AIは言語を均一化し、権力を再分配する 〜ハングルからChatGPTまで〜
AIが書いた文章って、なんだか同じように見える。
生成AIが登場する前までは、乱雑な文章でもどこか手触り感があって読んでて面白かった人のブログも、AIが文章生成するようになってからは、一気に面白さが減ってしまったと感じる人も多い。
生成AIによって文章をはじめとしたあらゆる創作物が自動生成されるようになり、以下のような心配の声も上がっている。
個性が失われるのではないか
言葉が均質化してしまうのではないか
人間らしさまでAIに奪われてしまうのではないか
こうした心配の声は、確かに間違っていない。
とはいえ、もう一つ忘れてはいけない視点がある。それは、
「AIは本当に言葉を奪っているのか、それとも解放しているのか?」
歴史を振り返れば、言語と表現は常に「権力」と結びついてきた。
中世ヨーロッパでは、ラテン語が知識と信仰の独占を支えた。
中世イングランドでは、英語で書くこと自体が権力への挑戦だった。
15世紀の朝鮮では、世宗大王がハングルを創製し、庶民に表現の自由をもたらした。
そして現代、生成AIによって新しい言語革命が起き始めている。
そこで本稿では、
言語が歴史的にどのように権力のゲートキーピングを担ってきたのか
ハングル創製に見る、言語をめぐる民主化の力学
AIが現代においてもたらす識字革命とその可能性・リスク
などを掘り下げながら、AI時代の言葉と権力の関係を解き明かしていきたい。
ぜひ最後までお付き合いください。
また、本稿の最後には、AIを使いながらも自分の個性を残すためのヒントや、推薦図書・推薦論文等の付録も紹介しています。
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1. 📚言語はなぜ権力と結びついてきたのか
「言葉」は単なるコミュニケーションの手段ではない。
歴史を振り返れば、言語は常に権力を握る者が自らの地位を正当化し、人々を統制するための道具としても使われてきた。
プラトンの著書ゴルギアスでは、弁論術は無知な大衆向けの技術であり、国を悪くすると指摘されているが、現代でも政治やメディア、企業などで弁論が社会を支配している。格闘家が強くても人を殴ってはいけないように、弁論術も倫理的に使われるべきであるということを、私たちは今一度思い返すべきである。
中世ヨーロッパにおけるラテン語の独占
15世紀以前のヨーロッパでは、聖書も典礼も、すべてがラテン語で書かれていた。
それにも関わらず、当時の庶民の多くはラテン語を理解できなかったようだ。つまり、彼らは自分で聖書を読むことも、神の言葉を直接知ることもできなかったというわけだ。
その結果、神の解釈権は聖職者に独占され、信仰の意味を理解するには「許可された声」を通じるしかなかった。言葉の壁が、人々を知識と真理から遠ざける仕組みを作っていたということだ。
これは偶然ではなく、意図的で構造的なものと言える。
言語を独占することで、教会は精神的・社会的権力を維持していたのである。
中世イングランドにおける英語排除
このような言語の力学は、宗教の領域を超えて政治や法にも及んだ。
14世紀のイングランドでは、庶民の多くが日常的に英語を話していたにもかかわらず、法律文書や政府記録は長らくラテン語で記され続けていた。

1362年に「裁判は英語で行うべし」という法律が成立しても、実際にはラテン語の使用が根強く続いたのだ。
しかも、英語で記録を残すことは、既存の権力秩序に挑戦する行為と見なされ、しばしば弾圧されていた。

つまり、どの言語を使うかは、単なる選択ではなく、誰が社会の真実を記録する権利を持つかを決める政治的行為だった。
現代に続く「言語的資本」
時代が進み、私たちは読み書きを「当然のスキル」と捉えるようになった。特に日本は識字率が他国に比べて高いため、読み書きをすることは最低限できることとしての認識が強い。
しかし、「読み書きできる」ことと「社会的に評価される文章を書ける」ことは別物である。
仕事に関するメモや書類作成
研究論文
就職のために必要な書類
助成金申請書
これらは単なる情報伝達ではなく、プロフェッショナルな文体とトーンを求めらる。「正しい言い回し」「適切なリズム」「説得力ある構成」ができるかどうかで、発言の重みが決まるといった具合だ。
社会学者ピエール・ブルデューはこれを文化資本(cultural capital)と読んだ。特定の文体や言語感覚を身につけた人が、社会的な信頼や地位を得やすくなる仕組みだ。
つまり、言語は現代においてもなお、見えにくいゲートキーピングの役割を果たしているのである。
2. 📚ハングル創製と「言語的民主化」
15世紀の朝鮮。
当時の書き言葉は漢文(古典中国語)だった。
しかし、漢文は日常的に話される朝鮮語とは構造も語彙も異なり、習得には膨大な時間と教育資源を要していた。読み書きできたのは王族や両班(貴族階級)など、ごく一部のエリートに限られていた。
その結果、庶民は自分の思いや考えを文字で表現する手段を持たず、社会の記録から排除された存在だったのである。
「愚かな者も十日で学べる」という言語の開発
この状況を変えようとしたのが、世宗大王(1397–1450)。
彼はこう記しています。
「我が国の言葉は中国と異なり、漢字では意思を十分に表せない。
このため、愚かな民が言いたいことを表せずに苦しんでいる。
これを憐れみ、新たに二十八字を作った。
すべての人が日常的に使いやすいようにしたのである。」
(『訓民正音解例』より)
新たに創られたこの文字こそ、後にハングルと呼ばれる表音文字である。特に最近の若い子に人気の言語。
ハングルは、発音に即したシステムで設計され、学習の容易さを徹底的に追求。「賢い者なら朝のうちに学び、愚かな者でも十日で習得できる」と謳われた
これは単なる識字率向上のための改革ではなく、庶民に尊厳と主体性を与える「言語的民主化」だったのである。

既得権益層の強烈な抵抗
当然ながら、この改革はすぐに反発を招いた。
両班はハングルを「下品な文字」と呼び、使用を禁じる動きすら見せた。
理由はわかりやすい。
もし庶民が自由に書き、意見を表明できるようになれば、貴族と庶民の差が揺らぎ、支配構造が崩れるからである。
つまり、ハングルは「便利な新文字」である以上に、権力を再分配する政治的な仕組みだったというわけだ。
とは言っても、数世紀を経て、ハングルは韓国社会に広く普及し、識字率の向上とともに庶民の声を歴史に刻むための基盤となった。
その意義は単なる言語改革にとどまらず、社会参加と文化的自己表現の拡張をもたらしたのだ。
3. 📚生成AIがもたらす新たな識字革命
今日、多くの人は「識字はもう解決された問題」だと考えている。確かに、ほとんどの人が読み書き自体はできる。
しかし実際には、社会で通用する文章を書くための基準は、静かに、確実に上がり続けている。
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