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「カール・ポパーの3世界論」で現代アイドルを考える


■ ラベルが人をアイドルにする

本を読んでて「あれ? これアイドルのことじゃん……」と思うことがあったので、まずそれを共有します。

その虫の死骸にラベルという小さな紙を付ける。そこにはその虫をどこで、いつ、だれが採ったかということだけが書いてある。虫の名前を書いたラベルを別に挿すこともある。さて、ここでなにごとかが生じたのか。ただの虫の死骸が「標本」に変わる。そう変えたのは、なにか。ラベルだ
(略)
一枚の小さなラベルによって、死んだ虫は人間の世界に取り込まれる。その人間の世界とはつまり意識の世界である。科学哲学者のカール・ポパーは世界1、世界2、世界3を分けた。虫の死骸ははじめは世界1つまり物質界にのみ属していたが、ラベルが付くことによって、世界2にも出現したのである。世界1は落合陽一風にいえば、質量のある世界つまり世界プラスであり、世界2は数学や論理のように、どこのだれでも理解する心=意識の世界を指す。現代なら情報の世界と言ってもいいであろう。情報に質量はない。世界マイナスである。世界3はある個人の心の中にだけにあるもので、一般化できない

『時間をかけて考える』(養老孟司)序文より引用

「虫の死骸をアイドルに例えるなよ……」と思う人もいるかもしれませんが、まぁこの人は昆虫採集が好きだからこの例えになっただけ。あまり気にしないでほしいです。

さて、それより面白いのは【目の前に存在する物体にラベルを付与すると、情報の世界の存在になる】という点です。

・世界1,2 ~多良たら子の場合~

例えば、【多良たら子】という女性がいたとします
彼女は青森県恐山に祖母と二人で暮らしてる14歳の少女。
祖母はイタコ業を営んでおり、たら子はたまに不意打ちで霊を憑依させる祖母のことを少し怖いなと思っています。
また、祖母は降霊の際にでんでん太鼓を打ち鳴らしながら足でブルーノ・マーズの『Runaway Baby.』をキーボード演奏するのがお決まりでした。
そんな祖母が悪霊に取りつかれ死亡。
一人ぼっちになってしまったたら子は山を降りることを決意。
初めて人里を訪れた【たら子】は驚愕。
たくさんの人、巨大な建物、行き交う車、電車、飛行機。
目に触れるものすべてが新鮮でした。
そんなたら子の前に、たまたま激務の隙間を縫って3年ぶりに帰郷した「HEROINES」プロジェクトなどを手掛ける「株式会社imaginate」に勤める派遣社員【U時浩司】(金髪ロン毛)が現れます。
たら子は浩司に言われるがまま、グループのオーディションに参加。メンバーによりニックネームを【たららちゃん】とつけられます。

少し長くなったけど、太字になってる1行目と最後の行以外は読まなかったことにして(記憶から消去して)OK。
このエピソード、要するに

ただの一人間(一肉体)である【たら子】(世界1)が、アイドルというラベルを貼られることによって【たららちゃん】(世界2)という情報に変化(増殖)する

わけです。

人間・たら子が、
アイドル・たららに。

現実に生きてる人間から、
SNSや動画の中の平面エンタメ世界の情報に。

これが世界1と2。
現実と非現実。
素人と玄人。
素とキャラ。
立体と平面。
肉体と概念。
リアルとエンタメ。
今まで言われてきた対比表現はたくさんあるけど、結局はどれもラベルを貼る前後の比較。なので【世界1】【世界2】というシンプルな言い回しのほうがよりわかりやすいと思います。その間に存在してるのは【アイドルというラベル1枚だけ】というのも、PCやスマホで誰でもがデータ管理してる現代だとよりしっくりくるのではないのでしょうか。

・世界3 ~各自の思い込み、主観としてのアイドル~

世界1は実像。
世界2は情報。
さて、ここで世界3。
世界3は、それぞれの脳内での【情報の解釈】

人間【たら子】が情報【たららちゃん】となりました。
で、その情報を受けた人。その人達ってそれぞれ違う解釈をするんですよね。人格、状況、環境、志向、信念、経験、知識。そういった要素によって受け取り方がみんな違ってくるからです。

例えば、【りんご】を見た時。
りんごを見たことがない人は警戒するだろうし、
りんご農家はりんごの状態を見ようとする。
お腹の空いた人は今すぐ食べたいと思うし、
お腹いっぱいの人は何日日持ちするかを考える。
画家は絵のモデルになるか考えるし、
握力自慢は握りつぶせるか考える。
盗人は盗めるか考えるし、
仕入れ業者はいかに難癖つけて安く仕入れられるかを考える。

