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ミニマムタックスによるエグジットへの影響 ーエンジェル税制を活用した再投資や連続起業という選択肢ー

はじめに

2026年3月31日に成立した令和8年度税制改正法において、ミニマムタックス(正式名称「特定の基準所得金額の課税の特例」、租税特別措置法第41条の19)の見直しが行われました。本改正はIPO・M&A・セカンダリーのすべてにおいて、非上場株式やストックオプションを保有する個人のエグジットに大きく影響します
しかし、なぜか最近の日本のスタートアップエコシステムでは、ミニマムタックスに関する認知度は必ずしも高くないように感じています。本改正が、株式譲渡所得の最高税率を約35.6%にまで押し上げる可能性があるという事実は、もっと知られてよいはずです。
本稿では、まず制度趣旨と立法状況をファクトベースで整理したうえで、非上場株式などを保有する個人のエグジットにどのような影響があるかを解説します。そのうえで、本制度との関係で触れるべきエンジェル税制(いわゆる起業特例を含む)の活用可能性について考察します。

留意事項

  • 筆者は税理士ではなく、本稿は個別案件の税務アドバイスを目的とするものではありません。具体的な税務判断については、必ず税務専門家にご相談ください。

  • 本稿は2026年4月時点の情報に基づいています。最新の法令・通達等は必ずご確認ください。

  • 誤り・補足・異なる見解などあれば、ぜひお気軽にコメント・ご連絡ください。


1. ミニマムタックスとは何か

ミニマムタックスは、2023年度税制改正で導入され、2025年分の所得税から既に適用されている制度です。既にご存知の方も多いと思いますが、背景にあるのは「1億円の壁」と呼ばれる問題、すなわち所得が1億円前後を超えると、所得全体に占める金融所得(分離課税・一律20.315%)の比率が高まり、所得税負担率がかえって低下するという逆進現象です。

本制度はこの公平性確保を目的とし、一定水準を超える所得について最低限の実効税率を担保する仕組みです。米国のAlternative Minimum Tax(AMT)の考え方を参照して設計されていると言われています。

現行ルールでは、年間の「基準所得金額」が3.3億円を超える納税者について、超過部分の22.5%から通常の所得税額を控除した差額が追加課税されます。今回の令和8年度税制改正大綱による見直しの骨子は、次の2点です。

  • 基準所得金額からの控除額を3.3億円から 1.65億円 に引き下げ

  • 税率を22.5%から 30% に引き上げ

令和8年度税制改正関連法案は2026年2月20日に閣議決定・国会提出され、衆議院での審議を経て、2026年3月31日に参議院本会議で可決・成立、同日付で公布され、4月1日に施行されています。

適用開始は2027年分(令和9年分)の所得税からとなり、2026年中のエグジットには改正前ルール、2027年以降のエグジットには改正後ルールが適用されることになります。

制度の詳細な仕組みや改正前後の税率の試算については、大和総研「超富裕層の株式譲渡所得への税率はミニマムタックス込みで最高35.63%に」(2026年2月9日)が分かりやすいので、こちらもご参照ください。

2. エグジットへの影響

仮に株式譲渡所得のみが発生する個人を想定した場合、改正前後で追加課税の対象となる所得水準は以下のように変わります。

租税特別措置法第41条の19および各種公開資料をもとに筆者作成。

ここで注目すべきは、追加課税の対象となる所得水準が約9.9億円から約3.3億円へと大幅に下がる点です。改正前は『超富裕層向けの制度』と認識されていたミニマムタックスが、改正後はオーナー経営者の事業承継やスタートアップのエグジットなど、より幅広い場面で影響しうる制度となります

スタートアップのエグジットにおいては、主に以下の影響が発生すると予想されます。

2-1.IPO

既存株主である個人(創業者や役職員、エンジェル投資家等)がロックアップ解除後に市場売却する際、譲渡所得が発生します。従来であれば数億円規模の売却ではミニマムタックスの対象にはなりませんでしたが、2027年以降は先述の所得水準(株式譲渡所得のみの場合は約3.3億円〜)を超えるとミニマムタックスの対象になり得ます
今後は税務インパクトも踏まえた売却計画の策定が重要となるでしょう。

2-2.M&A

創業者がM&Aエグジット時に保有株式を一括譲渡する場合、譲渡代金が数億円〜数十億円のレンジに分布することが多く、ミニマムタックス改正の影響を直接的に受けることが予想されます。
特に注意すべきは、M&Aエグジットは原則としてディール時点での一括譲渡となるため、譲渡所得が単年度に集中する点です。IPOでロックアップ解除後に売却する場合と比べて売却が分散することは考えづらく、ミニマムタックスの影響を大きく受けることが予想されます。
また、税制適格ストックオプションを行使済みの役職員がM&Aエグジット時にリターンを得る場合も、いくつかのストラクチャーが考えられるものの、原則的な取り扱い(M&A前に行使して得た株式を譲渡)においては株式譲渡所得となり、ミニマムタックスの適用対象となりえます。

2-3.セカンダリー

セカンダリー取引においてもM&Aと同様、創業者等が保有する株式の売却、および税制適格ストックオプションを上場前に行使して売却する場合いずれも譲渡代金次第ではミニマムタックスの適用対象となりえます。

