勝手にネタにして、ごめんなさい
これまで、たくさんの人をエッセイのネタにしてきた。
その大半は、事前に本人の許可を取らずに書かせてもらった。
この場を借りて、お詫びしたい。
FUNKISTや尾崎裕哉さん、浜田省吾さんについては、実名で書いてきた。
すでに世に名前を知られた方々であり、ファンとして敬意を込めて書いたつもりだ。
でも、身近な人たちについては、話が違う。
言い訳になるかもしれないが、実名は一切出していないので、迷惑がかかる事はまずないと思っている。
ラスボスこと、ガールズバーのオーナーは、記事を読んで泣きそうになり、後にインスタで紹介してくれた。
いとこは、エッセイの感想を何も言わなかったが、チップを贈ってくれた。
幼馴染は、司法試験を諦めて家業を継いだ事を、笑い飛ばしていたが、エッセイに書かれた事も笑い飛ばしてくれた。
父は、母が亡くなってから初めて、父の好きな歌を知ったことを書いたら、「読んだよ」とだけ、言ってくれた。
みんなに共通しているのは、書いた後に本人に伝えたら、嫌がるどころか、喜んでくれたことだ。
ちなみにギャル子やグラサン先輩については、伝えていない。
ギャル子は、旅先のガールズバーで出会った、もう二度と会えないかもしれない、一期一会の相手だった。
グラサン先輩に関しては、借金のカタにネタにしたと思っているから、別に気にしていない。
娘については、特に伝えなかった。
エッセイを書いていることは伝えているが、何も言ってこないから、読んでいないのかもしれない。
彼氏を紹介された話や、香港での告白の話など、そんなに悪い事は書いていないから、きっと笑って許してくれるだろう。
唯一、私が一番尊敬する元船乗りの先輩にだけは、事前に承諾を得た。
10万人に数人と言う難病に立ち向かう気丈さを書かせてもらった。
闘病というセンシティブなテーマなので、無断で書くわけにはいかないと思ったのだ。
それでも、喜んでくれた。
それがキッカケで、若いころの恋愛の話も書かせてもらった。
いずれにせよ、いろんな方々をエッセイのネタにしてきたことに、変わりはない。
勝手にネタにして、ごめんなさい。
それでも、ほとんどの人がおおむね喜んでくれたのは、自分の事がエッセイに書かれるという経験が、あまりない事だからかもしれない。
毎回カバー画も作って、一応の体裁は整えているので、まるで雑誌のエッセイに登場したような感覚を持ってもらえているのかもしれない。
いつか自分も、エッセイの題材になった感覚を味わってみたいものだ。
といいつつ、ふと思った。
これまで書いてきたエッセイには、自分自身をネタにしたものもたくさんあるなと。
でも、他のエッセイストに書かれたとしたら、自分がネタにしてきた人たちの気分がわかるのかもしれない。
いつかそんな日がくるかもしれないが、しばらくは自分以外のいろんな人たちの事を綴っていきたいと思う。
