成人に際して feat.服装規定と私の自意識/NCT WISH "Baby Blue"をそえて
ちょっと🈂、愚痴、いいカナ❓✨
成人式の後の、同窓会のことなんだ㌔(くりまん構文無知につき、最低な聞きかじり的流用)
①綺麗めな服装
(例)男子はスーツ、女子はドレス
②カジュアルな服装
(例)普段大学に行くような服、ジーンズ等
綺麗めな服装の場合は基本的には服装指定となり統一感を出すためにジーンズやスウェットなどの服装はなしとさせていただきます
という投票がきたのね。
ドレスじゃないにしてもなんかこう、綺麗めな服はこんな感じ、みたいな写真が後から送られてきて。
きしょすぎ。
ジーンズやスウェットって、綺麗じゃないんだ。汚いんだ。労働者の服は、部屋着は、汚いんだ。ああ、そうですか。
で?女子は女子らしく、男子は男子らしい格好をしなきゃいけないんだ。
めちゃめちゃ腹立つので混乱してんだけど、何がどうきしょいか、おれに解説させて。
①なんでお前が決めるねん
あのね、会場がすごくgorgeousだったら、もちろん甘んじて受け入れますよ。
でもそうでもなくて、カジュアルでもいいんだったらさ、
着てく服くらい、自分で決めさせろよ⚓(いかり)
つーか綺麗な格好したいんだったら自分らで勝手にやってればええやん。まきこまれたくないよー
どうせインスタに集合写真を顔かくしてのせるためでしょーその欲望が透けて見えるのが嫌なのよねー
中学校の時のもやもやmemories✨(非riize)蘇ってきて滅。
あの強権政治(←あまりにも人文的な語の運用)、嫌だったなあ。まあ別にあの人らとトラブったことはないけど。口論はしてたな(トラブってるじゃん)
②配慮、という言葉、知ってる???
お金がなくて買えない人、いるでしょ。
私みたいに、性があいまいな人(特に服について!!!!!!!!)(制服のスカートはかわいいからおっけー、でも今回のは私的にはださいから死ぬ)とか。
似合わなくて爆死しちゃうと心配する人とか(私のお友達はこれを嘆いています)。
そういうこと、考えたことあります?????
てか今の時代で若者なのにそんなこともできないの❓
いいから(ジェンダー論やインクルーシブについて)勉強してください!!(c.v. 河野玄斗)
④結婚相談所とか合コンとかみたいでしぬ
服が男女で分けられると、こんな雰囲気もでちゃうよね。うちらってそんなに肩ひじ張って顔合わせる雰囲気じゃないのに。鼻水垂らしてたやん。数年前まで。一緒に。
⑤(①に関連して)結局はマウントでしかない
そういう服が似合う人
似合わない人
賛同者は前者
他は後者
我々後者は、前者の輝きのために、傍らでしぬ。
社会の、縮図ですよ。
でも逆に、もし全く服装規定がなかったら、私は私を私の私服(頭痛が痛い)でマウンディングしていただろうから、同じことなのかも?
きしょいのは私だったのか
私の実家はか細い。(小)太りのあやつらには想像できないだろう。塾に行けず、お前らの嫌いなピアノだって習えなかった。習いたいなんて言えなかった。やりたいコトや買いたいモノがあってもそれをそのまま素直に伝えられるような状況じゃないってなんとなく察していた。
また、私は(中性的でメインストリーム対抗型の両親の影響もあり)「女」として振舞うのが難しい。服とかね。それでおまけに顔もそんなによくないわけ。
父の死など、強烈すぎる経験もしてきた。
そんな私は、ふつうの20歳女性におそらくなれないのです。「ふつうになれない」という自意識はきっと幼稚園のころからあって、小中高と強化され、大学での勉強を経てさらに強固な檻となった。その檻の中は本当になまめかしく幻惑的で、私はいつもうっとりとあほ面をしている。暖かく過ごしやすい。
一方で、たまに、その檻のせいで、手や足をのばせなくなったり、視界に障害物が現れたりする。そんなとき、私はいつも、「檻の中が本当で、その外が偽りなのだ。私のいるところのほうが、価値が高い。あいつらが、馬鹿なんだ。あいつらが、私に合わせろ」という大変な暴論を平気で口にする。
そんなこんなで、おしゃれな私服を着た貧民層の私が、今やあいつらと逆転してしまった学歴をちらつかせながら、場においてちょろちょろと動き回る~そのような構図ができていたはずなんです。本当は。
でも、それが打ち壊されたんです。
それで騒いでいるだけなのです。
きしょいのは、お互い様でした。
でも20歳やそこらの人間ってそんなもんではないでしょうか。
いや、それは年齢関係なくだいたいの人がそうか。
大人になるということは自意識を肥大させることにほぼ等しくて、
だからこそ人はみな、まだ染まり切っていなかった青春(とはいえ、独特のきしょさを孕んではいるが)というものを回顧するというのか。それで、大人は
クライシスに常に直面しクライシスを抱えながら歩いて行けというのか。
麻痺した結果、いつのまにかクライシスへの感度が落ちていくのだろう。それが老いていくということなのか。
大人になるとは、成人するとは、どんどん人を受け入れられなくなって、付き合う人種が限定的になっていくことなのだろうか。
たまにこうやって苦しいとしても、
私には別にそれで構わないかも知れなかった。
青春時代(学生、とくに高校生までか?)や少年期の出口(もしくは、はざま)にちょうど立っている楽曲、NCT WISHのBaby Blueです。
コメント欄も含めて「作品」です。
You, you, my baby blue
You, you, my baby blue
ここで「You」とは、おそらく青春時代や少年期の「自分自身」を指しているのでは、とZACは考えます。
青春をうたう曲に見せかけて、かえって「大人」とは何者なのか、ということが浮き彫りになっています。
この曲のうまみが分かるのは、おそらくとっくに制服を脱いだ人々なのでは、青春や少年期の渦中の人びとにはただ「エモい」だけなのだろうな、などとつぶやく。
サムネの前田陸さんは、メンバー内で唯一一般人として高校まで通って卒業した人物であるというのにも、一人だけ制服のようなものを着ているのにも、おそらく重要な意味がある。
変わっていく自分、そして周囲。変わらざるを得ない、でも変わらない部分もあって。もがきながらも、大人に向かっていく自分を止められない怖さが、マイナー進行のメロディーと絡み合う。
それでも彼らは、いつかの日の「Baby Blue」な自分に、きっといつでも戻れる、いつか会えると信じてやまないのだ。
私だって今やもうその一員なのであった。
成人に際して・完