2-4.実務上の論点

本改正を受けて、特にM&A実務の現場では主に2つの論点が議論されています。1つは資産管理会社の活用、もう1つは複数年による譲渡です。複数のM&A仲介業者やM&Aアドバイザリー会社の記事などで言及がありますので、ご関心ある方は適宜ご覧ください。
ただし、明らかに租税回避目的とみられるスキームは、税務否認の対象となりうる点には留意が必要です。実務の蓄積もこれからであることから、個別の事案については税務専門家に相談のうえ、慎重な対応が望まれます。

3.エンジェル税制を活用したエンジェル投資・起業

ミニマムタックスは「1億円の壁」問題の解決に向けた取り組みでありつつ、スタートアップ政策の観点ではエグジットした個人の税負担を高めるもので、正直悩ましい部分があるのも事実です。他方、ミニマムタックスの制度を細かくみていくと、エグジットでリターンを得た個人が考えるべきポイントが見えてきます。それが、「エンジェル投資」そして「連続起業」です。この論点はほとんど語られていないようなので、本稿にて解説します。

ミニマムタックスの「基準所得金額」には、株式譲渡所得等の金額が含まれますが、エンジェル税制の取得時控除の規定により、譲渡所得等の金額の計算段階でエンジェル投資などの取得金額が控除されるため、結果としてエンジェル税制の控除分は実質的にミニマムタックスの対象外となります(租税特別措置法第37条の13、第37条の13の2)。

特に、令和5年度税制改正で導入されたスタートアップへの再投資に係る非課税措置では、保有株式の譲渡益を自己創業(起業特例)やプレシード・シード期のスタートアップへの再投資(プレシード・シード特例)に振り向けた場合、再投資分について20億円を上限に譲渡益が非課税となります。この非課税措置は、米国のQSBS(Qualified Small Business Stock)を参考に設計されたことから、「日本版QSBS」と呼ばれることもあります。

※制度詳細については、経済産業省のエンジェル税制のページ(https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/angeltax/index.html)をご参照ください。

つまり、ミニマムタックスの適用対象となる株式譲渡所得がある場合でも、エンジェル投資や起業資金として活用した場合は、その金額については適用対象外となる可能性があるということです。これは単なる個人の税負担軽減にとどまらず、スタートアップエコシステムの観点からも重要なポイントとなります。

米国のスタートアップエコシステムが持続的な厚みを持っているのは、一つには連続起業家やユニコーン企業の初期従業員が、自らのエグジット資金で次の挑戦に踏み出す循環が機能しているからと言われます。日本でも近年、同様の動きは徐々に見られるようになってきましたが、エグジット経験者が再度起業したり、エンジェル投資を通じて後進の起業家を支えることは、今後ますます活性化することが求められます。ミニマムタックスとエンジェル税制の関係は、こうした流れと整合的な構造になっているとも捉えられます。

改正後のミニマムタックスが適用される2027年以降にエグジットでリターンを得る個人の方々にとっては、エンジェル投資や起業の選択肢も一考に値するかもしれません。

もちろん、起業やエンジェル投資は極めてハイリスク・ハイリターンであり、税制メリットを優先させて無理筋の投資先を選んだり、準備不十分なまま起業したりすれば、税制メリット以上の経済損失を招きかねません。エグジット後にどのようなライフプランやキャリアを歩むかも含めて、トータルな検討が必要となるのは言うまでもありません。

おわりに

まずはミニマムタックスについて知っていただき、必要に応じて税務アドバイザーと対話を始めること。これがスタートだと思います。IPO・M&A・セカンダリーのいずれにおいても、創業者や役職員のリターンに関わる論点ですので、ぜひ頭の片隅に置いておいていただければ幸いです。

そのうえで、ミニマムタックスにおけるエンジェル税制の取り扱いは、個人の税務メリットを超えて、スタートアップエコシステム全体の観点からも注目に値するポイントだと思います。エグジットを検討する状況は人それぞれですが、エンジェル投資や連続起業など、エグジット後の再投資という道もあります。そうした流れが、後進の起業家や新たなスタートアップにジョインするメンバーをも巻き込みながら、イノベーションの渦を生み、さらなる社会的インパクトにつながっていく。

今後生まれるエグジットのなかから、こうした動きが生まれることを願っています。


(補足)本記事公開後の経過

投稿後すぐに数多くの反響をいただきました。

また、ちょうどCoalis上原さんのポッドキャストでもミニマムタックスが取り上げられ、話題になりました。

さらに2026/5/1、日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)が一定条件を満たすスタートアップのエグジットにおいてミニマムタックスを適用除外とする「税制改正に関する政策提言」を発表しました。

JVCA会長の郷治さんが日本成長戦略会議 スタートアップ政策推進分科会 第3回で発言したときの資料「強い経済をつくるためのスタートアップ政策と整合性ある税制改正のご提案資料」も必読です。


※本稿の内容は個人の見解であり、所属する組織の公式見解を代表するものではありません。また、本稿はあくまでも市場の一般論について記述したものであり、個々の銘柄に関する投資のアドバイスや特定の取引を勧誘するものではありません。





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