【不妊治療のその後】くちばしをもがれたコウノトリ
不妊治療中に書いていたデスノートのしおりには、くちばしのないコウノトリのチャームがぶら下がっています。
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確か、妊活雑誌の付録でした。
コウノトリのくちばしの先に、赤子じみた顔したキティちゃんの入った風呂敷包みがくわえられているやつです。
チャームそのものではなく、このチャームのついたボールペンが付録。
しつこく語っている通り、わたしは文具オタクです。
筆記具にはちょっと……いや、かなりうるさいのです。
最低でもジェットストリームの替え芯が搭載できるようになってから出直してきな、と謎の上から目線でボールペンとチャームの間を引き裂き、チャームだけをデスノートのしおりに結んだことを、昨日のように覚えているわけではなく、今思い出しました。
それで、このコウノトリキティちゃん、当時の妊活界隈では大人気商品でした。
付録ではなく、きちんとした商品としてもストラップが売られたりしていました。
今もそうなのでしょうか。
界隈からフェードアウトして3年ほど経つので、どなたか現在の事情をご存知でしたら教えてください。
「コウノトリのくちばしが折れたら、赤ちゃんが授かる!」
なんてジンクスがまことしやかに囁かれ、わたしも信じてデスノートにつけたり、夫婦でお揃いストラップを買ったりと、何ともいじらしい奥様をしておりました。
ちなみにわたしのストラップは、くちばしが折れるより先に3日で行方不明になりました。マジでどこに行ったかわからん。
そんなある日、デスノートを書こうとカバンから取り出したまさにその時。
コウノトリのくちばしの根元に亀裂といいますか、わずかなヒビと言いますか、そんな気配を見つけたのです。
「お? お? 来たんじゃない? これ吉兆じゃない?」
もうその瞬間からくちばしが気になって気になって仕方がないわたし。
プッチンプリンの底の突起をいじくり倒す要領で、人差し指で上下にグニグニグニグニ……
そう、わたしは幼い頃から、さかむけやかさぶた、畳のささくれ、公園の遊具の塗料の剥がれかけた部分などをいじくり回さずにはいられない人種です。
こんなくちばしを見つけてしまったら、そりゃあ……ねぇ?
触るなって方が無理です。
その瞬間は、思ったよりも早くやってきました。
指先に伝わる感触が突如軽くなり、気がついたらコウノトリ本体から切り離されたくちばしwith赤子コスキティが、わたしの汗ばんだ人差し指にくっついておりました。
ペイントがはげかけ、わびしさを感じさせる虚な目をしたコウノトリが、何か言いたそうにこちらを見ています。
あの時の目……わたしは一生忘れません。と言うべきところなのでしょうが、目があったエピソードは今思いついて書いたものなので、そんな場面は多分なかった。
そして図々しくもわたしは、デスノートに
「コウノトリのくちばしが折れた❤️ 赤ちゃん来てくれるかな❤️❤️」
などと記したのでした。
折れたんじゃなく、お前がもいだんだろうなんて心の声は無視。都合の悪いことは全部無視!
こうして振り返ってみると、あの当時のわたし、本当にいじらしく可愛いなって思います。
こんな付録のチャームにすら望みをかけて、「折れた❤️」なんて喜んでいるのですから……。
でも、それだけ追い詰められていて、そんな小さなプラスティック片にまで願いを託さないと心のバランスが取れなかったんだろうなとも思います。
6年前の出来事です。
こうやっておもしろがって世界にご開帳できるようになるまで、わたしは6年かかっています。必死になればなるほど、産めなかった傷は簡単には癒えないでしょうし、一生かかっても語れないという人もたくさんいると思うのです。
だから、発信できる程度に回復したわたしは、当時の奇行も苦しみも、全部一方的に語るって決めました。
何が当時苦しかったかというと、
「治療を諦めた人のその後」
の情報があまりにも少なかった。
病院のホームページにも、個人ブログにも、不妊治療に成功したお母さんの喜びの声、みたいなのは溢れていたけど、その裏でひっそりと涙を流して去っていった人たちも確実にいるはずなのです。
そういう人たちが、その後どのように生活し、どのように覚悟を決め、どのように子どものいない人生を歩いているのか。
わたしという一個人の経験でしかありませんが、わたしは今、それなりに楽しく、日々起こるいろんな出来事をおもしろがって生きています。
不妊治療を諦めたからといって、人生から面白みが消えるわけではないよ。
