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この世はクソ遊園地

お元気ですか。チワです。
最近やっと自分の中の憎しみが昇華されて、余裕へとなったのが嬉しいです。

誰かを心の中に住まわせている時、その人は共に生きているということになりませんか。
それが赤の他人、大好きな推し、会ったことのない偉人、もう死んだ人であっても。もちろん、恋人や家族、友達、知人、好きな人でもいいです。
なんなら殺したいほど憎い相手でも、仇敵でも、嫌いなやつでもいいです。

自分の心の中にいる感覚がしている間、自分はその人と共に人生を歩んでいる、全ての組み合わせがパートナーと言えると思います。
その考えってちょっと、いや、かなり人生を楽しくする気がします。

一人にしないよって、そういうことなんだと思います。
人は一人では生きていけない、そう言いますよね。でも私は、人は生きている限り本当に一人きりにはなれないのだと思います。

私たちは心の中に人を生かします。それは、死ぬ瞬間まで共にあるわけで、孤独死などありえないのです。

誰かに心を激しく揺さぶられることに疲れました。でも、それがなかったらなんと無味乾燥な人生でしょうか。
私たちは疲れるほどの心のジェットコースターに揉まれながら生きるしかないのです。世界は人だらけの遊園地です。満員のジェットコースターで全身を振り回されている時に孤独を感じることなど決してできない。

なんか宗教なのか哲学なのかわからない話になってきましたが……。

それでも私たちは孤独を感じる瞬間がありますよね。
それはきっと、ジェットコースターに揺さぶられすぎてストレス過多なんです。

負の感情にしかフォーカスできなくなっている時。
いじめで無視されて孤独だと思う時、「あぁ自分はこんなに人に囲まれてるんだ」なんて思えますか?
夜に一人ベッドでぬいぐるみを抱えながら泣いている時、「私には家族もいるし尊い推しもいて良い人生」なんて思えないでしょう。
もしくは家族も皆死んで仕事も無くなって、路上で段ボールにくるまりながら「去年のクリスマス、楽しかったな、今年も楽しくしたい」とは思えないですよね。
「辛い、くるしい、さびしい」しか感じないと思います。

ケース毎に対処法はそれぞれ異なりますのでどうこうしましょうとは言えないですが、「辛い、くるしい、さびしい」に支配された時こそジェットコースターから降りたくなる時です。
それはおわり、死を意味します。
安全装置を自分で破って飛び降りる人もいるでしょう。
でも、それは危ないのでやめてください。

みんなで最後まで人生というジェットコースター、乗り切りましょう。よろしくお願いします。

訳わかんなくなったので今日はこの辺で。

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