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“おはぎゃーの朝“に、クラスのカーストからこぼれた私が株式市場で安心する理由


おはぎゃーの朝に、ふと思い出す夢がある。
体育の授業で、「仲の良い人と二人組になってください」と言われる夢だ。
あの一言で、教室の空気が変わる。

体育の授業で、先生が言う。

「仲の良いお友達と二人組になってください」


皆が一斉に顔を上げ、周囲を見回す。まるで恋人を探すように、さりげなく、しかし必死に。

すぐにペアができていく中、取り残される時間がある。
誰とも目が合わないまま、周囲だけが決まっていくあの感覚。

「やばい、今日も一人だ」と、胸の奥が静かに冷える。

やがて先生に呼ばれ、“余り者”同士で仮のペアが作られる。

形式は整うが、そこに安心はない。

組体操が始まる。
体を動かしながらも、意識はずっと別の場所にある。

時計ばかりを見て、早く終わることだけを願っている。

目を閉じて、これが夢だったらいいのにと思う。

そして実際に、これは夢として繰り返される。

五十を過ぎた今でも、よく見る夢のひとつだ。

順位をつけるなら堂々の三位。

ちなみに
一位は、夏休みの宿題を終えないまま九月一日を迎える夢。
二位は、中間テストの日を忘れて登校する朝。

どれも「間に合わない」「取り残される」感覚が共通している。

思い返せば、学校という集団の中で過ごす時間は、自分にはあまりにも窮屈だったのだと思う。

うまく馴染めるか、浮かないか、あぶれないか。

春になると、新しいクラスでどう振る舞えばいいのかを必死に考えていた。

遠足では、誰と弁当を食べるか、どうすれば自然に輪に入れるかを事前にシミュレーションしていた。

あの頃の私は、頑張っていたのだと思う。

誰に評価されるわけでもない場所で、ただ居場所を確保するために。
今の自分より、よほど消耗しながら生きていた。

それに比べれば、今の生活はずっと静かだ。

好きなことをして、無理に誰かに合わせる必要もない。

もちろん不安がないわけではない。

例えば市場が下がることもある。


おはぎゃーな朝の株価


でも、少なくとも市場は、私を仲間外れにしたり、笑い者にしたりはしない。

私が株式市場を好きなのは、人格を否定されないからだと思う。
どこの大学を出たかも、性別も、経歴も、何も問われない。
ただ、上がるか下がるか、それだけがある。

もちろん容赦はない。
上がるときもあれば、下がるときもある。

でも少なくとも、
そこには“あなたは余っている”と言われるような種類の評価は存在しない。
それが、私にはどこか安心できるのだと思う。

そう思うと、大抵のことは大した問題ではないように感じる。
あの頃の自分に比べたら。

あのとき感じていた不安や孤独は、今も完全に消えたわけではない。

ただ、あの時間を通ってきたからこそ、今の穏やかな日常を受け取ることができているのだと思う。

特別な何かを手に入れたわけではない。ただ、自分に合う場所と速度で生きているだけだ。

それでも、それで十分だと、今は思える。

おはぎゃーの朝。
私は、楽天口座を開かない。

(今日は少し上がってるけど、相変わらず不安定な米株市場ですね)


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