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「私は病気のエリート」あの人はそう言った

私が一番尊敬している人は、20歳以上年上の、会社員時代の先輩だ。

会社の設立当初、私は新卒で入社し、彼は転職者として入ってきた。
キャリアも年齢も私より上なのに、偉ぶることは一切なかった。

たまたま研修で先行していた私が、彼に仕事を教える立場になった。
普通なら、そこまで年上の方に指導する状況になれば、気を遣って大変だと思う。
でも、それが苦にならないくらい、とても自然な謙虚さを持っている人だった。

それが縁で、私の事を「お師匠さん」と親しみをこめて呼び続けてくれた。
その後、彼は最終的には局長にまで昇進した。
それでも「お師匠さん」と呼んでくれることは変わらなかった。

私が会社を辞める事を知らせたときに、新たなビジネスに挑戦する事を伝えた。
彼は、細かいことは何も聞かなかった。
ただ一言「成功を祈ってます」と。
それだけだった。
その言葉が、今でも胸に残っている。

お互いに会社を離れた今、直接の利害関係は何もない。
それでも繋がりが続いているのは、人間同士の縁に他ならない。
退職してすぐ、挨拶に伺った。
一番尊敬している人だから。

後日、私がnoteにエッセイを書いている事を伝えたら、返事がきた。
全部読んでくれたという。
「貴兄の誠実な生き方が伝わってくるようで、感動を受けました」
と書いてあった。

返事には、彼の近況も書かれていた。

難病を患っているという。
厚労省指定の難病で、発症率は10万人に4〜5人で、治療薬もないという。
毎週リハビリに通い、動作が緩慢になってきたと書いてあった。

そして、こう綴られていた。

「つまり、私は病気のエリートということになります」

読んで、しばらく動けなかった。

自嘲でも諦めでもない。
長い人生を生きてきた人間にしか出せない言葉だと思った。
外国航路の船に乗り、世界を渡り歩いてきた人が、難病を患ってしまった事を「エリート」だと言ってのけた。
その強さの前で、こちらの言葉が全部小さく思えた。

返事にはもう一つ、ライフワークについて書かれていた。
航跡史の編纂が現在240ページまで進んでいて、あと80〜90ページ残っているという。

「何としても最後までやり切りたいと思っています」

やり遂げたいことの終わりが見えているからこそ、人生を終わらせられない。
そういう執念が、静かに行間から伝わってきた。

「私もどこまで生きられるか分かりませんが、精一杯生きたいと思います」

最後の一文がこう締めくくられていた。

返す言葉が見つからなかった。

見つからないまま、返事を送った。

「どうかご自愛ください」


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