【衝撃の発見】「生命の起源」は1度ではなかった?──共通の遺伝暗号を持ちながら「2回」誕生した細胞たちの真実 独ハインリヒ・ハイネ大学デュッセルドルフ(HHU)
1.はじめに:教科書が書き換わる?生命誕生の新たなシナリオ
地球上のすべての生命は、たった一つの共通の祖先から生まれ、単一のプロセスで誕生した――長年そう信じられてきました。しかし、2026年8月に科学誌『Science Advances』に掲載された独ハインリヒ・ハイネ大学デュッセルドルフ(HHU)などの国際研究チームによる最新の研究が、この定説を根本から覆そうとしています。
研究チームが示した結論は、まさに驚くべきものでした。「地球上の生命は、共通の遺伝暗号(DNA/RNAの仕組み)を一つ共有しているものの、環境から完全に独立して生きる『細胞』としての誕生(自立)は、歴史上『2回』独立して起きた」というのです。
一体なぜこのような結論に達したのでしょうか? 深海熱水噴出孔の化学反応から解き明かされた、生命誕生の未知なるドラマに迫ります。
2.全代謝ネットワークの解明:生命の共通祖先「LUCA」は半分しか酵素を持っていなかった
すべての細胞生命の直近の共通祖先は「LUCA(Last Universal Common Ancestor:全生物生存共通祖先)」と呼ばれます。研究チームは、アミノ酸やRNA塩基、ビタミンなど、生命維持に必須な分子を合成するための「420種類の基本代謝反応」からなる全ネットワーク(代謝系)を詳細に解析しました。これらの化学反応自体は、遺伝暗号と同じレベルで、あらゆる生命に高度に保存されている極めて古代のシステムです。
しかし、研究者を驚かせたのは「化学反応を促進する酵素(タンパク質)が、バクテリア(細菌)とアーキア(古細菌)の間で共通していなかった」という点です。
解析の結果、共通祖先LUCAが自前の酵素として保持していたのは、全代謝反応の約半分(約200種類)に過ぎないことが判明しました。では、残りの半分はどうやって駆動していたのでしょうか?
その答えは、早期の地球(深海熱水噴出孔)の環境そのものにありました。LUCAの時代、不足していた酵素の役割を果たしていたのは、地殻や熱水噴出孔に豊富に存在していた「無機金属触媒(鉄やニッケルなど)」だったのです。つまり、初期の生命代謝は、生体酵素と環境中の金属触媒が一体となった「ハイブリッド型」のシステムでした。
3.金属から酵素へ:バクテリアとアーキアが辿った別々の自立プロセス
研究チームは、初期生命の触媒進化を以下の「4つのステージ」に整理しました。
① 金属触媒のみの段階:環境中の無機金属だけで化学反応が進行。
② LUCA(共通祖先)の段階:金属触媒と初期の生体酵素が共存。
③ 系統の分岐:バクテリアの祖先とアーキアの祖先が別々の進化パスへ移動。
④ 環境からの独立(自立化):それぞれの系統で、環境の金属触媒に代わる独自の酵素が「独立して」獲得される。
特に決定的なのは、バクテリアとアーキアが「全く構造の異なる別の酵素」をそれぞれ独自に発明し、同じ代謝反応を触媒するようになった(並行進化)という点です。
深海の熱水噴出孔という「温床」に縛られていた生命は、自前の酵素を手に入れることで、初めて熱水噴出孔を離れ、海や陸地へと自立して飛び出すことが可能になりました。そして、「熱水噴出孔からの卒業(=自立した細胞の誕生)」という決定的な一歩を、バクテリアとアーキアは全く別々に、2度達成したのです。
4.ATPなき世界のエネルギー源:亜リン酸とパラジウムの発見
現代のあらゆる細胞は、「ATP(アデノシン三リン酸)」という分子をエネルギー通貨として利用しています。しかし、ATP自体が酵素の助けを借りて作られる複雑な分子であるため、「酵素もATPもない初期地球で、いかにして代謝反応を動かすエネルギーを得ていたのか?」は長年の大きな謎でした。
今回、研究チームはそのミッシングリンクをも解明しました。深海熱水噴出孔に存在する鉱物成分である「亜リン酸(Phosphite)」と「パラジウム(Palladium)」の組み合わせです。
実験において、亜リン酸と有機化合物をパラジウム触媒のもとで反応させたところ、ATPや酵素を一切使わずに、一晩で代謝性のリン酸化反応が進行することが確認されました。これにより、最古の生命が複雑なエネルギー代謝システムを確立する前段階として、単純な無機触媒と化合物だけでエネルギーを調達していた具体的なメカニズムが実証されたのです。
5.「生命とは何か?」を再定義する歴史的成果
研究を率いたウィリアム・マーティン教授は、今回の発見を次のように括っています。
「データが示す結論は一つしかありません。バクテリアとアーキアの系統は、自立した細胞状態への移行をそれぞれ独立して行いました。真に『生きている』と言えるのは、環境から独立して自立した細胞だけです。はっきりと名付けましょう。私たちは今、『遺伝暗号の起源は一つだが、生命の起源は二つ存在する』という事実に直面しているのです。」
これまで「生命の誕生=一度きりの奇跡」と考えられがちでした。しかし、もし地球上で「無機物の化学反応から独立した細胞への進化」が2度も起きていたのだとすれば、生命という現象は私たちが思っている以上に、物理・化学の法則に従って「必然的に発生し得る」ものなのかもしれません。
この発見は、地球における生命史の理解を塗り替えるだけでなく、火星や木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドゥスといった、似たような熱水環境を持つ宇宙の天体における「外惑星生命(エクストラテレストリアル・ライフ)」探査にも、極めて大きな希望を与えるものと言えるでしょう。
詳細内容は、Science Advancesが提供する元記事を参照してください。
【引用元】
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aef3128
【読み上げ】
VOICEVOX 青山龍星/No.7
