「病んでいる私」をめぐる社会のまなざしと私たちのこれから
SNSを眺めていると、「病んでる私かわいい」「メンヘラな自分を愛してほしい」といった言葉を目にすることがあります。
それは、ユーモラスなつぶやきの一部かもしれませんし、素直な気持ちの吐露かもしれません。
けれど、実際に心の病と向き合っている人や、過去に深い不調を経験した人にとっては、どこか引っかかりを覚える表現でもあります。
「そんなふうに軽く扱われてしまうと、本当にしんどかった自分の時間まで冗談にされるみたいだ」
そんな思いを抱くのは、決して過剰反応ではありません。
ではなぜ、現代において「病んでいる私」を演出する風潮が広がっているのでしょうか。
ここでは心理的な背景や文化的要因、そしてその現象が社会に与える影響について考えてみたいと思います。
1. 承認欲求とSNSの舞台
人が誰しも持っている欲求のひとつに、「誰かに受け入れられたい」「認めてもらいたい」という思いがあります。
心理学者マズローが示した「欲求段階説」でも、人間は生理的欲求、安全欲求に続いて「所属と愛の欲求」「承認欲求」を強く求めるとされました。
現代のSNSは、この承認欲求をこれまでにない形で刺激する環境をつくり出しました。
「いいね」やコメントといったリアクションが、まるで自分の存在そのものの評価に見えてしまう。
そのため、ときに「注目を集めること」が「愛されていること」や「価値の証」とすり替わるのです。
こうした状況の中で、「病んでいる自分」を発信する行為は、注目を集める手段になりやすいのかもしれません。
人は誰しも、自分だけの物語を持っています。
「つらさ」を打ち明けること自体は悪いことではありません。むしろ大切な自己開示のひとつです。
けれど、それが「演出」や「アイデンティティの一部」として固定化してしまうと、少し違和感を伴うものに変わってしまいます。
2. 「苦しんでいること」に価値を見いだす文化
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