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AGAクリニックの広告でわたしのバイアスに気づいた話

ボイトレに向かう道の途中、いつも目にするAGA治療を行っているクリニックの広告があります。
男性医師が二人並んでいる構図なのですが、ひとりは黒々としたお髪をもち、もうひとりは……

いや、自分は治療しないんか。

思わずツッコミを入れてしまうのです。

ですが、日々綴る手書きノートが、毒吐きデスノートから自分を深める内観ノートへと成長したわたしは、最近はたと気付きました。

そもそも、AGA治療クリニックのお医者さんは、豊かなお髪をもっていないとダメなのか……?

眼科医だって視力矯正をしてるだろうし、内科医だって風邪のひとつやふたつひくだろうし、整形外科医だって骨折したことくらいあるだろうし……

では、なぜ、クリリン的AGA医の時にはモヤモヤしてしまうのか、ということについて、深掘りしてみました。

ひとつは、AGA治療というのはしなくても、特段命や健康に関わるものではないから。
見た目に関わる部分をどうにかする、というのが治療の趣旨であり、他の病の治療に比べ、趣味性の高いものであるとわたしは思っています。
だったら、有効性を自分で示すためにも、AGAのお医者さんは尚更、ふさふさであって欲しいという押し付けがありました。
高須先生だって、新しい技術は自分で試すって言ってたし。

もうひとつは、自分で選択しない治療を患者に施すのか、という不信感のようなものです。
眼科のお医者さんはレーシックをしない、という話を聞いたことがあります。
わたしは裸眼視力は両目で0.1未満というド近眼ですが、その話を聞いた時に「レーシックって怖いなぁ、やらんどこ」と思いました。
同じような感覚を、ゆで卵みたいなお医者さんのAGA広告を見た時に覚えたのでした。

では、AGAをひとつの疾患として捉えた時にはどうでしょうか?
あばれる君みたいなお医者さんに治療をお願いする、ということに、特別な意味付けをしていないでしょうか?
メガネをかけた眼科医に診てもらうのは、嫌でしょうか?
年齢相応に毛穴やシミ、シワのある皮膚科医に診てもらうのは?
花粉症で鼻セレブが手放せない耳鼻科医にかかるのは?
クロちゃん似のAGA医にかかるのと、どのような差があるでしょうか?
特別な意味付けをしているから、「ええ……」と思うのです。

天津飯と同じ髪型のAGA治療のお医者さんがいてもいい、という結論を得ることができ、モヤモヤやツッコミを入れたい衝動を手放すことができました。
これでわたしの思考の容量がまたひとつ、増えました。

めでたしめでたし。

……いや、なんの話。

参加してます。15日目。