部長(当時40代半ば)が「銀座店を建て直さないか?」とわたしに声をかけてきた。彼は破格の報酬をもらう現場主義のやり手であり、わたしはそのチャレンジを受けた。

結果は上々であった。引き継いだ銀座店は、引き継ぎ当月に目標超えの収支トントンとなり、その後も好調を維持した。数字だけ見れば大成功である。しかし、成功の尺度を“自分自身の売上と店舗の売上”の優位でしか測れなかったとき、別の深刻な問題が生じる。

光のニッパー作戦と社内の熱狂

当時、北千住店と銀座店以外は、パッとしない売上であった。

そこで事業部長が提案したのは、個人売上に応じたインセンティブ制度であった。現金ではなく、ネイリストが本当に欲しがる「光のニッパー(刻印入り)」を報酬にするというものだ。ネイリストにとってニッパーは美容師のハサミのようなもので、切れ味を保つために複数本を持つ必要がある。

相対的に低賃金のネイリストにとっては高価な道具であり、魅力的なインセンティブであった。

現在は税抜36,800円也。

インセンティブ月間が始まると、50名ほどいたスタッフのうち40名以上が目標を達成して光のニッパーを手にした。店内の空気は一変し、スタッフは予約への声掛け、オプション提案、休憩カットまでして稼働を最大化した。

モチベーションが短期間で劇的に上がった瞬間である。

わたしったら、カッコ悪っ!

ここで本題である。
わたしは、トップネイリストであり続けることに固執した。
月の中旬には自分のインセンティブ達成がほぼ確定していたにもかかわらず、個人の月間売上記録を伸ばすことに執着した。

店長としてあるべき行動―スタッフの目標達成を支援し、単価が取りやすい顧客を他のスタッフに任せ、手が空いたときに横からオプションの提案を手伝う―これらを選ばなかった。

「わたしは店長」という立場で、他のスタッフより優れた結果を出す必要がある、と思い込んでいた。「わたしがトップでありたい」という欲望も大きかった。

結果として、数字は出ていたが、リーダーシップは欠如していた。
多分、スタッフにはそれほど好かれていなかっただろう。おそらく、数字で結果を出しているから誰も逆らえなかっただけである。

店休日にはスタッフを自宅に招いて技術トレーニングをしたこともあり、喜んでもらえていた。でもそれだって、わたし自身が店長として店舗の売上を上げるために必要だからやったにすぎない。利他的取り組みのように見えて、極めて利己的であった

「わたし」アピールがすぎた。

器の大きさとは何か — 具体的にできたはずのこと

器の大きさとは、「他者の成功を自分の成功として喜べる度合い」である。

わたしの場合は、今思い返せば、下記のような行動ができたはずである。

✅単価が上がりそうな予約を、達成が危ういスタッフに振る

✅自分のスケジュールを調整して、他者の施術に同席しオプション提案をサポートする

✅フリーのスタッフや異動してきたばかりのスタッフになるべくお客様をふる

✅成功パターンを共有し、スタッフを褒める場を意識的につくる

これらは大きなコストを伴わない。
だが、実行するには“自分のエゴをそっとしまう度量”が必要であり、それがわたしには欠けていた。

学びと現在の行動

わたしの黒歴史は数えきれないほどあるが、転んだままでは終わらせない。失敗経験は学びの宝庫である。

わたしは今、以下の3つを意識している。

成果を数字だけで測らない。チームの状態、信頼関係、成長の度合いも評価する。

役割に応じた行動を取る(リーダーならリーダーらしく、メンバーならメンバーらしくフォロワーシップを大切にする)。

失敗は子どもたちに語ることで昇華する。親としての失敗談は、次世代への贈り物である。

子どもたちに自分の失敗を話すとき、わたしはわざと笑い話にして伝える。

すると、子どもたちは「失敗してもいいんだ」という免罪符を得る。わたしにとってそれは、過去の自分を赦すための小さな作法なのだ。

失敗を資産に変えるための小さな決め事

わたしはまだ未熟である。器が大きいとは言えない。

だが、過去の黒歴史を晒すことで、自分の行動を変えつつある。

以降は、同じような状況に立ったときは、自らが勝ちにいくのではなく、メンバーの成功を自分の誇りとして抱ける自分であろうと努めている。

最後に一つだけ、読んでくれたあなたへ。

完璧なリーダーはいない。だが、他者の成功を喜べるようになるだけで、世界はずっと居心地よくなると思うのだ。

おもしろかったら、“スキ”や“シェア”、お待ちしています!

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