こんなふうに、ただの【りんご】ですら立場や状況に応じて受け取り方が変わるわけで。
ほなら、【アイドル】なんて複雑すぎるアイコンなんて余計に千差万別、受け取り方は人によって全く変わります。それこそほんとに【同じものは一つもない】くらいに。
それが、世界3。
個々の脳内で解釈された百人百様の【アイドル】

なので【それぞれオタクが心の中で思ってるアイドル像は必ずズレがある】し、たとえアイドルの話をしてても、それは【世界1】の話なのか。それとも【世界2】の話なのか。そこによって齟齬が生まれやすいです。
また【世界3】の話をしてたとしても、その【世界3のアイドル】は全員が違う受け取り方をしてるものなので、やっぱり話はどこかズレていて噛み合わない──ということが起こりがちです。

・世界3の連鎖反応(連鎖爆発)

さて、そんな【世界3のアイドル】を考える際にさらに厄介なのが【アイドルにはプロダクト化する過程で色んな人の手が入ってくる】という点。
プロデューサーからマネージャー、作曲家、作詞家、編曲家、リミキサー、振り付け師、衣装さん、映像クリエイター、ヘアメイク、広告代理店、レコード会社、事務所社長に、スポンサー、金主、他権利者や制作者諸々……。この人たち全員の【世界3】が、それぞれちょっとずつズレている別解釈の【世界3】が、複雑に絡まり合って出来るのが【アイドルの楽曲とMV】

で、それがさらに世界中の人に届けられ、オタク一人ひとり個々の【世界3のアイドル】が出来上がっていって……って、うわぁ~~~~~! これ、もう【解釈違い世界3のアイドル】のexponential growth(倍々ゲーム)や~!

■ 現代アイドルの楽しみ方

・昭和~平成~令和の【世界】の移り変わり

アイドルというのは時代によって発信の仕方も受け取られ方も変わっていくもので。

たとえば、テレビや誌面が中心だった「キャンディーズ」「松田聖子」「おニャン子クラブ」などの昭和のアイドルは【世界2】(情報)のアイドル

平成のアイドルは変わらずテレビが中心ながらも、合宿オーディションの様子を見せたり、握手会や頻繁なコンサートがあったりなど、【世界2】(情報)のアイドルの【世界1】(実存)の部分が身近になっていきます。つまり、平成のアイドルは【世界1】(実存)と【世界2】(情報)の混合。

そして、現代。毎日何百組ものグループがそのへんでライブをしていて、特典会でお話もできて、SNSでリプやファボでコミュニケーションも取れるという平成末期~令和は超【世界1】(実存)環境

このように、時代の変遷にしたがってアイドルは【世界2】(情報)から【世界1】(実存)の存在へと大きくスライドしてきたことが判ります

昔はテレビから与えられる情報が均等だったため、オタク側の抱く【世界3】のアイドル像も似通ったものになりがちでした。(一億総中流と言われた平均化された生活環境も影響)(共通したアイドル像)
一方、現代において現場オタは濃厚接触によりアイドルとの確固たる絆を築いており、それぞれが完全にオリジナルな【世界3のアイドル像】を得ています。(極端な貧富の差)(独自のアイドル像)

・個人的で自由な令和アイドル推し活

ここからもわかるように、現代のアイドル像とはそれぞれ個人の頭の中にあるオリジナルのものです。昭和、平成のように「アイドルとは~」みたいな定義付けをすることが不可能となっています
それはテレビや誌面という媒体を通した【世界2】の情報としてのアイドルよりも、特典会(オンライン含む)やSNS、動画サイトを通じてあまりに【世界1】すぎる生身のアイドルの情報を膨大に仕入れることが出来て、それぞれが独自の【世界3アイドル像】を確立しているからです。

なので、これからオタクを始める「オタク1年生」の方なんかは特に、誰かが言ってる「アイドルとは~」なんてアイドル論、一切気にする必要ないです。それは「オタクとは~」なんてオタク論を語ってる人に対しても同じですね。
あなたはあなたのスタンスと解釈でアイドルさんと交友や知見を深め、音楽やアートにライブ、そしてコミュニケーションを楽しんでください

では、【世界1】(実存)の私から、【世界2】(情報)のnote記事を通じて、私の頭の中にいる【世界3】(解釈概念)のあなたに『現代アイドルの楽しみ方』を届けました! これを最後まで読んで「興味深かった」と思われた方は、↓の「♡」を押していってください!

↓【この本展開めちゃくちゃで面白かったです】『世界99(上)』【村田沙耶香(著)】↓

参考文献:『時間をかけて考える』(養老孟司)

参考文献:『自我と脳』(カール・ポパー)


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