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50代になると見えてくる家族のかたち



久しぶりにSNSを眺めていたら、吉本ばななさんの有料noteが話題になっていた。

家族の問題について書かれた記事らしく、多くの人が感想を書いていた。

私は記事そのものは読んでいない。

けれど、SNSで流れてくる感想や要約を眺めながら、いろいろ考えてしまった。

最初は少し気持ちが沈んだ。

家族の問題というのは重たい。

しかも有名作家の家族の話となると、たちまち多くの人の話題になる。

けれど、しばらく考えているうちに、あることに気づいた。

話題になっている内容そのものは、実はそれほど珍しい話ではないのかもしれない。

夫は母親と会いたくないと言う。

友人は母親との関係に悩みながらも近くに住み、世話をしている。

別の友人は父親と絶縁状態だと言う。

思い返してみれば、私の周りにも親との関係で苦しんできた人は少なくない。

たまたま今回は、それを書いた人が吉本ばななさんだった。

有名作家であり、著名な思想家を父に持つ人だったから、多くの人が関心を持った。

けれど内容だけを見れば、どこかで聞いたことのある話でもある。

人生の後半になると、親の介護や兄弟姉妹との関係、お金や住まいの問題が出てくる。

若い頃の恋愛や仕事の悩みとは違う種類の現実だ。

そして、その問題は必ずしも家族だけで解決できるものではない。

行政や福祉の力を借りることも必要になる。

私は、自分の能力以上に誰かを背負おうとすると無理が祟ると思っている。

なぜなら人生はその人のものだからだ。

助けることはできる。

寄り添うこともできる。

けれど、代わりに生きることはできない。

だからこそ、できる範囲で関わるしかないのだと思う。

今回の件を見ていて、もう一つ考えたことがある。

それは作家とnoteの関係だ。

昔なら、こうした内容は出版社を通して本になっていたかもしれない。

出版社は収益を分け合う代わりに、作家を守る役割も持っていた。

編集者がいて、法務がいて、クレームの窓口もあった。

しかしnoteでは、作家と読者が直接つながる。

収益は大きくなるかもしれない。

けれど批判も誤解も直接届く。

今回のように家族を巻き込む内容ならなおさらだ。

それは相当な覚悟が必要なことだろう。

SNSでは、記事の内容を切り取りながらインプレッションを稼ぐ人もいる。

読者が増える一方で、傷つく機会も増える。

私はそれを少ししんどく感じた。

けれど、その一方で希望も感じている。

もしプロの作家たちがnoteに進出し、小説やエッセイ、詩を発表するようになったらどうだろう。

書店が減り、文芸誌も少なくなった時代だからこそ、新しい文学の発表の場になるかもしれない。

もちろん無名の書き手には競争が厳しくなる。

YouTubeに芸能人が参入した時のように。

それでも読書人口が増え、文学に触れる人が増えるなら悪いことばかりではない。

文化の厚みは、多様な人が参加することで生まれる。

有名作家も無名作家も同じ場所にいて、読者が行き来する。

そんな場所になったら面白いと思う。

SNSを見ていると、人を批判したくなることがある。

けれど今日は、少し違うところに着地したい。

渦中にいる人の幸福を祈ること。

それもまた一つの態度なのかもしれない。

別れた人を思い出した時、憎しみよりも相手の幸せを願った瞬間に、心の中の黒い雲がすっと消えたことがある。

今回も同じだ。

私は吉本ばななさんの記事を読んでいない。

だから誰が正しいとも言えない。

ただ、どうかご本人もご家族も、少しずつ穏やかな方向へ向かっていけますように。

そんなことを思った夜だった。

「キッチン」も「TUGUMI」もとても好きな小説だった。

何年かして、今回の経験が昇華した作品が生まれたらいいなと
そう思うのだった。


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