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自分の書く文章が、わたしは大好きです

わたし以上にめぐみティコのこと推してる人、世界中どこ探してもいない。

あのねぇ⋯⋯正直、こんなことを書くと嫌われそうだし、記事にするのは0.5秒くらい迷ったのです。
でもね。

「あ?  嫌われそうだからって書くのやめんの?  ならアカウント削除すれば?  発信する以上はどんな内容でも絶対誰かには嫌われるけど、ウチらそんなの気にするほどショボい女だっけ?」
「てゆうかさぁ、書きたいことだけ書いてりゃいーじゃん? そしたらその都度ティコねぇわって思った人から離れてくんだしさ、最終的にはウチらのことが好きって人だけ残ってWin-Winじゃん」

という内なるギャルが話しかけてきたので、なるほど、と納得し今日の記事にすることにしました。

書けない、とか、わたしの文章需要なくね?  みたいな心境になったことは幸いにして今までなく、どんなテーマも割と楽しんで書いてきました。
泣きながら書いたことは何度かあったけど、それは「うわっ⋯⋯わたしの文章、ゴミすぎ⋯⋯?」「こんなの誰も読まない」という涙ではなく、

「うわぁ過去の自分可哀想ー!  よくここまで大きくなったね」
「うんうん、共感してもらえて嬉しかったんだよね。でも辛いんだよね。わかるー」

の涙でした。
改めて文字にすると馬鹿みたいだけど、自分で自分に感情移入していたんだよね。

ほとんどの記事の主語は「わたし」。
書き手である「わたし」と同一人物なんだけど、主人公の「わたし」とは別人格なんだと思うのね。
書き手ティコがちょっと離れたところから主人公ティコの心の動きを見て、そこに共感したり、ツッコミを入れたり、時々冷静に観察してみたり、そんなふうにして書いています。

今まで書いてきたものを読み返してみても、結構面白く読んでるんだよね。
書いてるときのテンションとか気分とかを思い出して、執筆中の気持ちを追体験して、1回の記事を2度も3度も美味しく味わっています。
読み返す時間は、いただいたコメントを見返してニヤニヤできるというおまけつき。

最近は、「このネタあの人好きそうだな」とか「この話、あの人に笑ってもらいたいな」という具体的な相手を想定しながら書くようにもなっています。
コメントで、ときには記事に対してのアンサー記事で、そしてマガジン追加という形で、わたしとたくさんお話してくださる方がいるから、具体的な読者を想定して書けるようになってきたのです。

心理的安全性、という言葉があります。
noteで言えば、「何を書いても大丈夫」「どんな発信をしても見守ってもらえる」という状態のことです。
今のわたしは、心理的安全性がこれでもかと確保された状態にあると思っています。
いつもわたしと遊んでくれるあなたに、たくさん甘やかしてもらった結果でもあります。
どんな話をしても面白がってくれるあなたがいたから、わたしはnoteに毎日ログインして、2ヶ月間毎日しょうもない話ばかりしていられるのです。

自分の文章が大好きで大好きで大好きで、書きたいことしか書いていませんが、あなたとこのニヤニヤワクワクを共有したいとも思って書いています。
一緒に楽しんでもらえたら嬉しいなと思って書いています。
本当に書くことが楽しい。毎日楽しくて仕方ない。
この毎日は、あなたがわたしにプレゼントしてくれたものです。
本当にありがとう。大好き。

17日で、アカウントを作成してからまる2ヶ月になりました。
この記事をこの2ヶ月間の総括として。
たくさんの感謝と(アラフォー女のでよければ)キスをこめて


Special Thanks

朱祥ねえさま💐


まっ子さん🐕


ヨッシャマンさん🎩


マイトンさん👓


コニシ木の子課長🍄


もこぺん氏️️️⛅️


ミルコちゃん🦄


参加しています。60日め

最終日にもすでに完走した先達のような感動的な記事ではなく、いつも通り与太話を書いてる気がしてならない

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