『重力』書き手の顔とか関係ないは本当か?既存の作家や文壇への警笛
別に顔はいいからどうだとか、顔が悪いからダメだとか言っている訳ではないんですよ。
特に、本や書き物であれば、書き手の顔とか関係ないですからね。
それは重々承知なんですよ。
まあ実際、自分も顔出してませんし。
ただ、これは出せない訳ではないんですよ。まあ色々、各方面から敵視される事も万一あるかもしれないので、出さなくていいだろうという事です
防衛コストかかっちゃいますから。
例えば、なんかの間違いでニュースかなんかになっちゃった時に。
見た目がよければ、よほどの信念を持って動いた。
見た目が悪ければ、ぶさいくの僻み。
そういう現実はありますから、できるだけ痩せたいとは考えています。
夏フェスを通して。
で、顔ですが。これは既存の作家や文壇への警笛なんですよ。
世の中的に、容姿ってけっこう重要度増えてるじゃないですか?
ネットに顔出してる人も昔より増えましたし、普通にSNS観てて、容姿って重要だな~って思う機会増えましたよね。
それなのにね。たまに書店行って、著者のポップとか、本の裏表紙のプロフィールとか見てると、大丈夫かな~って思うんですよね。
世の中的に、容姿への比重が高まっているのに、書き手ってその点、私は関係ないです~。みたいな感じで存在してるよなと。
つまり、世の中的に重力がずれてるのに、書き手は自己の容姿に触れないままなのかと、強い憤りを感じているのです。私は。
実際、容姿わるい人は、正常な判断難しいと思います。
何かを語る時に、背伸びや僻みが入ってしまいますからね。
timeはコンプレックスが特にないんですよ。バカなので。
しいていえば、うーん。探すくらいです。まああああああ。
思いつかないです。うう。うう。まあ、しいていえば。
ああああああ。なんも思いつかないです。
口がね、もうちょっと格好よかったらいいなくらいですかね。
マスクつけた方がかっこういいですからね。多分。
それくらいです。
いやまあ、鏡とか1日1回くらいしか見ないんで知らんのですよ。
ライブで家出る時、少しは身なり綺麗にするようにはなりましたよ。
いやでも、口格好いいっていってもな。
ニヒルで格好いい口だと、いくら良くてもまたバランス崩れるし、それはそれで大変なんですよ。多分。でも口かな。
というような感じでね、容姿悪いのに、世の中のこと書くのってまあまあ難しいんじゃないかと。
例えば、太ってる人は、節制した生活について書けないし、節制した生活を無き者として扱うか、無駄に文が増えそうじゃないですか?
人の事を言えないが~~~。とか。
あ、最近だとあれも最悪ですね。たまにnoteで見かける。
息子はモテます。息子は天才です。息子は特別です。
親バカだとは分かっていますが。
イメージ投影詐欺かと。お前がそう思って欲しい事を子供に押し付けるなと。まあ、そういう事なんですよ。
保険までかけてね、、ふう。
立派なもんでしょ。
頭が良くて顔も良い。怖いのは自分自身。
これもう、非常にクリアな視点からnoteを書きますという、証明でもあるんですね。ぜひ、書き手界隈のみなさんにも見習っていただきたいです。
というか、部活してて、頭部を繰り返しぶつけて顔良くなったのもあるかもなので、部活に感謝かもです。読書ばっかしてたらアカンぞ。
でまあ、容姿悪くなったら教える側に回って、誰か違う人が書いたらいいのではないかと思ったりしました。
