わたしが心を抉りたい相手は、「あなた」じゃない。

話題になっているときには何も引っかからなかったのに、数年の時空を超えてぶっ刺さりに来る楽曲、と言うものがある。
そうした楽曲に込められているのは、今のわたしに必要なメッセージなのだと受け取り、しばらくリピートすることになる。
今、わたしの中で一大ブームを巻き起こしているのが宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』。
暇を極めた休日の午後、出かけるという夫についていった店の有線で流れていた。


今日私は一人じゃないし
それなりに幸せで
これでいいんだと言い聞かせてるけど

真夏の通り雨/宇多田ヒカル

これまで3ヶ月、毎日更新を続けてきました。
書いたら書いた分だけ満たされて、本当に楽しかった。
でも、それは自分で自分の首を優しく絞めているだけ。
そのことに気がついていませんでした。

「面白かったよ」
「お腹抱えて笑った」

そんなコメントを頂けると、本当に嬉しかったです。
いつも読んでくださって本当にありがとうございました。
でも、そうした記事を連発していくうちに、「笑えるものを書き続けないといけない」と自分で自分に呪いをかけていました。
ぬかるみに足を取られて身動きが取れなくなった。

誤解してほしくないのは、コメントやわたしのことをご紹介いただいた記事が負担だったということでは断じてない、ということ。
完全に自分の中にあるものとキャパシティを見誤っていた自分の責任です。
コメントや紹介記事は本当に嬉しかったし、宝物です。
スクリーンショットを撮って見返しています。


勝てぬ戦に息切らし
あなたに身を焦がした日々
忘れちゃったらわたしじゃなくなる

真夏の通り雨/宇多田ヒカル

わたしが書くことで本当にやりたかったことって何? って原点に帰ることにします。

それは、笑いをとることでも、下ネタを連発することでもなく、ただただ、わたしの生きている世界、見ているものを言葉でパッキングするということ。
そんなことを、一昨日の記事で書きました。

心を抉りたいんです。
痛いところをつきたいんです。
「真っ黒い沈殿物を内包してなお、わたしは満たされている。何も欠けていない」と見せつけてやりたいんです。
それを忘れて、自分の軸がブレていたとこの文章に向き合って気がつきました。
わたしが心を抉りたい相手は、「あなた」じゃない。
「わたし」です。どん底にいた「わたし」です。
その副産物として、面白がってくれる人がいたらそれでいい。


夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまであなたがいた未来
たずねて 明日へ

真夏の通り雨/宇多田ヒカル


書くことはやめません。
書かなくてはならないことが、わたしにはあるからです。
自分のために。

わたしにブッ刺さる文章を書くために、ちょっと修行してきます。
いつ戻るかはわかりません。
来週かもしれないし、来月かもしれないし。
でも戻ってきたときのわたしは、もっとすごいものが書けるようになっているはずです。

だって、わたしは書くことを選んだんじゃなく、書くことに選ばれたのだから。
それがわたしの天命だから。理屈じゃない。

では、行ってきます。





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